第6話 実技授業 後編
ダンジョン。
迷宮。
モンスターが大量に出たりする、廃墟、洞窟、塔などのこと。
現代でも残る職業、冒険者たちが探索している場所のこと。
ときどき、宝物が隠されていたり、落ちていたりする。
なんで隠されていたり、落ちていたりするかは不明の場所。
え、なんで??
たしかに、村の子供やボケてきたお年寄りが迷い込むから入って捜索したことくらいはあるけど。
それだけだ。
ほかの生徒たちは戸惑っている素振りは無い。
俺だけだ。
「どうした??」
隣に並んでたライリーが、俺の様子に気づいて声をかけてきた。
「ダンジョンにはいる授業があるなんて知らなかったから、ちょっと、いや、かなり驚いてる」
小、中学校と山に登ったり、海に行ったり、近所の農家に行ったり、という授業はあった。
しかし、ダンジョンへ行くことはなかったのだ。
「あー、そういう学校もあるのか」
どうやら、学校によって違うらしい。
英雄学園はダンジョンへ行く学校だったということだ。
「でも、ダンジョンなんてこの近くにあったか??」
首都の中に、そんな洞窟やら廃墟があるとは聞いたことがない。
「転移魔法で転移するんだろ?
学園が持ってる山のなかに、いくつかダンジョンもあるって聞いたことあるし」
そうなのか。
教科担任へ視線を戻す。
話は、ダンジョンにはいることへの説明へ移行していた。
「ダンジョン内では、配った杖の使用時以外は魔法は使えないので気をつけろ。
同じようにスキルも、剣以外のものは使用不可となっている。
まぁ、ここの生徒は全員、剣のスキル保持者だから関係ない話ではあるがな。
あと杖は中級魔法までは耐えられるが、対ドラゴン用攻撃魔法みたいな高位魔法をぶっぱなすと壊れるから、それも気をつけるよーに。
毎年、調子乗って十人くらい壊すからな。
ほんとに気をつけろよ。
去年なんて、壊れた杖の破片が目に入って、あやうく失明しかけたやつもいるんだぞ」
怖い怖い。
まぁ、俺の場合肉弾戦が基本だから、あんまり関係ない話か。
説明はつづく。
「とりあえず、ざっくりと全員の力量を把握しておきたい。
個人でもいいし、班を作ってもいい。
ダンジョンの奥まで行って」
そこで言葉を切ると、教科担任はなにやらカードらしきものを取り出した。
「このカードを取ってくること。
道中モンスターも出るが、まぁ、基礎攻撃魔法が扱えるなら、おくれをとることは無いだろう」
とのことだった。
なんか肝試しみたいだな。
説明のあと、生徒全員が森の中に転移させられた。
すぐ目の前には洞窟があり、個人、あるいは班ごとにおのおの好きなタイミングで入っていった。
自然とフィーがこちらにやってきた。
「一緒に行ってもいい?」
俺たちは快諾した。
「……これ、中で鉢合わせしないように設定されてるな」
と、ライリーが言った。
フィーが目を丸くする。
「わかるの??」
「うん」
フィーは驚きつつも、ライリーをジィっと見る。
「あ、もしかして」
と何かに気づいたようだった。
けれど、俺の顔を見てそれ以上言うのをやめた。
この反応で、ライリーの種族的な能力かなにかでダンジョンにかけられてる魔法を見抜いたのだろうな、ということが察しがついた。
それを聞くのはマナー違反なので、俺はあえて知らんぷりをした。
「俺、魔眼保持者だからさー」
と、当のライリーが気にした様子もなく話してきた。
言うんだ。
「種族は人間なんだけど、遠い御先祖に魔族がいたらしくて。
目だけ先祖返りってやつらしい」
なるほど。
「でも、魔法の勉強してないとみぬけないでしょ??」
と、オーレリアの声が届いた。
オーレリアが笑顔で軽く手を振りながら、こちらにやってくる。
「知識がないと、なんの魔法かなんてわからないからね」
そんなことを言ったあと、オーレリアは俺たちと一緒にダンジョンに入りたいと打診してきた。
「別にいいけど、クラスの人は?」
「それが、足を引っ張りかねないから、迷惑かけちゃうかもって言われて、こう、遠回しに断られちゃって」
なるほど、オーレリアが優秀過ぎるが故に、迷惑をかけてはならないとクラスメイトたちは思ったのだろう。
近寄り難いイメージもあるのかもしれない。
ただの想像だが。
ん?
