第8話 学園生活と授業風景と、あと部活動の話
夕食を終えて、消灯までの自由時間となった。
ライリーが俺の部屋へやってきた。
「あのさー、マジで俺刺されるかもしれない」
そう言ったライリーの顔は真っ青だった。
とりあえず、ライリーを部屋に入れて飲み物を出す。
砂糖をたっぷり入れたホットミルクである。
ミルクや砂糖は購買や、食堂で生徒も購入できる。
お茶やコーヒーを楽しむ教師と生徒、従業員がいるから購入出来るようになっているらしい。
午後の授業で疲れ切っているところに、さらにライリーはルームメイトのことで疲弊したのだろう。
ホットミルクは、その疲弊や緊張をゆるめてくれる。
鍋で作ったそれを、カップに移して渡す。
ちびちびと、ライリーはホットミルクを飲んだ。
彼が落ち着いたのを見計らって、俺は聞いた。
「それで、刺されるかもってのは?」
「ルギィのことだよ。
あとその取り巻きたち」
「うん、さっきも言ってたな。
ほら、今日また姉ちゃんからお菓子が届いたんだ。
これも食え」
言いつつ、俺は姉から届いた菓子を出した。
さまざまなチョコレート菓子の詰め合わせである。
ライリーはそれに手を伸ばして食べ始めた。
「ありがとう」
そう言って、ライリーはチョコレートを口に放り込み、ホットミルクを飲んだ。
「今日さ、実技の授業でオーレリアと一緒の班になったじゃん?」
やがて、ライリーがそう切り出した。
「あれの事、詰められてさ」
「なんで??」
「……気に入らなかったみたいだ」
「なにがそんなに気に入らなかったんだ??」
だいたい察しはつくが。
「それは……」
ライリーは言葉を濁した。
仕方ない、こっちから言うか。
「ものすごい悪口言ってんだろ、とくに俺の」
「知ってたのか?」
「これでも社会経験だけは積んでるからなぁ。
加えて、昨日のあの俺に対する態度とか、お前にいろいろ言い含めようとしてるっぽいとことかみたら。
まぁ、簡単に想像できる。
でも、刺される対象は俺だけかと思ってたんだけど。
お前もロックオンされたわけか」
ライリーは、冷めつつあるホットミルクをゴクゴク飲んだ。
飲み干した。
それから、言った。
「オーレリアは、一人で実技授業を受けなきゃ行けなかったんだと」
「……はい??」
「彼女には仲間なんていらない。
班員だろうとなんだろうと、そんなもの必要ないって。
こう、ガンギマった目で言われて」
「え、あー、えー??」
なんの権利があってそんなことを、しかも本人ではなくライリーに言うのだろう??
「言うだけならまだしも、近くにハサミとかカッターとか置いて。
時々、それ触りながら言ってくるんだよ」
怖い怖い怖い怖い!!
なんだよそれ!?
「下手なこというと刺激してヤバそうだったから。
とりあえず、適当なこと言って出てきたんだ」
「適当なことって??」
「お前の意見、考えには大賛成だ。
正直、今回彼女と授業をして自分の至らなさ、不甲斐なさを知った。
今度から彼女の邪魔になるようなことはしない、って。
そんで部屋を出てきた」
要するに話を合わせたわけだ。
「でもさ、出てくる時にこう言われたんだ。
お前のとこに行くのも禁止なって」
昔、姉の店で聞いた客の話のようだ。
モラハラ彼氏と別れたい。
そのモラハラの内容が、客の交友関係を縛るものだったのだ。
「来てるじゃん」
「さすがにそこまで聞く気はないから、聞こえなかったってことにした」
「なるほどなー。
やばいな」
「ヤバいんだよ」
「まだ入学して二日目だぞ?
