第5話  実技授業 前編

いつもどおり、夜明け前に目覚めた。


「畑……」


呟いて体を起こし、目を擦りつつ部屋を見回して、気づく。


「あー、そういやそうだった」


俺は、【英雄学園】へ入学したのだ。

そして、寮に入ったのだった。

時計を確認すると、早朝の五時だった。

朝食は寮の食堂で摂ることになる。

しかし寮の食堂が開くまで、あと二時間ほどある。


ボーッとする。

いつもなら、畑に出かけて軽く体を動かすところだが、ここには畑などない。

どうしたものかと思っていると、外から生徒らしき複数の声が聞こえてきた。

窓によって、外を見た。

運動着に着替えた生徒が数人、走っているのが見えた。

なかには、友人同士なのか話しながら走っている者もいる。


「この時間から、外には出れるんだ」


なら、俺もでていいはずだ。

俺はさっそく、新品の運動着に身を包むと部屋を出た。

寮の玄関は予想通り、開いていた。

俺の横を、数人の先輩が通り過ぎ出ていった。

そのとき、


「はやいな、新入生!」


「あ、昨日はいった新入生だ、おはよう」


「おはよう」


「おはようございます」


と、先輩たちが口々に挨拶してきた。


「あ、おはようございます!」


俺も挨拶を返した。

先輩たちが先に出ていく。

俺もそれに続くように寮を出た。

学校の敷地内で走る生徒は一定数いるらしい。

なにげに生徒が次々と寮の前を通り過ぎていく。


「迷子にならないようにしよう」


入学早々迷子になったら、とんだ笑いものだ。

俺はゆっくりと歩きだした。

走る生徒もいれば、歩いている生徒もいる。

等間隔にベンチも設置されていて、そこで休む者や読書をする者もいる。

みんな同じ方向に行くのかと思いきや、反対方向からやってくる者もいる。

生徒が行き交っていた。

誰かが追い越す、もしくは通り過ぎる度に『おはよう』と挨拶していく。

どちらが先とかはないらしい。

なんなら挨拶が被ることもあった。

とりあえず、敷地内を歩いているといつしか他の生徒の姿が消えていた。

でも、学園の敷地内であることは変わらない。

もう少し歩いてから引き返そう。


そう考えていた矢先、闘気のようなものを感じた。

殺気ではないから、誰かが格闘の訓練をしているのかもしれない。


「こんな朝早くから??」


そういえば、もらった学園のパンフレットには、格闘関連の部活動があると記載されていたっけ。


「なるほど、朝練か」


部活動の朝練習。

そう考えると納得できた。

ちょっと見学できるかな。

まぁ、出来ないなら出来ないで別にいいけど。


俺は闘気を感じた方へ足を向けた。


しばらく歩くと、さらに人気のない開けた場所に出た。

おそらく、部活動をするための場所なのだろう。

グラウンドのように草はなく、綺麗に整備されている。

そこで、訓練用の自動人形を相手に戦闘を繰り広げる女子生徒がいた。

特徴的な赤い髪が、馬のしっぽのように頭の高い位置で束ねられ、彼女の動きにあわせてなみうつ。

首席で入学した、オーレリア・ネルバルさんだった。

彼女は真剣そのもので、自動人形相手に戦っていた。

俺は、しばらくその様子を勝手に見学させてもらった。

やがて、タイマーの音が鳴り、自動人形たちが動きを止める。

オーレリアさんは、持参したタオルで汗をふいて、水筒に口をつけている。


「ふー」


彼女が息を吐き出す。

同時に、俺がいる事に気づいた。


「……あ、おはようございます」


本当はもっとはやく声をかけるべきだったのだろうけど、朝練を邪魔するのもわるかったので、ここでようやく挨拶できた。

オーレリアさんは、半眼になって俺をみる。

そして、こちらに近づいてきたかと思うと、


「あなたのこと、知ってるわよ」


そう言ってきた。


「はぁ、そうですか」


「入試のことは有名だから。

私自身もみてたしね」


「そうですか」


「だから、今ここで言っておくけど。

勘違いしないほうがいいよ」


「勘違い?」


