第4話 寮生活開始

さてさて歓迎会が終わると、寮に移動した。

寮の建物はいくつかあり、生徒はランダムに振り分けられる。

部屋は二人部屋と三人部屋があり、やはりランダムに振り分けられる。

そして、共同生活が始まるのである。


寮長に案内され、寮に入る。

寮というものと縁がなかったので初めて知ったが、寮長は生徒ではなく、要は管理人のことであった。

つまり大人である。

俺が世話になる寮の寮長さんは、この学園のOBだった。

寮長とは別に、寮生を監督する者がいる。

監督生とよばれている。

こちらは三年生で品行方正の成績優秀者が就任することになっているらしい。

歓迎会からひと足早く戻っていた上級生達に出迎えられた。

つぎに、部屋へ案内される。


ちなみに、俺は二人部屋だった。

しかし、ルームメイトはいない。


「君は一人部屋だ。

この部屋は、去年までいた先輩達が使っていたんだが。

振り分けた時に人数の関係上、こうなった」


寮長はそう説明してくれた。


「さて、事前に届いた荷物は各部屋に置いてある。

中身を確認した後、不備や質問があったらいつでも私に言ってくれ」


寮長は腕時計を確認する。


「しばし自由時間とする。

三時間後に寮の歓迎会だ。

場所は談話室。

くれぐれも遅れないように」


寮長は説明を終えると去っていった。

その背を見送って、俺たち一年生は部屋へ入った。

荷物を確認し、とくに不備もないことに安堵する。

部屋の中を見る。

共有スペースがあり、さらにドアが二つあった。

ドアにはそれぞれ鍵がついている。

俺にあてがわれた方へ入る。

ドアの向こうには、個人のスペースになっていて勉強机、本棚、ベッド、衣服をしまう為の収納がそれぞれ設置してあった。

もう片方のスペースには鍵がかかっていて入れなかった。

プライバシーはこうして守られるようだ。

三人部屋は、これに部屋がもう1つ増えたバージョンになるらしい。


寮での歓迎会までの三時間、とりあえず荷解きをしようと決めた。

とは言っても、持ってきた物は少ないのですぐ終わってしまう。

ベッドに横になる。

フカフカだ。

ベッドに寝転ぶ。

ふと不安におそわれた。


「明日から、やっていけるかなぁ」


余興でやらかしたことがよみがえる。

フィーは気にしていないようだったが、ほかのクラスメイト達はドン引きしていた。

距離を置かれかねない。


「入学したの、間違いだったかもなぁ」


一年、浪人するよりはいいかな。

姉ちゃんが、せっかく学費出してくれるし。


そんな考えがあったのもたしかだ。

なにか、やりたい事があって入ったわけじゃない。

姉ちゃんは、俺が農業をやりたいとおもってるみたいだけど、けっきょく惰性で決めていたことだ。

本当にやりたいことかと問われると、たぶん違う。

自分のやりたいことって、なんだろう?


やりたいことなんて無い。

そのことに気づく。


将来の夢なんて考えてみたこともない。

強いてあげるなら、就職に有利になる、くらいだろうか。

姉ちゃんの言葉で言うところの寄り道、その寄り道で就職が有利になるならそれに越したことはない。

じゃあ、それがやりたいことなんじゃないのか、と言われると、多分ちがう。


自分のやりたいことが、わからない。


三年あれば、なにかしら見つかるだろうか?

見つかればいいなぁ。


やりたいこともだけど、なりたいものもとくに無いし。


これも三年間で見つけられればいいなぁ、と思う。


そんなことを考えていると、ドアがノックされた。

フィー以外に、訪ねてくるような知り合いはいない。

そもそもフィーは女子寮で、ここにはいない。

いたら大騒ぎになってしまう。


寮長だろうか?

伝え忘れたことがあって戻ってきたとか?