なんで、そんな病んでるのルギィさん」
他人であるオーレリアに対する心酔が行き過ぎている上、やはり他人であるライリーの行動を縛るような言葉の数々。
あと誹謗中傷らしきことも言っているらしい。
二日目でこれとか、ヤバすぎる。
「知らねーよ」
「環境が変わったことによるストレスかな」
まれに聞く話だ。
進学や就職で環境が変わって、気鬱になる。
それはよく聞く話だった。
「……よし」
俺は立ち上がった。
「どした?」
「監督生に相談しよう」
まずは相談してからだ。
「信じてもらえるかな?」
「違う違う。
こういうのはな、相談したって実績作っておくんだよ。
どうせ、現状だと監督生は満足に動くこともできないし」
「え、なんで??」
「下手にルギィさんを悪者扱いすると、こっちが一方的に言ってきてるだけって判断される。
あの人たちはあくまで中立だから、どっちかの味方はしない。
でも、それはこっちから見ると相手の味方をしているようにしか見えないからな。
相談はする。
けど、監督生の反応はきっと、気のせいとか、考えすぎとか。
そんな感じになると思う。
だから、そんな反応されても絶対に、こっちが嘘ついてるっていうのか、とか言わないこといいな?」
「え〜」
「めんどくさいのはわかるけど、こういうことって本当にめんどくさいことになるんだよ」
「……経験者??」
「ちがう、いや、違わないか」
姉ちゃんの店で、雇われていたバイト同士がそういったトラブルになって、中立の立場をとったらもっとややこしいことになったことがあるだけだ。
「とにかく、ライリーは監督生にさっき俺に話したことと同じことを話すこと。
そのうえで、気のせいとかいろいろ言われても、とりあえず対策を教えてほしいって粘ること。
あ、あと、やり取りを記録したいっていって、メモ帳でメモをとりつつ、録画魔法でそのやりとりを記録すること。
いいな?」
「え、そこまでやらないとダメ?」
「録画魔法に関しては、万が一のためだ。
魔法アプリのやつで大丈夫だから。
それに付き添ってやるから、すぐに行こうぜ」
監督生には専用の私室が与えられている。
つまり一人部屋だ。
やってきた俺たちを見て、快く監督生は部屋に入れてくれた。
同時に入れ替わりで、別の一年生が部屋から出て言った。
いまのところ話したことはないし、名前も知らないが、顔だけならおぼえていた。
「さて、どんな相談かな?」
一人部屋でも、共有スペースがあり、防犯カメラが設置されていた。
「え、なんで、相談しに来たってわかるんですか?」
「だって君たち、今日実技授業の初日だっただろ?」
俺たちは訳が分からず顔を見合わせた。
監督生は、そんな様子に軽く驚いたようだった。
「なんだ、ちがうのか??」
聞けば、毎年、実技授業で鼻っ柱を叩きおられ、自己肯定感が粉々に砕け散る生徒が後を立たないのだという。
もちろんホームシックになったりと、環境が変わってしまったがために悩みが多くなる者も多いらしい。
そんな下級生の話し相手、相談役になる存在のひとつが監督生らしい。
そういう相談も請け負うための、防犯カメラか。
「あ、じゃあさっきの一年生も?」
「そうだよ。
まぁ、相談内容は口外できないけどね。
それで、どんな相談をしにきたんだい?」
俺とライリーは互いに目配せする。
監督生は俺たちを安心させるかのように、おだやかに微笑んでいる。
「実は……」
ライリーは意を決して話し始めた。
話始める前に、やりとりを記録する許可はとった。
防犯カメラがあるのは予想外だったが、それでも持っているものはつかったほうがいい。
監督生は、ちょっとあきれながら、
「しっかりしてるなぁ」
と言った。
監督生はライリーの話を聞き終えると、難しい顔をした。
「それは、また」
どう反応したらいいものか、といった所だろうか。
それとも、監督生ではあるが一生徒である自分には荷が重いと判断したのか。
「……いまのところ、刃物を振り回したり、ということはなかったんだね?」
「えぇ、はい。そうです」
「あくまで、暴言、誹謗中傷にあたるだろう言葉を言われた、と。
まだ二日目なのになぁ。
とにかく、誰も怪我がなくて良かった」
監督生は難しい顔のままだ。
「ライリー君のルームメイトが、オーレリアさんに対して少々行き過ぎてる感情を持っていて、それが暴走しつつある、か」
言葉を選んでいる。
その様子に、俺はちょっと意外性を感じた。
この手の相談の場合、相談には乗るが解決してくれる訳ではない、というのが常だからだ。
つまり、こちらの話を聞くことは聞くが信じるような素振りは見せない。
解決するには、あくまで自分たちでやれ。
そうなるかとおもっていたのだ。
俺の反応に気づいて、監督生が言ってくる。
「どうした?
そんな変な顔をして」
「いえ、その、正直ここまでちゃんと話を聞いてくれるとはおもっていなかったので」
「ははぁ、さては相談には乗るけど、乗るだけ。
解決するには自分たちで動くことになる、って考えてたな?」
バレた。
なんだこの先輩、心でも読めるのか??