「ここは、バケモノだらけってこと」


強いひとのことを指しているのだろう。

先生とか先輩とか。


「入試の時、生徒会長は本気をだしていなかった。

いいえ、出すことができなったの。

あくまであれは入試だから、弱体化してた」


「あえてハンデをおっていた、と」


「ええ、そうでなければ受験生なんて瞬殺だったはずよ」


入試の時のことを思い出す。

弱体化ハンデがあって、ああも強いとか。

たしかに化け物だな。

……姉やラト兄より強いのかな?

どっちが強いんだろう。


「昨日の余興のことも聞いてる。

教師も、他ならない生徒会長も貴方のことを評価してた。

まさに英雄の器だって」


言いつつ、オーレリアさんは俺の顔を見てくる。


「器、ねぇ」


買いかぶりすぎである。

もしくはリップサービスだろう。

器は、中身が無ければ意味がないだろうに。

興味なさそうにする俺に、オーレリアは目を丸くした。


「意外」


ぽつり、とオーレリアさんは言った。


「なにが、意外なんですか?」


「ごめんなさいね、もうちょっと、こう、やっぱり勘違いしてると思ってたから。

でも、貴方は自分のことをそこまで過大評価してないのね」


調子に乗っている、と思われていたようだ。

あいにく、俺には姉や義兄(予定)の存在が昔からいたから、そういうのとは無縁だ。


「……だって、上には上がいるもんじゃないですか」


俺は姉と、その婚約者の顔を思い浮かべながら言った。

それに、オーレリアさんは苦笑した。


「わかるわかる。

たしかに、そうなのよね。

一番の例は師匠かな?

でも、その師匠にも師匠がいて、とっくの昔に強さとか色々乗り越えたはずなのに全然かなう気がしないって言ってたし。

……ところで、丁寧な言葉じゃなくていいよ」


「あー、いや、癖のようなものなので」


「そうなの?

でも、余興のあとのガーデンパーティーだと、クラスメイトたちには砕けた口調で話しかけていなかった?」


「あ、あー、まぁ、はい。

友人たちから、そうするようにと言われたもので」


「そっか。

なら、私もそこに加えてくれない?」


「へ?」


「友達になりましょう、ってこと」


「え、でも」


「嫌なの?」


「そういうわけじゃなくて」


講堂で睨みつけられたり、ルギィさんのこともあったからてっきり嫌われてるのだとばかり思っていたのだ。

しかし、どうやらそうでは無いらしい。


「嫌じゃないなら、決まりね!

改めまして、オーレリア・ネルバルっていいます。

クラスは違うけれど、これから三年間よろしくね」


オーレリアさんが手を差し出してきた。

俺はその手を握りながら、返す。


「カキタ・レッドウェストです。

こちらこそ、三年間よろしくお願いします。

オーレリアさん」


「呼び捨てでいいよ、カキタ」


「では、お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ、オーレリア」


オーレリアも俺の手を握り返してきた。

こうして、俺たちは友達になったのだった。


「ところで」


どちらともなく、握った手を離す。

オーレリアは、俺の顔をまじまじと見ながら言葉を続けた。


「なんでさっき友達になることを渋ったの?」


「え、えー、言わなきゃダメ?」


「ダメじゃないけど、なんていうか気になるの。

私、なにかしたかなって思ったから」


あ、なるほど。

俺は、入学式の講堂でのことをやんわりと伝えてみた。


「え?

睨んだ??

私がカキタを??」


「まぁ、そう見えたってだけなんだけど」


「んー??

あ、もしかして?」


「やっぱり睨んでた?」


「違う違う」


オーレリアは手をパタパタ左右に振って教えてくれた。


「私、あの時とっても緊張してたのね。

どうも緊張すると眉間に皺がよって、目つきも怖くなるらしいの」


なんだ、そういうことか。


「だいたい今みたいな至近距離ならともかく、あの時は他にも生徒がたくさんいたでしょ?