でも、待てよ?
断られたってことは、もしかして……。
「あの、もしかして自分のとこに入ってくれ、じゃなくて、あなたの班に入れて欲しいって感じでいったの??」
確認のためにそう聞いてみると、オーレリアは首肯した。
マジかー。
それは断られる可能性がたかい。
オーレリアがリーダーをやるんだったらまだしも、言い方はアレだが誰かの下につくようなことは、敬遠されてしまうだろう。
その班の班長も荷がおもいだろうし。
「オーレリアちゃんなら、自分で班というかグループ作った方が人集まったとおもうよ」
これはフィーの言葉だ。
けっこう言う時は言うんだよな、フィーは。
「そうかなぁ。
でも、そういうリーダー的なこと苦手なんだよね」
意外だ。
得意そうなのに。
「そうなの??」
全然そんなふうにみえない、と馬鹿正直にフィーが言う。
「昨日の余興の時だって、クラスメイトたちを率いて生徒会長さんが捕まってるとこまで乗り込んでたし。
寮にオーレリアちゃんのクラスの子がいるけど、皆をまとめてて凄かったって聞いてたから、てっきりリーダーシップをとるの、得意なのかとばっかり」
オーレリアは疲れた表情で言ってくる。
「成り行き上そうなっただけで。
ほとんど生徒会の人たちがまとめてたんだよ」
なるほど、そうだったのか。
と、そこでオーレリアは俺たちを見回して、
「ところで、この班の班長さんは誰?」
そう聞いてきた。
フィーとライリーが俺を見る。
俺はライリーをみていた。
「え??」
「いや、おまえだろ??」
「カキタでしょ??」
待って欲しい。
別に誰がなってもいいんだから、なんならオーレリアでもいいはずだ。
「指示役ならおまえだろ」
ライリーがダメ押しとばかりに言ってくる。
「え、めんどい。
というわけでオーレリア、たのむ」
「私の話きいてた??」
「たのむ」
誰もやりたがらない。
拒否する理由は、あれだ。
担当教師は、いちおう魔法で様子を見ているらしいが、それとは別に班を作ったのなら班長が簡単な報告をするようにと言われたからだ。
「じゃ、カキタが班長でいいと思う人ー手を挙げてー」
と、フィーが言った。
俺以外の三人が手を上げる。
「ちくしょうめ、グルなんてずるい」
ライリーがカラカラ笑いながら言ってくる。
「多数決っていう、立派な民主主義のやり方だ」
ちくしょうめ。
「でも、そろそろ入ろうか。
私たちが最後みたいだし」
オーレリアの言葉で周囲を見ると、なるほどいつのまにかほかの生徒の姿が消えていた。
教科担任も、あいつらまだダンジョンにはいらないのかなぁ、という目で見てる。
これ以上、ここにとどまっていると、『早く入れ』と注意されそうだ。
「じゃ、いくか」
しぶしぶ、俺は歩き出した。
終わったあと、報告すんのめんどくせーなー。
ダンジョンというか、洞窟に入るとライリーがキョロキョロと周囲を見回した。
「……あー、なるほどそういうことか」
「どした??」
「外からはざっくりとしかわからなかったんだけど。
これ、中に入ると同時にバラバラの階層に飛ばされるみたいだ。
ゴールは一緒だけど、道が違う、みたいなそんな感じになってる。
ゴール直前で道は合流してるから、もしかしたら他の奴らとは最後の方で会えるかも」
「なるほど」
ライリーの説明を聞きつつ、俺も周囲を見回した。
入ってきた出入口はなくなっている。
周囲は土と岩の壁、のように見える。
そこに等間隔で、松明が設置されていた。
そのため、洞窟の中ではあるが明るかった。
「とりあえず、ゴールまでは一本道だし」
言いつつ、ライリーはジィっと洞窟の奥を見た。
途中から勾配か、あるいは通路が曲がっているのか、ゴールは見えなかった。
「モンスターもいるけど、このまま進んで問題ないとおもう」
ライリーの言葉に、それじゃあ、進もうとなった。
俺とオーレリアが前衛。
ライリーとフィーが後衛となる。
「そういえばライリーは、攻撃魔法は使えないのか??」
ちょっと気になったので、ライリーに聞いてみた。
あからさまに、ギクッと体をふるわせた。