「図星って顔だな。
わかりやすいなー、カキタ君は」
そこで、監督生は少し思案する。
「まぁ、少し種明かしするとね。
ルギィ君については、昨日のことがあったから気をつけていたんだよ」
昨日のこと?
「ほら、君が頭を下げて事なきを得たけど。
あの始終は、全部音付きで録音されてた。
で、寮長からルギィ君には目を光らせていた方がいいって言われていてね」
あぁ、なるほど。
そういうことか。
「これでも、監督生になるまで色んな経験をしてきたし、見てきた。
寮長なんて、さらに長くいろんな経験をしている。
昨日は入学初日だったし、わざわざ頭を下げた君の意思を汲んだから、表向きは無かったことにしたんだ」
ちゃんとみていた、ということだ。
「ルギィ君もまだ入学したばかりなのと、環境が変わって精神的に不安定になっているんだと思う。
でも、刃物をチラつかせて人の行動を制限するのはやりすぎだ」
言いつつ、監督生はライリーを見た。
そんな監督生へライリーが縋るように言う。
「俺、まだ二日目ですけど部屋を変えて欲しいです。
とにかく怖いんです」
実技授業の時の竜とどっちがこわい、と聞きたいところだが、今はそんな軽口を叩けるわけもなかった。
「そうだね。
部屋替えについては、寮長と相談してみよう」
さすがに部屋替えは監督生の一存では決められないか。
しかし、部屋替えについて監督生からはそれなりにいい返事をもらえた。
問題は、今日だ。
「さすがに寝てる間になにかする、とは考えにくいけど」
監督生はまた思案顔になった。
「そうですか?」
「だって考えてご覧よ。
寮の中で事を起こせば、基本逃げられないんだよ?
玄関には鍵と、念の為封印魔法がかけてある。
つまりこの寮自体が密室なんだ。
で、廊下には防犯カメラが設置してある。
部屋の中でなにかよからぬことをやって、逃げようとしても録画されるし、逃げられない。
窓から出ようとすれば、その時点で警備に連絡が行くからね」
たしかにその通りだ。
というか、玄関ってそんな二重ロックになってたのか。
窓から出ようとすれば危険行為となるため、警備へと連絡がいくシステムになっているのは、入寮のしおりにも書いてあった。
「すぐに自分が犯人だってわかるのに、わざわざ犯罪に手を染めるなんてことは考えにくい」
まぁ、それはそうだ。
「でも、そんな理屈とライリー君が怖いと感じるのは、また別の話だからね。
とりあえず今日は、この監督生部屋か寮長の部屋に泊まるといい。
どっちがいい?」
「え、寮長の部屋にも寮生って泊まれるんですか?」
ライリーが思わず聞き返していた。
「部屋の設備になにかしら不具合が起きた時とか利用出来るよ。
歴史だけはあるからねぇ、この学校。
なにせ、【異世界管理局】の初代長官たちが作ったっていわれてる学校だし。
こういうことも何度もあって、その度にマニュアルが変わってきたらしいしね。
この学校、元はちっちゃな孤児院が始まりなんだよ」
とにかく、監督生と寮長の部屋にはマニュアルに従って、予備のベッドや布団一式がつねに用意されているという。
とりあえずこの日は、そんな提案もありライリーは監督生の部屋で過ごすこととなった。
俺は自室へもどると、ホットミルクを飲む時につかったカップを片付けてから、ベッドへと潜り込んだのだった。
目を閉じながら。
「二千年近い歴史があるとか、変な学校だよなぁ」
俺はそう呟いていた。
泥のように眠り、そしていつも通り早朝に目を覚ました。
疲れが残るかとおもったが、すっきりとした目覚めだった。
「歩き行こ」
俺は身支度を整えると、昨日と同じように外へ出た。
その時、昨日と同じように寮の先輩たちと一緒になる。
「おーおはよう、げんきだなぁ」
「昨日、実技授業だったんだろ?