その中でカキタだけ見分けて睨みつけるとか、無理無理。

目はいい方だけど、物凄く緊張してたらそんなことにいちいち神経使ってられないし」


「そっかー。それならよかった。

俺も知らないうちに、オーレリアが嫌な気持ちになるようなことしちゃったのかなって思ってたからさ」


「安心した?」


「うん、すっっっっごくホッとした」


それから二人して並んで走った。

似たような生徒たちがあちこちにいた。

二人組だったり、三人組だったり。

そうして軽く汗を流すと、俺たちはそれぞれの寮にもどった。

戻る際、


「合同授業っていうのがあるから。

一緒に授業受けることがあったらよろしくね」


「うん、その時はよろしく」


そんな会話を交わした。



寮に戻ってきてすぐに、俺は大浴場で汗を流した。

それから自室で身支度をととのえて、寮の食堂へ向かう。

そこではすでにライリーが死んだ目をして朝食をとっていた。

俺に気づくと、


「やっと起きたか!!

部屋のドア叩いても無反応だったし」


そう言ってきた。


「悪い悪い。

ちょっと散歩に行ってたんだ」


俺はそう返すと、朝食を受け取ってライリーの横に座った。


「散歩って、何時に出たんだよ?」


「五時くらい」


「はやっ」


「ライリーは、なんか疲れてる?」


「まぁな、ルームメイトがさー」


「ルギィさんか」


「そうそう、そいつがさ。

昨日、部屋に戻るなりいろいろ癪にさわること言ってきて。

危うく殴りそうになったよ」


「殴らなかったんだ」


「罰は受けたくないし」


「そりゃそうだ」


「お前の頭下げたとこ思い出して、なんとか我慢した」


変なことを思い出さなくていいのに。

どんな癪にさわることを言われたのか、気にはなったが、聞くのはやめた。

言いたい時に、おそらくライリーから言うだろうと考えたからだ。

俺はそれとなく、寮の食堂内を見回した。

ルギィさんの姿は無かった。


「ルギィさんは、朝食まだなのか?」


はち合わせすると面倒そうなので、まだならさっさと済ませてしまおうと考えた。


「いいや、もうとっくに食べて登校してったよ」


それなら良かった。


「ほんとさー、自分と意見がちがうからってとこから絡まれて、考え方改めろってしつっっこくてさー」


ルギィさんと色々あったのだろう。

死んだ目の原因も、おそらくそれなんだろうな。


「もう、自分の思った通りの反応しないと、しつこくしつこく、ほんとこれでもかってくらいしつこく同じ話題振ってきてさ」


「どんな話題だったん??」


そこで、ライリーは黙ってしまった。

黙ったまま、朝食についていたスープを飲み干す。

やがてスープを飲み干すと、


「気分が悪くなる話題」


そう言った。

話題を変えた方がいいだろう。


「ところで、授業だけど」


俺は、今日からはじまる授業について振ってみた。


「あぁ、たしか世界史からだったよな。

今日はとりあえず、午前は座学で午後から実技だったはず。

で、実技授業は合同ってことらしいだけど」


「合同?」


聞き覚えのある単語だ。


「ほかのクラスと一緒に受けるんだよ」


そういえば、オーレリアさんもそんなこと言っていた気がする。


「じゃあ、ルギィさんと顔を合わせるのかぁ」


俺はちょっと憂鬱になった。

一方的に目の敵にされていそうだからだ。


「あのオーレリアちゃんって子もいるけど、ルームメイトみたいな性格じゃないといいけどな」


オーレリアの名前が出た。

つい先程まで一緒にいた彼女の顔が思い浮かんだ。


「たぶん大丈夫だとおもうよ」


「なんでわかるんだ?」


「散歩してたら会ったから。

ちょっと話したけど、ルギィさんとはちがって、ふつうに接してくれた」