「いや、ちょっと、苦手で」
使えないわけではないらしい。
「下手すると、お前らを巻き込むくらいの火力でぶっ放しちゃうから。
使えないんだ」
これに、オーレリアが反応する。
「なるほど、付与魔法は力の調節ができるけど、攻撃魔法だとその調節が難しくなるのか」
「まぁ、うん。
攻撃魔法は、力加減が難しくて」
そうなんだ。
俺は、基本的に身体強化して殴る蹴るがメインだから、その辺はよくわからない。
攻撃魔法も使えるけど、本当に基礎の基礎、火の玉を飛ばしたり。
ちょっと強い風を起こしたり、玩具の水鉄砲くらいの威力しかない水を飛ばす事くらいしかできない。
「まぁ、ライリーは付与魔法でサポートしてくれれば後は私とカキタでなんとかするから」
オーレリアはそう言ってフォローした。
とりあえず、普通にダンジョンの中を進んでいく。
時折、モンスターと遭遇した。
それを、俺とオーレリアでばったばったと倒していく。
「私たち、いる意味あんま無いねー」
フィーがちょっと呆れながら言った。
「だな」
ライリーは見るからにホッとしているようだ。
よほど攻撃魔法が苦手なのだろう。
「いる意味無いとかないから、安心していいよー」
フィーの呟きが聞こえていたのだろう、オーレリアがそんなことを口にした。
「私、回復魔法使えないから。これから怪我するかもしれないし。
そしたら、フィーよろしくね」
回復魔法が使えない。
なるほど、それなら誰かと組みたがるか。
教師から回復薬の支給はなかったし。
力量を把握したいって言ってたから、魔法で俺たち生徒の様子は見てるんだろう。
だとすれば怪我をして動けなくなったり、万が一にも死んだりしてもなんとかしてくれるはずだ。
「回復魔法使えないって、他の人にも言ったのか?」
ライリーがオーレリアへ聞いた。
「言ったよー。
でも、冗談だと思われて」
要するに信じて貰えなかったわけだ。
しかし、オーレリアのクラスメイトの気持ちもわからなくはない。
彼女は、首席合格するほど優秀で、入試のため弱体化していたとはいえ歴代最強といわれている生徒会長とおそらくわたりあったと思われる存在だ。
そうなると、なんでも出来る。
出来て当たり前、みたいな思い込みをしても不思議ではない。
まさか、首席合格した優秀な人物が回復魔法を使えないとは考えられなかったのだろう。
だから悪意なく、冗談だと思われてしまったにちがいない。
「苦労してんな」
俺がぽつりと言うと、オーレリアは苦笑を向けてきた。
「まぁねー。それに……」
「それに?」
「……愚痴や陰口みたいになっちゃうから、本当は言いたくないんだけど。
なんか、クラスメイトたちがね」
「うん」
俺が相づちを打つよこで、フィーとライリーもオーレリアの言葉をきく。
「こう、私を、なんていうのかな。
気のせいかもしれないんだけど。
神様か何かみたいに見てるというか、扱ってきてるんだよね」
言ったあと、ちょうどいい言葉が思い浮かんだのか、続けた。
「そう、まるで宗教の教祖みたいな。
うーん、これだと宗教を信仰してる人達にわるいか。
偶像崇拝の偶像あつかいされてるというか。
そんな感じ。
私は私で、特別でもなんでもないのに」
俺は、彼女のことをよく知らない。
優秀である。
それに、美人だ。
あと強い。
それくらいしか知らない。
けれど、周囲が特別あつかいしたくなるのもわかる。
しかし彼女もいち生徒でしかない。
「オーレリアちゃんはすごい人だと思うけどなー。
でも、その【すごいと思う】が、オーレリアちゃんのクラスメイトは度を超えてるってこと?」
「そうそう、そんな感じ。
度を超えてるって感じるのは、数人だけなんだけどね」
俺とライリーは顔を見合わせた。
おそらく俺たちを睨みつけてきた、ルギィさんとその取り巻きのことだろう。
「クラス担任か、お姉様に相談しようかとも考えたけど、まだ二日目だし」
もう少し様子を見ようと考えているようだ。
はぁ、とオーレリアはため息を吐いた。
フィーはあえて明るく言った。
「それなら、私がオーレリアちゃんの話をきくよ!