監督生の部屋に入ってくのみたけど、メンタル大丈夫かー??」
「ほれ、これ舐めとけ元気出るぞー」
と先輩たちから挨拶と励ましと、飴玉をもらった。
購買で売ってる飴玉だ。
「おはようございます。ありがとうございます!」
先輩たちの背を見送って、飴玉を口に放り込むと俺は外に出た。
飴玉はレモン味だった。
「あ、おいしい」
あとで購買で買おう。
姉の店でも飴玉は売っていないのだ。
空をみる。
昨日と同じく、晴れている。
オーレリアも昨日と同じ場所に居るのだろうか。
自然と足がそちらに向いた。
オーレリアは昨日と同じ場所にいた。
剣やら棒やらを振り回している。
とても小さくなった飴玉を噛み砕いて飲み込む。
それからオーレリアへ声をかけた。
「おはよう、オーレリア」
「あ、カキタおはよう」
オーレリアは体を動かすのをやめて、こちらを見る。
「お腹、大丈夫??」
フィーのお陰で傷は完全に消えているものの、やはり気になったのかオーレリアはそう聞いてきた。
「大丈夫大丈夫。
見るか?
俺の割れた腹筋?」
もちろん、冗談である。
「セクハラだー」
オーレリアもそれをわかっているからか、クスクス笑ってくれた。
ふと、オーレリアはルギィさんのことをどこまで把握しているのだろう、と考えた。
聞いてみようか?
そう考えていると、オーレリアが俺をじっと見てくる。
「あの、さ。
聞いてもいい??」
オーレリアが言ってきた。
「聞くって、なにを??」
オーレリアの目が探るようなものに変わる。
俺の反応を見逃さない、というように、見てくる。
「フィーのことなんだけど」
おや?
フィー??
「昨日の実技授業の時に、あの子が使った魔法。
カキタはフィーがあの魔法を使えるって知ってた??」
「フィーが使った魔法??」
すぐに思い浮かんだのは、竜を氷漬けにした魔法のことだ。
「あの足止めさせた、氷のやつ?」
「そっちじゃなくて、カキタのお腹の傷を治した方」
あぁ、あの違和感があった治癒魔法か。
「ちらっとだけ聞いてたけど、どんな魔法かまでは知らなかった」
「…………」
俺の反応を慎重にうかがっている。
嘘では無い。
「そっか。
アレね、禁術指定されてる魔法なんだよ」
「禁術って。
基本的に使っちゃダメな魔法だろ。
たしか、教える方にもだけど、覚える方にも資格がいるし、使うのにも事前に【管理局】に申請書類を出さなきゃいけなかったはず」
それこそ、最悪捕まってしまうやつだったはすだ。
「そうそう、それそれ」
少なくとも未成年で覚えることができる魔法じゃない。
え、もしかしてフィー、捕まったりするのか??
「でね、昨日、放課後にフィーが生徒指導室へ呼び出されたのを見て」
放課後、ということは、寮に戻ってからか。
でも、フィーとオーレリアは寮が違うから、生徒指導室へ向かうところを見たとかかな。
「大丈夫かなって。
退学になったり、逮捕されたりしないかなって、心配で」
この様子からして、オーレリアはルギィさんのことは知らないに違いない。
なんとなくだが、そんな気がした。
しかし、今はフィーのことだ。
たしかに本来なら使ってはいけない魔法である。
それを使ったフィーには、何かしらお咎めがあるかもしれない。
「まだ二日目だし。
他の生徒が話題にしてないから、大丈夫だとは思うよ」
俺たちへの口止めもない。
もしかしたら、これから口止めがあるのかもしれないが。
でも、厳重注意くらいじゃないかなとおもう。
そうであってほしいと、思う。
フィーは、最初に出来た友だちだ。
なにより、俺を助けようとして魔法を使ったのだ。
けっして悪いことをしようとしたわけではない。
それはフィーと一緒に授業を受けた、俺たち全員が知っていることだ。
「ところで、あの魔法、【時魔法】ってオーレリアは言ってたけど。
どんな魔法なの??」
人の怪我を癒すことの出来る魔法である。
そして、事実としてフィーは人命救助として使ったのだから、もしもフィーが退学処分になったり、逮捕となったなら、このことを説明して大人たちに訴えるしかないだろう。
でも、どんな魔法なのか俺は詳しく知らない。
だから、オーレリアに聞いてみた。
「調べればわかることだから、話すけど。
簡単にいうと、時間を巻き戻せる魔法だよ。
昨日は、カキタの傷に限定して、そこだけ巻き戻して、怪我をなかったことにしたの。
これを世界規模でやれちゃうから、禁術指定されてる」
創作物でたまにみる、人生をやり直しできるやつだ。
けれど、そんな危険な魔法をフィーはどこでおぼえたのだろう?