それなら、もうひとつの鍵について、ついでに聞いてみよう。


俺はあれこれと考えながらドアノブに手をかけた。

ドアを開けると、同じクラスの生徒が立っていた。


「いいなー、一人部屋」


開口一番、そのクラスメイトはそんなことを言った。

付与魔法が使えると真っ先に手を挙げた、あのクラスメイトだ。

そのクラスメイトは散々羨ましがっていたが、やがて、


「あ、俺、ライリー。

ライリー・ヒューリンガム。よろしく」


そう自己紹介した。


「あ、カキタです、よろしく」


「知ってる。

というか、教室にいた時と雰囲気ちがうな。

もしかして、緊張してる?」


「なんで?」


意味がわからなくて首を傾げる。

そんな俺に、ライリーさんが言う。


「丁寧語だから」


「あ、あー、これは初対面の人には丁寧な言葉を使いなさいって言われてきたから」


「なるほどー。んじゃ、俺にはそれ不要だから。

教室で顔合わせたわけだし。

初対面じゃないだろ。

普通にタメ口でいいぞ。

あの真っ白い子にはタメ口だっだろ?

だから俺にもタメ口で。

つーか、丁寧語で話しかけられるのムズムズする

それより、入っていいか?」


言葉遣いに関しては、彼がそういうならそうしよう。

真っ白い子、というのはフィーのことかな。

肌も人形のように滑らかで白かったし。

断る理由もないので、ライリーを部屋に入れる。


「どうぞ」


間取りは、ほぼ同じだろうに、興味深そうにライリーはキョロキョロする。

ドアを閉めると、ライリーは、


「やっぱりいいなー!一人部屋!!」


そう叫んだ。

羨ましがるのはいいけど、何しに来たんだろ?


「いやぁ、ルームメイトがさ、あの首席の赤髪ちゃんと同じクラスの奴でさ」


「うん」


「もう、自慢が凄くて疲れてさー。

そいつ、ルギィって名前なんだけど」


「自慢?」


「そ、うちのクラスは凄いんだぞー自慢」


「凄いんだ……。

なにがどう凄いんだ??」


「余興での活躍がすごくて。

赤髪ちゃん、えーと、赤髪ちゃんの名前なんだっけ?」


「オーレリア・ネルバルさんだよ」


「そうそう、オーレリアちゃんな。

オーレリアちゃんがいかに凄いか、そんな彼女とともに居られる自分たちがいかに恵まれてるかを熱く語られて」


「……なんか、ライリーのルームメイトの、ルギィさんは、こう、信者っぽいね」


アイドルとか役者とかを熱心に推す方の信者だ。


「あ、やっぱりそう思う?

ところであんな奴に、さん付けすんなよ」


「さん付けは癖だから、まぁ気にしないでくれ。

うん、なんか話しきいてると、そんな感じだなって思う」


「はっきり言うと、怖いんだよ」


「そりゃ、怖いよね」


「どうすりゃいいと思う?」


「え、えー、うーん?」


「下手なこと言うと、怖いじゃん、ああいうタイプって」


「まぁ、うん、わかるよ」


「でも話をしないわけにもいかないし」


「度が過ぎるようなら、監督生に相談する、とか??」


それしかないだろう。

まだ初日だが、初日でこうも辟易しているのはなかなか大変なことだと思う。


「監督生が相談しても、真剣に取り合ってくれなかったら??」


「寮長に相談すればいいんじゃないかな?

寮をいろんな意味で管理する人みたいだし。

大人だから、話くらい聞いてくれそうだけど」


答えをくれたり、対処をしてくれるかはわからない。が、話を聞いてもらえるならなにかしら解決策を教えてもらえそうだ。

でも、怖いっていいながら、俺は怖くないのだろうか?


怖いの種類は違うかもだが、余興でのことがある。

怖がられたとばかり思っていたのだけど、ライリーを見ていると、そこまで俺の事を怖がっているようには見えない。

もう思い切って聞いてみるか。


「怖いっていえばさ」


俺はそう切り出した。


「俺のことは怖くないの?」


「カキタのことが怖い?