こんど女子会していろいろ話そ!」
フィーってコミュ力お化けだよなーと思った。
ちなみにこの二人、クラスもだが寮も違うとのことだ。
「ありがとう」
オーレリアはその申し出に本当に感謝しているように見えた。
ダンジョンの中をずんずん進んでいく。
時に上り坂となり、くだり、まがりくねった道を進む。
やがて、行き止まりとなる。
ほかに生徒の姿はなかった。
早いのか遅いのかもわからなかった。
行き止まりには、わかりやすく扉があった。
「この扉をくぐればゴールなんかな?」
扉を見ながら、俺はつぶやいた。
その呟きをライリーが拾う。
「たぶん、そうなんじゃね?」
「開ける?」
フィーがそわそわ、わくわくと、扉に手をかけながら言ってきた。
心做しか目もキラキラしている。
物怖じしないなー。
「ちょっと待ってくれ」
今にも扉を開けてしまいそうなフィーを、ライリーが止める。
そして、じぃっと扉を凝視した。
「魔眼を使って罠がないか調べてるんだな」
オーレリアがライリーの様子を見ながら、そんなことを言った。
「うん」
ライリーは頷きながら、じろじろと念入りに扉をみている。
なんていうか、慎重に慎重をかさねて調べているようにみえる。
「なぁ、そこまで念入りにしなくても。
俺に身体強化魔法かけて、先行させたほうがよかったんじゃないか?」
俺の提案に、ライリーが調べるのをやめてこちらを見てきた。
信じられないものを見る目だ。
「おまえ、何言ってんの??」
「?」
「あ、天然か?素か?」
「いや罠があっても、怪我しないくらい体を強化してもらったら大丈夫かなって」
「なんだ、ただの脳筋か」
俺とライリーのやり取りを、フィーとオーレリアもちょっと引きながらみていた。
フィーが、口を開いた。
「強化魔法にも限界があるし、事前に慎重になって調べるのはわるいことじゃないよ」
オーレリアがそれに続く。
「余興のときの行動はしってたけど。
もしやとは思っていたよ。
あのさ、そういうのは、無謀っていうんだよ。
今後はやめた方がいいとおもうよ」
なんだなんだ、急に。
「無謀と勇気は違うってこと」
「いや、別に無謀でも勇気があるわけでもないけど、俺」
俺が言い返したとき、ライリーが言った。
「罠は無いみたいだ。
でも、中が見えなかった。
魔眼でも見通せないようになってるから、なにかあるとするなら扉じゃなくて、この扉の向こう側だと思う」
「なにかあるかもって、カード持って帰るだけだろ?」
「いやぁ、どうだろ?
仮にも英雄学園の授業だぞ?
初っ端からそう簡単かね」
怖いんだけど。
「でも、扉に罠がないなら大丈夫だよね。
おっじゃましまーす!!」
無謀ってフィーのこと言うんじゃね?