「マジか。話したのか」


「まぁ、朝の挨拶とちょっとした雑談だけだったけど」


朝食を終え、登校の準備をする。

そうして、ライリーと一緒に校舎へむかった。


その途中で、フィーと一緒になった。

フィーは一人ではなかった。

上級生と一緒だった。

昨日のガーデンパーティーで、いろいろ親切にしてくれたあのお姉さんである。


「「おはようございます」」


俺とライリーは、同じタイミングで二人にそう挨拶した。


「あ、おはよー、カキタ。

それとライリー君、だったよね?」


「うん」


「これからよろしくね」


「こちらこそ。

あと、君付けはやめてほしいな、こそばゆいから」


「うん、わかった!」


フィーとライリーも親しくなった。

俺はフィーの横にいる上級生を改めて見た。

その視線に気づいて、フィーが彼女を紹介した。


「お姉様とは昨日あったよね?」


と、フィーが俺に言ってくる。

ライリーは首を傾げていた。


「そこの付与魔法使い君とははじめましてかな?」


上級生が確認してきたので、ライリーは頷いた。

頷いて、


「お姉様??」


お姉様呼びが不思議だったのか、そう聞き返した。

お姉様こと、上級生が説明してくれた。


「女子寮にはね、姉妹制度ってものがあるの。

上級生が下級生の面倒を見る制度ね。

私がフィーの担当、つまりお姉様ってわけね」


女子寮には、そんな制度があるのか。

上級生は改めて自己紹介してくれた。


「さて、それでははじめまして、一年生諸君。

エリーゼです。

お姉様でも、エリ姉でも好きに呼んでいいからね」


それじゃあ、遠慮なくエリ姉と呼ぶことにしよう。

傍から見ると、エリ姉に引率されているかのような形で、俺たちは登校した。

生徒玄関で、エリ姉とは別れた。

教室に向かいながら、俺はフィーにたずねた。


「エリ姉とはずっと一緒に登校するのか?」


「ううん、一年生が学校に慣れるまでらしいよ。

だいたい一ヶ月くらいだって」


ライリーが口をはさむ。


「男子寮にも舎弟制度とかあればいいのにな」


それだとパシられるだろう。


「お姉様曰く、昔はあったらしいよ。

名前は舎弟制度じゃなかったみたいだけど」


あったんだ。


「あったんだ」


ライリーも俺と同じ反応をした。


「でも、いろいろあって男子寮のほうはなくなったんだって」


「いろいろって?」


俺は気になって、聞いてみた。


「んー、それこそパシリにされる下級生が続出して治安が悪くなったとかなんとか」


今はそんなに治安が悪そうには感じない。

もしかしたら、寮によるのかもしれないが。

そんな雑談をしつつ、教室に入ろうとした時だ。


「おはよう、カキタ。

さっきぶり」


俺は挨拶とともに名前を呼ばれ、ちょっと驚いて声のしたほうを見た。

オーレリアが、こちらに歩いてくるところだった。

その挨拶に、その場にいた生徒たちがザワザワしだす。


「え、首席さん!?」


フィーが驚いて声をあげた。

オーレリアがそんなフィーに苦笑する。

ライリーは、俺から話を聞いていたからかそんなに驚いてはいないようだ。


「首席さんって……。

えーと、オーレリアです。

オーレリア・ネルバル。よろしく」


「あ、えと、フィオナです。

フィオナ・スノードロップっていいます」


フィーは戸惑いながらも自己紹介した。

それから、俺を見て、


「首席さんとも知り合いだったの?!」


と耳打ちしてきた。


「……今朝、散歩してたら話す機会があって、友達になった」


「なるほど」


そんな俺たちを他所に、オーレリアはライリーを見た。

ライリーも、彼女へ挨拶と自己紹介をする。


