08 モルニック砦引き渡し
* * * * *
「…………し、信じられん……」
早朝、まだ日が昇り切っていない時――昇る朝日を背にするモルニック砦を見て、マスティフ隊長が呆然としていた。
彼の背後に展開する部隊の面々も同じだろう。
最初に約束した『一ヶ月』でさえ異常な短さだというのに、それよりも早くに砦が出来上がっているのだから。
「マスティフ様」
「! あ、ああ……そうだな。
おい、部隊の展開を急げ! お前たちは俺についてこい!」
呆然とする気持ちはわかるが、いつまでもそうしてはいられない。
真夜中にノンさんがたたき起こしてマスティフ隊を砦まで呼んだのは、単にお披露目というわけではない――そんなんだったら明け方にする必要ないしな。
運次第なところはあるが、そう遠くない時間に『人類側』もこの砦の存在に気が付くはずだからだ。
位置的には、マスティフ隊の駐屯地より人類側の都市の方が近い。
気付かれて押し寄せられたり、ましてや占拠されたりしたら俺たちのやったことが無意味になってしまう。
それを防ぐために早めにマスティフ隊を(無理矢理)呼んだのである。
マスティフ隊長と部隊の偉い人? が俺たちと共に砦の中へ。
他の部隊員は隊長に言われて、そのまま砦周辺に陣を敷き始める。
……寝てる中、突然現れたノンさんに起こされてすぐさま動き始めて……ってなかなかハードだけど、まぁ彼らのための砦を急いで作ったので我慢してもらいたい。
「レオナルド様、お願いいたします」
「うむ。ではマスティフ殿、一通り砦を案内するぞい」
「よ、よろしく頼む……」
とはいえ、我々としては依頼通りに作って引き渡すまでが仕事だ。
依頼主であるマスティフ隊長に説明をしなければならないわけだし、いつまでもここに残って戦いに巻き込まれるのもお断りである。
まだ少し混乱しているであろうマスティフ隊長を促し、砦内の説明を行おうこととした。
まぁ、急いでいるのにはもう一つ理由があるんだけど……。
* * * * *
……新築の家を客に説明する時って、結構大変だよなーとこの仕事を始めてから思うようになった。
まぁ作るのはマイホームじゃなくてダンジョン的なサムシングがメインなんだが。
求められるのは『快適性』ではなく、『頑丈さ』となることが多い。
今回の砦も、皆の予想が正しければ『倉庫』的な使われ方をするとのことだし、閉まっている物資がダメにならないための工夫こそが重視されるはずだ。
「灯り含めた内装については何もしてないぞい。
……追加料金をもらえれば、こっちで一両日でやるが」
窓に当たる部分は、わざと煉瓦を積まずに穴をあけている。
この世界にもガラスはあるが、防御性能とかを考えるとちょっと心許ない上に、壊れた時にマスティフ隊だけで直すことは難しいため使っていない。木でできたフタのようなものを開閉できる仕組みにしている。
ちょっとした空気の入れ替えくらいにしか使えないため、灯りとしては微妙なところだ。昼間でも尚薄暗いくらいなので、別途灯りは必要となる――夜は当然のこととして。
魔力に反応して発光する魔晶石を利用した灯りを付けてあげることはできるのだが、流石にこれは別料金を取らないとうちが大赤字になる程度には高価なものだ。
結果として、砦内はかなり暗くなってしまい、松明を使っている。
「それは――あ、いや。
「……ふむ? まぁ砦を引き渡したらワシらは一度帰るでな。また連絡をしてくれれば良いぞい」
窓、ドアについては木製ではあるがちゃんと作ってある。
便利な魔晶石でなくても灯りは代替できるし、余計な予算は出しづらいんだろう。特に彼らは大きな『組織』に属しているわけだし。そのくらいは元・高校生の俺でも想像がつく。
「念のため、壁や床の強度は確かめておくかの?」
「――いや、問題ないだろう」
一番気にしているであろう『強度』に関しては、マスティフ隊長が軽く壁を押したりしてみただけで終わった。
魔法がある世界だし、その気になれば建物全部を吹っ飛ばすミサイルみたいな魔法も存在しているかもしれないし、モンスターであれば人間の作った建物なんて積み木みたいに崩せるかもしれない。
だから、まぁ『強度』とは言っても気休めくらいにしかならないかもしれないなぁ。
モルニック砦について言えば、雨の少ない地域なのはわかっていたので、乾燥に強く断熱性の高い煉瓦をメインに作っているので、自然と壊れるということも早々にはないはずだ。
もちろん、親っさんの設計と俺のスキルで見た目以上にガチガチに頑丈に組んでいるので、仮にこの地域に大地震が起きても耐えきれるくらいには頑丈だとは思う。
流石に軍隊が本気で壊すつもりで攻撃してきたらいずれ壊れはするだろうが……。
そんなこんなで砦の内見は無事終わり、マスティフ隊が展開する砦前へと戻って来た。
頑丈さの確認もそうだけど、マスティフ隊長たちにこの砦が幻ではない、と信じてもらうことはできただろう。
……どうやって短時間で作ったのかはわからないはずだ。聞かれても答えられないし、魔法を上手く使ったのだとでも思って納得してもらうしかない。
「いかがでしょうか?」
尚、ここまできて『やっぱいらない』となったら――仕方ない。
もったいないが、
「……感謝します。あなたたちに依頼して、本当に良かった……」
マスティフ隊長、いつの間にか俺たちに対して敬語になってる……。
まぁ、顧客と会社の関係なんてそもそもこの世界にはまだ存在しない概念だろうしなー。
一ヶ月に満たない期間で砦を作った俺たちのこと、一体どう見えているんだろうか……。
「それでは、費用についてですが――」
……ここからはもう本当に俺や親っさんが口を突っ込む余地のない、ノンさんに完全お任せだ。
『契約書』自体はしっかりと交わしているが、この世界だとこれまた余り一般的ではない概念である。反故にされるという可能性もなくはないが――
それより怖いのは、俺たちの欲しい通貨で支払えるかどうか、だ。支払い能力自体は、まぁ『魔王軍』の一部隊なわけだし何とかなるとは思っているけど……。
『大人の話』から耳を逸らし、俺は周囲の様子へと目を向ける。
強行軍でここまでやってきた部隊の人たちは、疲れを感じさせない晴れやかな表情で自分たちの『陣地』を砦周囲に構築している。
……この砦が出来たということは、本格的な『戦争』が始まることを意味しているというのに、悲壮感は見えなかった。
むしろ――
「もう少し……あと少しで
……そんな、誰かの言葉が俺の耳に残った。
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