聞きたいが、デリケートな話題だ。
軽々と聞く訳にはいかない。
ただ、早い話が下手するとフィーの一存で世界規模で時間の巻き戻しが起こるということである。
「この魔法は、いわゆる神話時代に開発されたとされてて。
開発したのは、【永遠の旅路を歩む者】って呼ばれてる魔族だとされてる」
オーレリアはめっちゃ勉強してるんだろうな。
【永遠の旅路を歩む者】なんて聞いたことないし。
「その、【永遠の旅路を歩む者】って有名なの?」
「まぁ、知る人ぞ知るって感じかなぁ。
世界史の先生は知ってたよ。
その【永遠の旅路を歩む者】が渡航者で、って、あ、渡航者ってわかる?」
「あー、うん、昨日の世界史の授業で、雑学ってことで先生が話してた」
なにしろ、無数にある世界を監視し、トラブルがあれば解決する組織が【異世界管理局】である。
略称は【管理局】だ。
「同じ雑学聞いてるんだね。
なら話しは早い。
これから雑学として聞くかもだけど、【時魔法】っていうのは、その【永遠の旅路を歩む者】が渡航者として別の世界にいって、持ち帰った技術から開発されたとされてるんだ」
ほかの世界では魔法ではなく、科学が発達してる世界もあると聞いたことがある。
その科学技術を持ち帰って、魔法技術に落とし込むとか、天才かな、その魔族。
「別の世界で、時間を巻き戻すような必要があったってことだよな。
だからそんな技術が開発されたわけだ。
でも、なんでわざわざ魔族は、その技術を持ち帰って、魔法として落とし込んだんだろ?」
「んー、わかってる範囲だと。
大切なものを守りたかったってことだよ。
それがなんなのかは、わかってないけど」
大切なもの、ねぇ。
宝箱に入った金銀財宝を思い浮かべた。
安易すぎるか。
俺の腹の傷を治したところからみて、大切な人の怪我か、あるいは不治の病でも時間を巻き戻してなかったことにしようとしたのかもしれない。
んー、これは飛躍しすぎかな。
「正直なことを言うとね。
私、怖かった。
カキタのお腹に竜の爪が刺さったことも。
フィーがそれを魔法でなんとかしようとして、血を吐いたことも。
怖かった」
「そういう経験してこなかったんだな」
「うん。
今まで、私は周りの人達のサポートを受けてただけって、やっとわかった。
なんにもわからずに、無意識に調子に乗ってたのは私の方だったって、嫌でも気づいた」
そこで、オーレリアは目を閉じ、続けた。
心做しか、その体が震えていた。
「目の前で、誰かが死ぬかもしれない。
そんなこと初めてだった。
君やフィーとも、まだ二日程度の付き合いしかないけど。
それでも、友達が死ぬのかもってなって、すごく凄く怖かった」
そこで、オーレリアは瞼を開いた。
そして、
「だから、もう怖くならないように強くなりたい」
そう口にしたオーレリアの表情が、姉と重なった。
両親の葬式で、泣きながらそれでも俺の手を握って必死に気丈に振舞っていた姉のことが思い浮かんだ。
俺の口から意図せず言葉が漏れ出た。
「オーレリアは強くなるよ」
「そうなれたらいいな」
苦笑しながら、それでも彼女は前を見据えていた。
「とりあえず、まずは私もフィーに言っておこう」
「言うって、なにを?」
「もう、絶対にあの魔法は使っちゃダメって」
たしかに、注意はしておいた方がいいだろう。
あの魔法は、身体にもかなり負担がかかる事がわかっている。
フィーが血を吐いたのがいい証拠だ。
「だな。
普通の回復魔法や治癒魔法を覚えるように言った方がいいな」
早ければ、登校したら伝えようとおもった。
俺とフィーの席は隣同士なのだから、いつだって話はできるのだから。
それからちょっと、オーレリアと俺は手合わせをして、軽く体を動かしたあと寮にもどった。
シャワーを浴びて汗を流し、着替えると寮の食堂へむかおうとしたところで、ルギィさんが部屋から出てきた。
「人を悪者扱いしやがって!」
と、防犯カメラが拾わない小さな声でボソッと言われてしまう。
とりあえず、聞かなかったことにする。
「あ、おはようございます」
挨拶をして、その横を通り過ぎる。
その時にも、
「バカにしやがって……!」
といわれてしまうが、それも聞こえなかったことにする。
殺意がすごい。
しかし、悪者扱いとはなんのことだ。
監督生への相談内容が漏れたのか??
それにしてもなんというか。
ルギィさんの態度からして、俺が刺されるのが先か、ライリーが刺されるのが先かわからなくなってきたな。
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