第7話 幕間 世界史の授業風景

最初の授業は【世界史】だった。

文字通り、世界の歴史について学ぶ授業である。


「世界は無数にあります」


教科担任は開口一番、そう口にした。

つづいて、黒板に大きな丸をひとつ、その中に小さな丸をいくつも描く。


「これがざっくりとした世界の構図です。

大きな丸は、便宜上【大世界】。小さな丸はその大世界のなかに存在する【小世界】と呼ばれており……」


うんぬんかんぬん。

うんぬんかんぬん。


小学校、中学校で習ってきた内容を少しくわしくした説明がつづく。


【小世界】間の行き来は、【異世界管理局】の調査員しかできないとかそういうのだ。


そういえば、【異世界管理局】はこの英雄学園の生徒の就職先のひとつだったはずである。

だからだろう。

世界の成り立ちから、授業がはじまるのは。

就職先も考慮しての授業内容と思われる。


「二千年前の【大崩壊】より、生存した者たちが作り上げた組織が【異世界管理局】です。

その前身となったのが、旧大世界で【役所】と呼ばれていた組織で……」


二千年前、突如あらゆる小世界に毒がばらまかれた。

それにより、ほとんどの生き物が死滅した。

しかし、生き残った者たちもいた。

その者たちは、なんとか大崩壊から世界を救い、今につながる平和を築くこととなる。


「彼らを束ね、率いたのは【大いなる愚者】と呼称された人物です。

その補佐を、【星の聖女】と【ホムンクルス】が担当しており」


【大いなる愚者】だの【星の聖女】だのという呼称は、なにしろ二千年間の間に、実名を記した記録が紛失したことによるものだ。

かろうじてそういった記述が残っていたので、こうして教科書に載っているのである。


「【星の聖女】は、一説では現代でも残る名門貴族【キングプロテア家】の出であると言われており……」


教科担任は説明しながら、最初の世界の構図を消して、歴史上の人物の呼称を書く。

それに応じて、俺たち生徒は板書をノートへ書き写す。


「もう一人の補佐【ホムンクルス】は、別称として【死人人形】とも呼ばれています。

【大いなる愚者】はもともと錬金術士であり、その研究のなかで【ホムンクルス】を造ったといわれています」


わりと丁寧だな。

つーか、説明が細かい。

小学校、中学校だとこの三人は名前だけで、詳しい説明はなかった。

何年に何が起きて、何をしたのかをざっくりとしてしか習っていない。


「【大崩壊】後、彼らはさらに生き残りを探し続けました。

そして、新世界暦一年、四月にとある人物を見出します」


大崩壊で一度世界暦はリセットされたので、そこを起点に新世界暦となった。


「この人物は、後にこの大崩壊から世界を文字通り救い、英雄となりました」


教科担任が黒板に、世界暦と月を書く。

その横に【英雄】の文字を書いた。


「この英雄の名前も、二千年の間に失われてしまい、わかっていません」


わからないことだらけである。

教科担任が時計を確認した。

まだ授業時間終了まで余裕がある。

ここで教科担任はニヤッと笑うと、


「さて、ここまでが今に至る基礎的な世界の歴史、そのはじまりですが。

そもそも、なぜ【異世界管理局】の前身である【役所】が存在していたのか知っている人はいますか?」


俺たちは互いに顔を見合わせた。

誰も手をあげない。


「知ってる?」


隣の席のフィーに聞かれ、俺は首を横にふる。

知らない。

ざわざわと、教室がにわかにざわついた。

教科担任は続ける。


「ここからは、授業とは関係ないテストにも出ない内容です」


雑学タイムらしい。

なにげにこういった雑学の方が頭に残りやすいのはなんでだろう?


「旧世界では、【魔王・勇者システム】と呼ばれるものがあったのです」


なんだそりゃ?


