第10話:オソガルクッキング!


 ソンガンの里の東端。どの家屋よりも早く陽の光を受け取る場所。

 そこにヴァジナの住まう小屋はある。

 以前までは、不本意ながら三人で暮らしていた。

 今は男(オソガル少年を男と言い張るのはヴァジナだけ)と二人。


 愛の巣の引き戸を開ければ、ベッドが朝日の当たる窓際に。

 ここが愛の巣の根源である。「寝具を二つ揃えるのは無駄であるから」と言い張り、オソガルと合理的に同衾どうきん(ひとつの布団で一緒に寝ること)を成功させるが。無垢なオソガルはすやすやと眠り込むだけである。


 オソガルは清い体だ。


 ヴァジナも清い体だ。


 宴会の翌朝。

 

 ヴァジナの弟子であるオソガルの朝は早い。

 彼はヴァジナ師匠による乳枕を押しのけて、朝餉あさげの準備を始める。


『オソガル! 強くなるためには、飯を食わねばならない。良い男というのは女を空腹にさせない。わかったか?』


 オソガルを引き取ってから、ヴァジナは手取り足取り腰取り・・・と、指導に熱心である。その指導の賜物たまものか、オソガルの食事に伴う技術は並外れている。


 小屋にある小ぶりな机の上には、竹の皮でありあわせのものが山と包まれている。

 オソガルが中をあらためるに先日の宴会での品々だ。

 丁寧な包み。この仕事ぶりはお師匠のそれではない。だけど、中身はお師匠の好みか。肉が多い。

 串に通された肉は冷えて、固くなっている。

 化粧塩が美しい焼き魚も勇ましさをいくらか失い、気の抜けた顔だ。

 料理の変化は、一晩経てばさもありなん。

 

 オソガルはかまどの火を起こして、熾火おきびをぼうっと見つめる。

 

「よし、串肉はスープにしよう。魚は蒸せば柔らかくなる。お師匠は肉も好きだし、魚肉も好きだ。朝から豪勢だな。姉さんの結婚に感謝だ」


 師匠いわく「汁ものにして流し込むのが沢山食べるコツだ」と教わっている。オソガルは教わったことをそのまま実践する。素直な弟子である。


 そうと決めたら、オソガルの動きは早い。

  

 串の肉達は、全部まとめて鍋に放り込む。水瓶みずがめから水を鍋に張り、湯になるまでの間にひとっ走りして、葉物の野菜を調達してきた。崖と森を往復する所業であるが、オソガルにかかれば大した距離ではない。

 この手間をいとうて、オソガルはヴァジナに備蓄を提案したら断られた。


『良い男というのは、いつも新鮮な食材を女のために準備するものなのだ。オソガル! これも修行である! 頑張ってくれ!』


 おそらくだが。オソガル少年はヴァジナにたぶらかされている。

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