フィーはいきおいよく、扉を開けて中に入った。
俺達もそれにつづく。
「入ってすぐ落とし穴、ってコテコテな罠はなし、か」
そういったのは、オーレリアだった。
扉の向こうは、開けた空間になっていた。
ドーム型である。
その中央に、巨大な石像の竜が鎮座している。
「あ、カードあった!」
石像の前に、台がある。
そこに目的のカードが置かれていた。
手に取ると、それは学生証兼手帳に変化した。
「そういえば、もらってなかったな」
中学でも学生証のはいった手帳が支給されていた。
しかし、この学園ではまだもらっていなかったことに気づく。
「じゃ、これで終わりだから、もどっていいんだよね」
フィーが言った瞬間、それは起こった。
パラパラと、なにかが落ちてきた。
四人同時に石像を見上げる。
グルおぁぁあおおおおおーー!!
と、石像だったはずの竜が咆哮をあげ、動き出した。
凶悪な鉤爪が、たまたま近くにいたフィーへと振り下ろされる。
それを間一髪、オーレリアが抱き抱えて避けた。
つづいて尻尾が俺たちを襲う。
俺はライリーの首根っこを引っ掴んで、これを避ける。
「ぐえっ」
思ったより強く首根っこを引っ掴んでいたようだ。
ライリーの首がしまって、そんな声が漏れた。
すぐ肩に抱え直す。
同時にライリーが、
「【剛なる器】!!」
身体強化を俺たちに施す。
「逃げるぞ!!」
俺が叫んだ。
「わかってる!!」
オーレリアも叫び返す。
そうして逃げようとしたが、扉はがっちりと閉まっていて開かなかった。
「うそだろ!?」
壊す勢いで扉を叩くが、ビクともしない。
「きた!!」
オーレリアが叫ぶ。
同時に、またも鉤爪が襲いかかってきた。
それを避ける。
ドゴォぉぉっ!!
今まで俺たちがいた場所がえぐれる。
扉には傷一つついていない。
俺の耳元で、モソモソとライリーが呪文を唱えた。
「風の渦巻く輪廻の輝きをこの者らに宿し、光の速さもを超える疾走をもたらさん。
我らが前に立ちはだかる全てを超越し、時空を翔け巡る我らの身に無敵の速さを与えよ。
【
いっきに身体能力があがり、素早く動けるようになる。
「二人同時に魔法を掛けた?!」
オーレリアが絶句しつつも、軽やかに竜の攻撃を避ける。
「ライリー、すっごぉぉいい!!」
フィーは関心しっぱなしである。
けれど、余興の時より肝が据わっているようにかんじるのはなんでだろ??
竜から距離を取る。
「カードを手にして、生徒手帳になると発動する罠とか。
性格悪すぎ」
ライリーがボヤいた。
俺はそのボヤきを聞き流しつつ、言った。
「これ、倒せってことなのかな?」
「多分、そうなんだろ。
でも、強化されてる。
攻撃が効きにくくなってるっぽい」
「それも魔眼情報?」
「そうだよ」
「じゃあ、魔眼で弱点とかわかったりしない??」
「ダメだ、対策されてる。
普通のモンスターなら、見抜けるのに。
全然見えない」
「了解。
それなら、ライリー、俺の足をとにかく強化してくれ」
「え、足??」
「実家の姉ちゃん見習って、蹴り飛ばす!!」
「蹴り飛ばすって」
「いいから!」
「わかったよ!!」
またモソモソと呪文を唱え始める。
「深淵より湧き出でし、暗黒の波動。
いま、無限の可能性を解き放つ。
我らが身に宿る全ての障壁を打ち破り、新たなる次元へと至れ。
【エンハンスメント】!!」
両足に力が宿るのを感じた。
いっきに跳躍し、竜の頭を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた竜は、ぶっ飛んで壁に激突した。
おぅふ。
思った以上に威力があった……。
「ライリー!!
フィーに防御魔法を!!