「なるほど、ライリーか。

カキタも呼び捨てにしてるから、君のこともそう呼んでいいかな?」


「お好きにどうぞ」


それはそうと、周囲の視線が痛いんだが。

オーレリアはただでさえ目立つ存在だから、よけいにそう感じるのかもしれない。


しかし、目の前に二人も美少女がいると、キラキラしすぎて目が潰れそうだ。

なんて、アホなことを考えた時だ。

ゾワッと、視線を感じた。

それとなく周囲を見た。

すぐに視線の主に気づいた。

ほかの先生にまぎれて、彼は俺を睨んでいた。

気のせいなんかではない。

はっきりとわかるほど、敵意をむけている。


「…………」


「うわっ」


横でライリーが小さく声を出した。

ライリーを見ると、ルギィさんに気づいたらしく、嫌そうな顔をした。

俺はライリーに耳打ちする。


「もしかして、あの人ずっとあんな感じなのか?」


ライリーが小声で返す。


「そうだよ」


「それはまた、疲れるな」


予鈴が鳴った。

廊下にたむろっていた生徒たちが、教室へ吸い込まれるように入っていく。

俺達も、教室へはいる。


「まだ二日目だけど、軽く寮長に相談した方がいいかもな。

目がマジだった」


「だろだろ?!」


敵意もだが、殺意も混じっていた。

もしかしたら、近いうちに俺、刺されるかもしれない。

刺されるようなことはしてないはずだが。

でも、あの目は本気だった。



午前中の授業は座学だった。

一限の【世界史】から始まって、【現代文芸】、【理科】、【数学】と続いた。

【世界史】の授業では、後半はほとんど教科担任の雑談というか雑学の披露だった。

しかし、意外なところまで世界史の研究がすすんでいるようで、雑学の話はおもしろかった。


今日は昼休憩を挟んだ後、午後は三時間ぶっ通しで実技の授業である。


体を動かす授業なので、腹ごしらえはしっかりしなければならない。

というわけで、学食に向かおうと立ち上がった時だ。

教室の出入口のところから、手を振る上級生に気づいた。

エリ姉である。


「フィー、エリ姉が来てる」


俺はエリ姉の方を指さしながら言った。

エリ姉はフィーの面倒を見る係らしいので、おそらくフィーに会いに来たのだろうと思った。

俺の言葉にフィーがそちらを向く。


「あ、ほんとだ」


フィーは教科書を机の中に片付けると、トコトコトコ、とエリ姉のところへ行く。

そして、なにやら言葉を交わしている。


「あ、エリ姉だ」


いつの間にか、ライリーがこちらにやってきてそう呟いた。

フィーとエリ姉が俺たちを見た。

フィーが戻ってきた。


なんだなんだ??


「お姉様が、ご飯一緒に行かないかだって」


エリ姉を見ると、ニコニコ顔で手を振っていた。



学食にて、俺達は昼食をとっていた。

学食もいわゆるビュッフェ形式で、好きな食べ物を自分で選んで食べる。

食べ盛りは男女とも同じだからか、ひとつのさらにこれでもかと好きな料理を山盛りにしている人があちこちにいた。


ライリーは焼かれた味付き肉を、こんもりと盛った白米の上にさらに盛り付けていた。

俺は、分厚いステーキでこれをやった。

そしたら、エリ姉に、


「こらこら、野菜も食べなさい」


と、サラダを渡されてしまった。


「実家が農家なので、一生分の野菜は食べてきたんで大丈夫です」


エリ姉は俺の言葉を受けて、きょとんとした。


「あれ?飲食店じゃなかったっけ??」


「へ?」


「違ったっけ?」


「いや、合ってますけど。

兼業農家なんです。

俺、言いましたっけ?

実家が飲食店だって??」


「あ、なるほど、兼業農家か。

君の実家については、噂になってたから」


俺のことではなく、俺の実家のことが噂にとは、なぜ??