「このシステムは、天界……旧世界を創った神、その神により生み出された天使、あるいは神族と呼ばれる種族たちによって運営されていました」


ザワザワと、生徒たちがやはり互いを見やる。

こんな話、聞いたことがない。

もしや、この世界史の教科担任に担がれているのではないか、とも思ってしまう。


「知ってた??」


フィーが言ってくる。

戸惑いの色が声に含まれていた。


「知らない」


神だの神族だのというのは、それこそおとぎ話だ。

さまざまな種族がいる現代だが、さすがに神族などと言う種族は存在していない。


「センセー、俺ら高校生ッスよ?」


ライリーが手を挙げて、そんなことを言った。

さらに彼は言葉を続ける。


「そんな神様だの神族だのなんて信じる歳じゃないッスよ」


教科担任は、やさしく微笑む。


「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさい。

とくに、魔族の子は驚く話だから」


そう前置きをすると、教科担任は続けた。


「実は、【大崩壊】以前のことは、なにもわかっていないわけじゃないんですよ。

少しずつ研究がすすんでいるんです。

まぁ、高校の授業で話す内容ではないのはたしかですが。

でも、この学園の生徒である君たちの進路のひとつに、【異世界管理局】への就職があるのも事実です。

だから、雑談として基礎知識を話しておこうとおもったまでですよ」


なるほど、将来役に立つかもしれないから、頭の隅にでもこの話を置いておけ、と。

つまりはそういうことか。


「話しの続きですが。

神話時代、つまり、神族が世界を管理していた時代。

何故、そんなことをしていたのかというと、世界そのものを創った神様が隠れたからだといわれています」


お隠れ、というやつか。

神が消えて、残された神族はその神の真似事をはじめたらしい。


「やがて、神族同士で戦争が起こります。

その戦争で負けた者たち、派閥、まぁ言い方はなんでもいいですが。

とにかくその戦争で負けてしまった神族は、地上へ堕とされ【魔族】とよばれるようになったのです。

これが現代において、大陸各地に散らばり暮らす【魔族】のご先祖さまだといわれています。

さて、神話時代の魔族たちは、神族に抗いました」


雑学の披露がつづくなか、フィーが俺に話しかけてきた。


「おとぎ話みたいだねー。

本当にあったんだよね、だって先生が【異世界管理局】の名前をだしてるわけだし」


「まぁ、研究が進んでるのは事実っぽいし、そうなんだろうな」


教科担任の話は、戦争の勝者である神族からの支配に魔族があらがって、でも負けた歴史を語っているところだった。

なんでも、神族は自分たちが見出した特別な人間を、魔族討伐のために派遣するようになったのだという。

そして、それは成功する。


「神族は今度こそ、魔族を屈服させることに成功したのです。

これでまた、世界を平和に維持管理できる。

おそらく神族はそう考えたことでしょう」


ここで、別の生徒が手を挙げた。


「神族はなんで魔族を根切り、いえ、絶滅させなかったんですか?