そのあとこっちにも、攻撃力上昇系魔法!!」
オーレリアが声を上げた。
見れば、フィーを隅っこに置いているところだ。
「り、りょうかい!!」
ライリーはすぐに詠唱を開始した。
まずは防御魔法からだ。
「彼の身を囲むは魔法陣の輪。
悪しき者の手を阻む、障壁の力。
絶えぬる闇より我らを守りたまえ。
【セイクリッド・ウォール】!」
フィーの周囲に小さなドーム型の壁があらわれる。
薄い幕のようなそれは、ただの防御魔法ではなかった。
中学の時、少しだけやった魔法の授業で見せてもらった高位魔法、【防御結界魔法】と呼ばれるものだ。
防御魔法の上位互換にあたる魔法だ。
「まさか防御結界魔法まで使えるとはね!」
オーレリアが楽しそうに、竜の攻撃を避けながら言った。
つづいて、ライリーは攻撃力上昇の魔法を詠唱する。
「魔力の波動を受け止め、その身に宿る無限の可能性を解き放ち、敵を打ち砕く力となれ。
【戦乙女の詩】!!」
ん?
なんか、力が漲ってきた??
「俺にもかけたのか!」
担がれながらやるとは、器用なやつだなほんと。
「オーレリアとお前の二人がかりで倒した方が早いだろ。
というわけで、俺をフィーのとこに下ろしてくれ」
二人で倒した方がはやい、か。
まぁ、たしかにそうだけど。
ライリーがそんなことを言った直後。
ピシッ。
パキン。
となにかが折れるような音がした。
「あ、あああ!?!?」
ライリーの絶望にそまった叫びがあがった。
「どうした?!」
「杖、壊れた!!」
ありゃまぁ、杖の方が使用魔法の負荷に耐えられなかったようだ。
まぁ、でも支給品だし仕方ないだろう。
事前に説明も受けていたし。
「もう付与魔法かけてやれないぞ!!」
「何言ってんだ、そら、俺の使え」
俺はライリーへ、支給されていた杖を渡そうとする。
しかし、ライリーがそれを受けとろうとした、瞬間。
バチっと、静電気が走った。
杖を取り落とす。
落とした場所を振り返ると、竜が暴れてこちらにやって来るところだった。
杖は竜に踏みつけられ、粉々となってしまう。
ここで?!
タイミングが良すぎだろ!!??
俺が驚いていると、オーレリアが叫んできた。
「妨害されてる!!
いま、魔法術式が展開するのをみた!!」
なるほど、そういうことか。
俺の杖が壊れたのは、教科担任の意思のようだ。
つまり、ライリーに魔法を使わせたくないのだろう。
「じゃ、さっさと片付けるか」
幸い、剣は折れていない。
それに、どんな強いドラゴンでも殴り続ければ死ぬことを知っている。
そう、殴っていればいつか倒せるのだ。
「さっさと片付けるって、そんな簡単にいうけどなー」
と、ライリーが呆れている。
そんなライリーを、とりあえずフィーのいるところまで運んで下ろした。
ライリーは結界魔法のなかに、普通に入った。
一方、オーレリアはその間に竜を引き付けておいてくれた。
しかし、
「だいぶ硬いわね」
合流した俺に、オーレリアは言ってくる。
「剣での攻撃は有効ではあるけど、少しずつ少しずつ岩を削ってるみたい」
大ダメージは与えられていないようだ。
「蹴り飛ばしても、怪我はしてなかったもんな。
攻撃魔法は?」
「見てたと思うけど、無詠唱もそんなに効果は無いみたい」
本来、詠唱が必要な魔法を無詠唱で使えるのは、それなりの腕が必要になる。
この無詠唱というのは、最後の力ある言葉すら必要しない魔法である。
必殺技のように、ファイアーボールだのなんだのと叫ばなくてもいいのだ。
と、俺は小学校のときに軽く授業で聞いたことがあった。
実際、オーレリアも竜を引き付けているあいだほぼ無言で火の玉やら氷の刃、相手を切り裂く風の刃などを放っていた。
剣に炎をまとわせて切りつけてもいたが、やはり効果はほとんどみられなかった。
「試しに詠唱で魔法を使ってみたらどうだ?」
暴れまくる竜の攻撃をヒョイヒョイと避けながら、俺はオーレリアへ提案する。
「俺がやるから」
つまり、俺が前衛、オーレリアが後衛だ。
「でも、必ずしも効果があるとは」
「けど、物は試しっていうだろ」
俺が言った時だ。
竜が動きを止め、
グルルルゥオオオオオ!!