「んーとね〜」


エリ姉は、中空に指を滑らせる。

そうして出現したのは、動画サイトだった。

空中に浮いた画面をさらに操作する。


「あ、あったあった」


そう言って、とある動画を見せてきた。

それは、入試の時の動画だった。

切り抜きではあるが、一般公開されているらしい。

エリ姉の目的は、動画ではなかった。

その動画のコメント欄を表示させると、コメントのひとつを指さして、


「ここ、読んでみて」


俺は言われるがままに画面を覗き込み、コメントを読んでみた。


《あ!!おもいだした!!黒猫亭の店員さんだ!!》

《あ、言われてみればそうだ!》

《雑誌をみていた俺氏、大勝利》

《どうりで、この子見てるとお腹が減ってくると思ったら》


まぁ、そんなコメントがほかにも書かれていた。


「なるほど、これで実家がバレたと」


しかし、それなら店に来たお客さんが声をかけてきても良さそうなものだけど。

気を使ってくれたのかな??


まぁ、姉の店は食事とお菓子、お茶を楽しむ場なので、いちいち聞かなかっただけかもしれない。


「君とお近づきになれたら、黒猫亭のお菓子にありつけるかもしれない、なんて話もまことしやかに流れてるし」


エリ姉の言葉に、ライリーが明後日の方を向いた。

昨夜、さっそく噂通りクッキーを貪った一人である。


「あははは」


俺は笑っておくだけにした。

和気あいあいと昼食をとっていると、上級生が声をかけてきた。


「エリーゼ、隣の席、いいかしら?」


涼やかな雰囲気の女子生徒だ。

ストレートの黒髪が揺れる。


「ん?あぁ、どうぞどうぞ」


エリ姉の知り合いらしい。


「彼女は、リリア。

私のルームメイトだよ。

と、もう1人いるね?」


エリ姉が紹介した。

ぴょこっと、リリアさんの影から、見覚えのある赤髪の女子生徒が現れた。

オーレリアだった。


「あ、あの、はじめまして」


おずおずとオーレリアが、エリ姉を見ながら挨拶した。


「おやぁ、話題の首席ちゃんか!」


「そ、私の妹だよ」


なるほど、リリアさんがオーレリアの【お姉様】なのか。


「よ、よろしくおねがいします!

オーレリアです」


朝の時と、だいぶ雰囲気が違う。

少々眉間に皺がよっている。

緊張しているようだ。


「エリーゼです。よろしく」


エリ姉が名乗る。

次にフィーが、自己紹介をした。


「あ、あ、フィオナでしゅ!!

よろしくおねがいしま、しゅ!!」


ゴンッ!!


噛んだ上、勢いよくお辞儀をしようとして、テーブルに頭を打ち付けた。


「緊張しすぎだろ」


思わず、突っ込んだ。


「だってぇ……」


フィーは痛かったのか、泣き目である。

そんな俺たちの横で、ライリーが片手をあげ挨拶する。


「ははふはむひふて!!」


食いながら喋るな。

オーレリアは、そんな俺たち三人を見て微笑んだ。

からん、とライリーが手にしていたスプーンを落とした。

すでに食べ終わっていたこともあって、スプーンが落ちても後はほかの食器ごと返却するだけなので、とくに不便はない。

しかし、


「どうした??」


微動だにしないライリーへ、俺は問いかけた。

ライリーは、ぼうっとしたままだ。

やがて、ごくんと口の中のものを飲み込んだ。


「え、いや、うん??

なんだこれ??」


ライリー自身、よくわかっていない反応を示した。


「どうかした??」


オーレリアが気にかけてくる。


「あ、い、いえ!」


ライリーの挙動が不審そのものになってしまう。

ふと、エリ姉とリリアさんがニマニマとした笑顔で、ライリーを見ていることに気づいた。

リリアさんが、ニマニマ顔はそのままでオーレリアへ提案する。


「同じ一年生同士の方が話が弾むかもよ、彼の隣に座らせてもらったら?」


オーレリアは断る理由も無かったからか、その提案に従った。


「そうですね」


ごくごく自然に、オーレリアはライリーの横に座る。


「あ、あ、えと、ライリーです」


改めて、ライリーが名乗った。


「付与魔法が得意なライリーでしょ?

