第7話 新時代の幕開け


 「女は灰になるまで、女」という言葉があるように。

 母さんのBLに対する情熱は、枯れることはなかった。

 むしろ、年々その火が燃え上がって、周囲に飛び火することもある。


 だが時は2020年、最悪の年が始まった。

 新型のウイルスが世界中で大流行し、僕が住む日本でも緊急事態宣言が出された。

 そのため、不要不急の外出は禁止。

 父がこのウイルスでちょっとしたパニックに陥り、母さんはBL本を買いに行くことが出来なくなってしまった。


 別の話だが、母さんは若い時から知り合った女性の友達と交流する会がある。

 ”腐女子の会”と言って、(仮名)一年間に数度、女性陣だけで旅や食事を楽しむというものだ。

 しかし、緊急事態宣言も出され、家に閉じこもる人が激増。

 他にも年齢的な問題もあった。

 各々の子供たちに孫が生まれて、お世話することになり、会える回数が激減。


 腐女子の会は例のウイルスと共に、自然消滅してしまった。

 僕はこの時期、母さんはもうBLへの情熱も無くなっていくだろうと感じていた。

 しかし、そんなことは幻想である。と現実を突きつけられることになる。


 ~それから、約1年後~


 僕は”シン・劇場版の完結編”を観に映画館まで足を運んでいた。

 中学生の時とは違った角度で作品を鑑賞、見終わったあとは背伸びして余韻を楽しむ。

 すると、ジーパンのポケットから振動が伝わってきた。

 ポケットに入っていたスマホを取り出すと、母さんからだった。


「もしもし?」

『あ、幸太郎? あんた今、どこにいるの?』

「え……今、映画館だけど」

『そう。あのね、今わたし天神にいるんだけどね』


 それを聞いた僕は、大量の唾を吹き出す。

 確かこの時も緊急事態宣言中で、マスクや消毒液は欠かせない時期。

 政府からも不要不急の外出は、極力控えるように言われていた。

 つまり、それだけ夫でもある父から外出する際、理由を聞かれることが多かった。

 基本は病院か買い物以外、許されない。


 そんな時期に、人が多い天神にいるなんて。他の家庭では信じられないだろうが。

 我が家では父が絶対君主であり、その命令から背くことはできない。

 恐る恐る、天神へ来た理由を聞くと。


『え? なにしに天神へ来たかって? 包丁よ、包丁を研ぎに……』


「嘘だッ!」


 と声を大にして、叫びたかった。


 しかしここは、まだ映画館の中だ。

 施設を出てから、話を詳しく聞いてみる。


『それで、ついでに。”まん●らけ”へ行くのだけど、姉ちゃんが欲しがってた”鬼の刃”って何巻がいるのかしら?』

「……」


 僕はそれを聞いて、こっちが本当の目的だとピンときた。

 そうだ、父を騙すために包丁を研ぐというフェイク。

 本当は天神周辺の本屋を漁りまくるため、噓をついたのだろう。

 そこまでして、現地で調達したいのか? ネットでも良いだろうに……。


「母さん、あのさ。今、緊急事態宣言中でしょ? 不要不急の外出はどうなったの?」

『あのねっ! 私は包丁を研ぎに来たの! 不要ではありません!』


 しばらく、電話で親子ゲンカをしてしまったが。

 新型のウイルスでも、母さんが枯れることはなかった。


 僕はこの時ほど、強く思ったことはない。

 あの時、1997年8月の終わり。

 僕が「”やおい”ってなに?」と母さんに聞かなければ、違う人生だったのかもしれない。


  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不死鳥~あの時、僕の一言が無ければ~ 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