なんで??」


「ほら、余興でさ、ドンびかれたかなって」


「あぁ、まぁ、凄く驚いたけど。

でも演技だったわけだから、本当に傷つけようとは思ってなかったんだろ?」


「まぁ、それはそうだけど」


そもそも、本気で返り討ちにしようと考えていたら、掌底ではなく机でもなんでも使っていただろう。

あれらだって、ぶんまわして頭にでも直撃させれば人の命を奪うことができるのだから。


「むしろ、スゲーっておもってるんだぞ」


「そうなんだ」


「そうそう」


うんうん、とライリーは頷いた。


「だって、演技とはいえ俺たちのこと守ろうとしてくれたじゃん」


どうやら好意的にとらたようだ。

それは良かった。

これなら、授業で顔を合わせる度に怖がられることはないだろう。


「俺なんて、さいしょ体が震えて動かなかったんだぜ?」


たしかに、一流の俳優たちの演技は迫真そのものだった。

殺気がなかったからこそ、演技に気づけたともいえる。

もしも殺気も演技で再現していたら、と考えるととても怖い。

もし、そうだったならきっと俺は躊躇せずに命を奪っていたことだろう。


(演技でよかった、ほんとうに)


さて、そんな感じで雑談をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。


「あ、よろっと談話室いこっか?」


共有スペースには壁掛け時計が設置されている。

それを見ながら、俺は言った。


「そうだな、行こう行こう!

どんなご馳走がでるかな?」


ガーデンパーティでは軽食がほとんどだったから、夕食にあたる今度の歓迎会では、ガッツリ系が出ると見ている。


「肉食べたい」


俺が言うと、ライリーもわかるわかると頷いてくれた。


「ぶ厚いステーキとかあるかな?」


「あるといいよなぁ」


「あと、ポテトとからあげ!!」


「ステーキもいいけど、ハンバーグもいいよな」


「それな!!」


ライリーとは打ち解けられたようで、本当に安心した。

なんの料理が提供されるかで盛り上がりながら、部屋を出ると、同じ一年生と鉢合わせした。

途端に、ライリーの顔がひきつる。

この反応、もしやこの子がルームメイトだろうか?


「おや、ライリー君、ここにいたのか。

と、君は……」


ライリーの名前を口にし、続いて俺の顔を見る。

俺の横でライリーが、小さく、『うげっ』と言ったのが聞こえた。

なるほど、この子が噂のルギィさんか。


「あぁ、すぐに逃げ出した腰抜け君か」


ルギィさんは、俺の顔をジロジロ値踏みするように見てきた。

腰抜け君?


「???」


おそらくディスられたのだろう。

鼻で笑っている。

そんなことをされる理由はないので、俺はきょとんとする。


「君だろ?

余興とはいえ、逃げる選択をした弱虫ってのは。

みんな言ってるよ」


「えーと、みんなって、誰のことですか??」


本当に疑問だったので聞いてみた。

ガーデンパーティに出ていた先輩たちからは、少なくとも面と向かってそんなことを言われていない。


「僕たちのクラスの連中はみんな言ってる」


なるほど。

まぁ、勇敢な働きをしたクラスの子達が言うなら仕方ない。


「へぇ、そうですか」


興味無さそうな俺の返しに、ルギィさんはムッとしてさらに言葉を続ける。


「なんでも生徒会長を倒したとかデマを流してるらしいじゃないか」


この子も、フィーと同じであの日の受験会場で席を外してたんだろうな。

そうでないとこんなことを言うはずがない。

きっと動画も観ていないのだろう。

俺としては、恥ずかしいから見ないでいてもらえるといいのだけど。


「おいっ!」


ライリーがイライラして声を荒げる。

俺は、それを止める。

それから、やけに喧嘩腰なライリーのルームメイトへ言った。


「うーん、少なくともデマを流してるのは俺じゃないですね。

だって、デマを流す理由がないでしょ?