余興のとき、活躍したって聞いたよ」


「か、かつやくなんて、全然!!」


ブンブンとライリーは腕を横にふった。


「謙遜しなくてもいいのに。

あの強化魔法、基礎がしっかりして無いとできない応用術式だったでしょ?」


へぇ、そうなんだ。


「だ、だれでもできますよ!」


「誰でもできるけど、基礎を本当にきっちりできる人って少ないんだよ。

それと、丁寧語じゃなくていいから」


そんな感じで、オーレリアとやりとりをするライリーは見ていておもしろかった。


会話はすすみ、やがて午後の合同授業についての話題になった。

オーレリア曰く、


「なんでも、三組合同らしいよ」


とのことだった。





さて、俺たち一年生四人は昼食をとりおわった。

それを見計らって、お姉様二人が席を立った。

見れば、二人も食べ終わっていた。


「とりあえず、学食までの案内はおわったし。

私達も次の授業の準備があるから、これで」


リリアさんがそう言って去る。

エリ姉がその背を追いかけるように去っていく。

その際、二人ともやはりニコニコと手を振ってくれた。

二人を見送ったあと、俺達も次の授業のために着替えたりと準備が必要なので教室にもどることにした。


食器を返却口へ戻そうと立ち上がった時。

俺とライリーは、その視線に気づいた。

ルギィさんだった。

それと、ルギィさんの友人らしき者たちが数人。

彼らは俺たちを睨んでいた。

憎々しそうに、睨んでいた。


「……寮に戻るの嫌だなぁ」


俺にだけ聞こえる声で、ライリーはそんなことを呟いた。

彼らがライリーに向ける視線にも、殺気が混じっていた。

俺だけだったならまだしも、ライリーも刺されかねないとおもってしまった。

けど、睨まれただけではなにもできない。


これだけでは、たとえ寮長に相談したところで、話はきいてくれても『気のせい』だと言われてしまうだろう。

それに、今の所実害という実害は起きていない。

暴力を振るわれたとか、暴言を吐かれた、誹謗中傷されたとかもない。

あったとしても、音声などで記録しておかなければ真面目に取り合ってはくれないだろう。

学園の敷地内には、防犯のためあちこちにカメラが設置してある。

それでも死角はあるのだ。

たとえば、生徒たちのプライバシーをまもるために、寮部屋には設置されていない。

寮の建物内では、廊下と食堂、浴場の出入口くらいだろう。

昨日のルギィさんとのゴタゴタは、こちらの話を聞いた上でそういう事にしてくれたので、カメラの確認まではされていないはずである。

録画内容の確認は、どこでもそうだがなにか問題が起こってからが基本である。


「まぁ、なにかされたら俺の部屋にきなよ。

あ、でも、あまり向こうを刺激しない方がいいかも」


「そうする。その時はよろしくな」


俺たちがコソコソと話していると、フィーが声を掛けてきた。

オーレリアも不思議そうにしている。


「どうしたの?」


「ん?なんでもないよ、な??」


俺は答えて、ライリーに同意を求めた。

ライリーも頷く。


オーレリアはおそらく、自分に向けられている視線ではないので気づいていないのだろう。


俺はもう一度、視線をルギィさん達へ向けた。

もうそこに、彼らの姿はなかった。




グラウンドに集合ということだったので、生徒たちはみんな、指定されたとおり運動着に着替え、そちらに向かった。

向かう途中でライリーが、


「修練場じゃないんだな」


と呟いた。

主にグラウンドや体育館は、普通の体育の授業で使用するらしい。

魔法を使った実技授業の場合は、それとは別に魔法が暴発しても大丈夫な昨日を備えた修練場を使うのが常なのだそうだ。


グラウンドにつくと、鐘がなった。

担当教師から並ぶように指示される。


言われた通りに並ぶと、今度は備品であろう杖と剣を渡された。


「まだ杖などは購入していないとのことだから、今日はこちらで用意したものを使ってもらう」


大量生産品で、誰にでも使える仕様の杖らしい。

剣も、女子でも扱えるような重量のものらしい。

それらが全員に行き渡ったのを確認してから、担当教師は言った。


「これからダンジョンに入ってもらう」


はい????

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