咆哮を轟かせた。
瞬間。
バシュバシュっ!!
ダァン!!ダァン!!
と雷撃が俺たちを襲う。
さいわい、肉体が強化されていたのでダメージは皆無だ。
でも、持続時間がどれくらいかはわからない。
強化魔法が効いているうちに、なんとかしたい。
俺とオーレリアで、蹴飛ばしたり殴ったり、剣で切りつけたり。
ときに攻撃魔法で攻撃する。
やはり、少しずつしか効果はなかった。
オーレリアのスタミナも切れつつあるのか、ゼェハァ、と肩で息をしはじめる。
かく言う俺も息が上がり始めた。
ちくしょう、体力には自信あったんだけどなー。
普通の竜より倒しにくくないか、こいつ?
姉ちゃんと同じように殴り続けても、倒せる気がしない。
疲れが焦りになり、注意が散漫になる。
オーレリアの集中が切れかけたのを、竜は見逃さなかった。
同時に、漲っていた力も弱まっていく。
魔法の強化がきれたようだ。
あの鋭い鉤爪が、彼女へ向かって振り下ろされる。
俺は、咄嗟に彼女へ腕をのばし、その体を突き飛ばした。
「……え?」
彼女が、オーレリアが驚いた顔になる。
直後、衝撃が走る。
俺の視界が赤で染まった。
少し遅れて激痛がやってきた。
「やっべ」
腹を見る。
あの鉤爪が、俺の腹を貫いていた。
竜が鉤爪を振り回す。
俺の体が鉤爪からはなれ、吹っ飛ばされた。
内臓と血を撒き散らして、俺は壁に激突する。
俺は、いつもの様に自分で回復魔法を使おうとした。
けれど発動しない。
(そっか、ダンジョン内だと、つかえないんだった)
クソ仕様すぎるだろ。
杖や武器つくるためだからって、やりすぎだ。
オーレリアがこちらへやって来ようとする。
しかし、竜に阻まれる。
オーレリアは回復魔法はつかえない。
付与魔法使いのライリーは、杖が折れている。
のこるは……。
そこまで思考したとき。
竜が氷漬けになった。
オーレリアが、竜の足止めに成功したのだ。
「……え?」
しかし、とうのオーレリアは戸惑っていた。
戸惑いながらもこちらへやって来る。
その時だ。
今度は俺の倒れていた床に魔法陣が展開する。
光の粒子が、腹の傷を包み込んでいく。
オーレリアがこちらを覗き込んで、
「これ、時魔法!?」
信じられないとばかりに声を上げる。
そして、結界魔法の中にいるフィーを見た。
フィーが詠唱しているのがわかった。
でも、それがどんな詠唱なのかはわからなかった。
最後に力ある言葉をさけぶ。
「
魔法陣が完成する。
そして、腹の傷を包んでいた光の粒子が、傷を消していく。
治していくのでは無い。
消していくのだ。
いや、消していく、というのも正確ではなかった。
直感する。
これは、治癒魔法でも、回復魔法でも、ましてや蘇生魔法でもなかった。
フィーとのやり取りが思い出される。
――私は氷雪系と回復治癒魔法っぽいのが得意だから――
そう、たしかそんなことをフィーは口にしていた。
フィーの持っている杖が盛大に折れるのが見えた。
と、同時にフィーの口からまるで噴水のように赤い液体が吐き出される。
血だ。
「フィー?!」
ライリーが泣きそうな声を上げた。
フィーが結界魔法の中で倒れる。
ライリーが彼女の名を呼ぶがピクリとも動かない。
俺は腹を見た。
傷はなく、服ごと元通りになっていた。
体が動く。
竜を見る。
氷に亀裂が入りつつあった。
「いまのうちだ!!」
俺は、竜へと駆ける。
それにオーレリアがつづく。
「でもどうやって倒すの?!」
オーレリアが問い返すのと、
グルォオオオオオ!!!!