すぐデマだってわかるんだから」


この返しが意外だったのか、ライリーのルームメイトはすぐ言葉がでてこない。


「ちがいますか?」


すぐに返答できなかったところをみるに、一理あると考えたのかもしれない。

それとはべつで、俺のこの言葉に彼はカチンと来たようで、


「いい気になるなよ、田舎者が!!」


そう吐き捨てる。

まぁ、たしかに首都から一歩出れば田舎だよなぁ。

うちの周り、基本田んぼと畑だし。

おかげで姉は、所有してた田んぼを一つ潰して店舗と駐車場にできたくらいだし。

このまま稼ぐと、そのうちドライブスルーへ改築しそうだ。

ライリーがルギィさんの言葉に対して怒鳴ろうとするが、それより早く、別の者が怒鳴った。

ちなみに、俺では無い。


「なにをやってるんだ!!」


見ると、監督生と寮長が並んで立っている。

気まずそうに、ルギィさんが俯く。

俺は息を吐き出して、


「すみません。

余興のことについて話してたら白熱しちゃって」


二人に頭を下げた。

それをみてすぐ横にいたライリーが、


「おいっ」


非難めいた視線を向ける。

頭を下げるのは、お前じゃないだろ、と言いたいのだろう。


「……本当か?」


監督生に聞かれ、俺はうなずく。

ライリーも話を合わせてくれた。

俺はダメ押しで、


「えぇ、そうですよね?

ルギィさん」


ルギィさんを見た。


「…………はい」


とても嫌そうに、ルギィさんは同意した。

ここで喧嘩しても、なんの得にもならない。

というより、喧嘩、決闘、私闘、なんでもいいが、そういうあつかいで入学早々、謹慎になりかねない。

寮長と監督生も、初日だからかそういうことにしてくれた。

苦々しい表情でルギィさんが、俺たちの横を通り抜け、さらに寮長たちに軽く頭を下げて談話室へと向かう。

その時、俺にだけ聴こえるように、


「化けの皮を剥がしてやる」


小声でポソッと言われた。

別に、変装はおろか化粧もしてないんだけどなー。


その後、寮の歓迎会はトラブルもなく楽しく過ごせた。

ただ、ルギィさんと同じクラスの子達から遠巻きにされ、それとなく避けられていた。

たぶん、彼の言うところのデマ云々のせいだろうな。

まぁ、いいか。

危害を加えられたわけじゃないので、気にしないことにした。


歓迎会が終わると、共同浴場で汗を流した。

それから部屋に戻り、消灯時間までは自由時間となった。

またライリーが部屋にきた。

やはり居づらいらしい。


「あーあ、俺、お前と同室がよかったよ」


ライリーが共有スペースに設置してあるテーブルに突っ伏してそう言った。


「まぁ、部屋割りはランダムだしなぁ。

クッキー食べる?」


俺は姉が持たせてくれクッキー缶を見せる。

姉の店で出してるクッキーの詰め合わせ缶である。

ついでにこれまた姉が持たせてくれた、紅茶の茶葉が入った入れ物を取り出す。

共有スペースには、お茶をいれられる設備がととのっている。

なんなら、小さな冷蔵庫も設置されていたりする。

学生食堂や購買などで販売されている食べ物を保管できるのだ。


「食べる……って、これ黒猫亭で1番人気のクッキー缶じゃん!!

よく手に入ったな。

予約しないと買えないって聞いた事あるぞ」


「あれ?いってなかったっけ?

実家なんだよ、黒猫亭」


「え」


「せいかくには、黒猫亭の店主が姉ちゃんでさ」


「マジか」


サクサク、とライリーはクッキー缶を開けて食べ始める。


「お茶いる?」


ライリーに聞いてみた。

さくさくさくさくさく、とクッキーを貪りつつあるライリーは、口をもごもごさせながら頷いた。


それから消灯時間まで、クッキーと紅茶を二人で貪ったのだった。


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