俺、薄いですけど魔族の血が入ってて、種族も一応魔族なので気になって」


「根切りとは、難しい言葉を知っていますね。

貴方はよく勉強しているのですね。

絶滅はさすがに神族でも不可能だったのでしょうね。

どうしたって、取りこぼしが出てきてしまうものです」


なるほど。

たしかに、ひとつの種族を完全に消し去ろうとしても、それは難しいだろう。

ましてや、魔族は蔑称であり元は同じ神族なのだ。

リーダーとその親族の首だけ物理的に飛ばして、ほかは見逃したということも考えられる。

ふとそこで、俺はフィーを見た。

フィーはこういう話が苦手なのか、少し顔を青くしている。


「大丈夫?」


「え、あ、うん。

歴史上のこととは頭ではわかってるんだけど、人が死ぬ話って、創作も含めてちょっと苦手で」


まぁ、そういう生徒もいるだろう。


「フィーは真面目だな。

そういうのは、ノートに落書きでもして聞き流してればいいんだよ」


授業なので、逃げられない。

本人も逃げるつもりはないだろう。

けど、苦手なものは苦手だし、出来れば聞きたくない話なら聞かないように自分で工夫するしかない。

実際、教科担任の話を聞いている生徒とそうでない生徒、半々くらいだ。

教科担任もそれに気づいていて注意しないのは、これは授業だけれど授業とは関係ない話だからだろう。


「……あ、そっか!」


フィーは、ぱあっと顔を明るくすると、いそいそと落書きをはじめた。

俺は、教科担任の話に興味があるので普通に聞く。


話の内容は、神族が魔族を支配下に置いたあと、どうやって世界を管理していったのかというところまで進んでいた。

ここでようやく、【魔王・勇者システム】が登場した。


「神族は、魔族を悪い種族として演じるよう役割を与えました。

最初はこの世界に生まれた者へ特別な力を与え、魔族討伐をするよう促したのです。

この特別な力を与えられた者は、【勇者】と呼称されました」


これが【魔王・勇者システム】の正体だった。

話をきいていた生徒たちが戸惑う。


魔族を完全に支配下へおいたのに?

わざわざまた討伐させようとした??

勇者っていう存在をわざわざ作って??


「え、それ意味あります?」


「あったらしいです。

ようは、魔族だけでなくすべての生きとし生けるものを支配下におき、コントロールしたかったのだと思われます。

自分たちのように、争わせず。

唯一無二の敵を設定し、これを倒すよう仕向ければ、内輪同士の争いは減る、ということだったようですね」


結果的に、この支配方法は【大崩壊】まで続いたらしい。

一定の効果はあったということだ。


「大崩壊にいたるまでに、このシステムは現地の者を勇者にする方式から、別の世界から全く関係の無い者をこちら側へ呼び出す方式にかわっていきました。

神族たちは、魔王討伐の舞台を設定し、魔族たちはそれに従って役割を演じていました。

自分たちが倒されることを知りながら。

それら一連の管理方法のことを、いつからか【シナリオ】、と呼称するようになっていったのだとか」


別の生徒が手を挙げ、感じたことをそのまま口にした。


「つまり、ヤラセだったってことですか??」


「まぁ、そうですね。

世界規模のヤラセだったようです。

知らないのは、魔族以外の支配下に置かれた全種族。

そして、異世界からこちらの世界に召喚された【勇者達】でした」


また別の生徒が手を挙げた。


「勇者たちは、誰も気づかなかったんですか?」


「えぇ、誰も気づかなかったようです。

勇者たちは、そういうものだ、と納得していたらしいです」


まぁ、全てを知っている魔族以外は、自分たちがやっている勇者召喚がヤラセだなんて考えられないだろうな。

与えられる情報も制限されてただろうし。

ふと気になって、俺も手を挙げる。

教科担任へ言葉を投げた。


「本当に誰も気付かなかったんですか?」


「その質問に正確にこたえるとするなら、いいえ、でしょう」


ということは、気づくものもいたのだ。


「歪み、と言えばいいのか。

神族の世界管理方法になにかしら問題があったのか、例外となる存在が出てくるのです。

一部のシナリオを乗り越えた人物たち、特異点がその例外のひとつです。

ある種、神の運命から逃れることのできた存在だからか、世界の真実に気づくことができるようになった者たちです」


特異点が例外のひとつ、ということは、他にも例外となる存在がいるということだ。

気づくと、俺の口からさらに言葉が滑りでていた。


「例外のひとつ、ということは他にも同じ存在がいた、ということですか?」


教科担任が、俺に驚いた目を向ける。

しかし、その驚きの色はすぐに消えてしまった。

まるで本来なら気づかないはずのことに、気づかれてしまったかのような驚きの色だった。


(気のせいか??)


そう思う程度には、すぐ驚きの色が消えたのだ。

本当に一瞬だった。


「えぇ、そうですね。

これも研究などからわかったことですが、神話時代から大崩壊までの間に存在した例外がほかにもあります。

彼らは、【世界を渡る者渡航者】と呼ばれていました」


ここで、教科担任はちらりと時計を確認した。

そこで、鐘がなった。


「はい、じゃあ今日はここまで。

雑学の続きに興味があるようなら、また次の授業でリクエストしてくれると話そうかなとおもいます」


こうして、初めての授業はおわったのだった。

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