竜の咆哮が重なる。
「強化魔法が解けてるから、どこまで出来るかはわからないけど」
トンっ!
と、俺は一際高くジャンプする。
「ちょっ!?」
オーレリアが何をする気だ、とやはり戸惑った声を上げた。
俺、そのまま竜の真上へ跳ぶと、自由落下に任せて落ちた。
竜の口の中へ、落ちた。
そこには、竜の舌があった。
「やっぱりな」
あれだけ暴れているのに、野生の九割がたの竜が吐き出すブレスが来ないから、妙だとは思っていたのだ
ブレスを吐く竜には舌が無いのである。
しかし、残りの一割にあたる、草や動物ほかのモンスターの肉を食べる種類の竜には舌があるのだ。
この竜は、その一割にあたる竜だったのだ。
俺は剣を振るった。
舌くらいなら、スキルを使う必要もない。
ザシュザシュっ!!
竜の舌を切り取る。
すぐに俺は口から飛び出した。
竜が痛さからか、それとも苦しさからかのたうちまわる。
しかし、すぐに動かなくなった。
「なにしたの?」
オーレリアが聞いてきた。
「舌を切り取ったんだよ。
で、窒息させた」
俺が答えると同時に、俺たちの足元に魔法陣が展開した。
そして、俺たちはグラウンドへ戻っていた。
グラウンドは死屍累々であった。
ブルーシートが敷かれ、そこで呻く者や茫然自失といった者、ぐったりしている者で溢れかえっている。
たまたま近くを上級生が通り過ぎて眺めていく。
「今年も多いなぁ」
「これなー、鼻っ柱おられるんだよなぁ」
「俺、去年、しばらく立ち直れなかったわ」
毎年のことかい!!
よくよく見れば、誰も怪我をしていなかった。
オーレリアと顔を見合わせる。
「最初の授業にしては、キツかったわね」
「キツイのもそうだけど、精神的にやられてるやつもいるな」
「……私が今朝、カキタに言ったことおぼえてる?」
「調子に乗るな的なやつか?」
「そうそう。
ここに入る生徒って、やっぱりそれなりに功績を残してきた人たちばかりなの。
だから、自分の力を過信してる子が多いのも事実で。
実技授業で、そういう鼻っ柱を叩きおるって聞いてたから」
「聞いてたって、誰に?」
「お姉様」
「なるほど」
俺はグラウンドをもう一度見回した。
項垂れてる者もなんにんかいた。
「そうだ!フィーとライリー!!」
俺はフィーとライリーを探した。
二人はすぐに見つかった。
ライリーは、心配そうにフィーを見ている。
フィーはといえば、何故か幸せそうに眠っていた。
吐血のあとはどこにもなかった。
「……ふへへ、ありあとうざいます」
むにゃむにゃとフィーは寝言を口にしていた。
「うぃるさん……おかげ……たすありますたぁ……」
ニコニコ顔なので、見ているのは悪夢ではなさそうだ。
しかし、舌足らずなので少し不鮮明な寝言であった。
「なんか、大丈夫そうだな」
俺が呟くと、ライリーは俺たちのことを見て、
「まぁ、うん。
血を吐いた時はどうなるかと思ったけど。
他の奴らもそうだけど、ダンジョン内で受けたダメージは無かったことになってる」
そう言ってきた。
「でも、つかれたー!!」
ライリーは叫んでその場に寝っ転がった。
その後、生徒全員が揃うと俺たちの能力値諸々が書かれたプリントが渡された。
これをもって、二週間以内に購買へ行くようにとのことだった。
軽い説教のようなものもあったが、そこまで反発が無かったのは、教科担任も学生時代にこの授業をうけて、いろいろやらかした話をおもしろおかしくしてくれたからかもしれない。
ちなみに教科担任は、調子に乗りすぎて腕はちぎれるは、好きな子の前で失態はおかすわ散々だったらしい。
かすかに生徒から笑いも起きたから、切り替えと立ち直りが早い生徒ばかりなのだろう。
そして、この日一番ハードな授業は終わったのだった。
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