03 拠点建設計画案件説明
「諸君には、我が隊の前線基地となる『砦』の建設を依頼したい」
幕屋内に置かれたそこそこの大きさのテーブルに、ノンさんと親っさんが並んで座り、その対面にマスティフ隊長が。
椅子がないので俺とジークはノンさんたちの後ろで立ち見である。まぁ別にいいけど――『仕事』について俺から口出せることなんて何もないしな。
……それ言ったら、俺がこの場に立ち会う意味もねーじゃんって感じでもあるんだが……一人で事務所に残っててもやることないしなぁ……。
「……まずは場所と規模について聞きたいのう」
「うむ。場所についてだが――」
親っさんは完全に『仕事』モード……というか『職人』モードに入ったみたいで、口調も取り繕っていない。
ちょっとひやひやするが、まぁノンさんがフォローするだろうしマスティフ隊長も気にしてないみたいで話は進んで行く。
テーブルの上にちょっと大きめの『地図』を広げ、なんやかんやと話始めている。
俺からはちらっとしか見えないが、『地図』とは言っても現代日本人が想像するような詳細なものではなく、かなり適当なものに俺には思えた。
まぁ元の世界でもきちんとした地図が作られるようになったのも割と近い時代のことだったはずだし、他国の地図なんて機密情報の塊みたいなもんだ。『魔王軍』のマスティフ隊長が持っていなくて当然だろう――『魔王軍』のどこもおそらく持ってはいないはずだ。
今更だが、いわゆる『剣と魔法のファンタジー』なこの世界の技術は……俺の目から見てかなり
魔法のおかげで現代科学に匹敵するような技術が発展していると思えば、肝心なところでは想像以上に技術が発展してなかったり……その辺りについては、まぁ今語ることでもないか。
ともかく、適当な作りの地図をちら見してはみたものの、俺にはさっぱりわからないのであった。
……そもそもこの世界の地理についてそこまで詳しくないからなー。さっきも述べた通り、『世界地図』なんてものもないから調べようもないし。
それでも一つ、明確にわかることはあった。
それは――
「ところで、『井戸』は必要かの? 水が出るとは限らんが……」
そう、『井戸』――というか『水』についてだ。
ざっくりとした地図だが、それでも地形くらいはまぁ正しいと思っていいだろう。
で、その地図を見る限り『砦』の建設予定地の近くに川はない。
となると井戸を掘って地下水をくみ上げるしかないわけだ――この世界に『水道』は存在していないのだから。
マスティフ隊長の部隊の規模は俺にはわからないが、数人ってことは流石にないだろう。
少なくても百人以上はいると見ていいはずだ。
それだけ多くの人数がいれば、当然『水』の確保はしなければならない。水がなければ生物は生きていけないっていうのは、異世界であっても変わりはない。
井戸を掘るにしても、水が本当に出るかはわからないわけだし……『砦』を作ったはいいものの水がなくて部隊が干からびる、なんてオチになってしまわないだろうか。
親っさんの問いかけにマスティフ隊長は『ああ……』と軽い相槌を打ち、少し考えた後に答えた。
「水に関しては補給の当てがある。
もちろん、井戸から水が汲めれば尚良いが……」
「ふむぅ……では、サービスで一つ掘ってみるかのう。水が出ればそのまま使ってもらえば良いし、追加で掘って欲しいのであれば――」
「……追加で料金をいただくことになります」
さらっとノンさんがぶち込んでくる。
まー……井戸を幾つも作るとなったら、それはそれでこっちの手間もかかるしな。
一つは親っさんのサービスで試しに掘ってみる。もし水が出て追加の井戸が欲しければ追加料金ってことで。
……ノンさん的には試しの井戸にも金払って欲しいんだろうなー……親っさんの独断で決めちまったが、不満はあれど口には出さないみたいだ。
その後もマスティフ隊長と親っさんがメインとなって話は進んでいった。
おそらく――いや間違いなく、今親っさんの頭の中で猛スピードで『設計図』が描かれているはずだ。
……これは、打ち合わせが終わったら速攻で作業開始かなー……
「それで――
説明の最後にマスティフ隊長は取り繕わずに訊ねてきた。
うん、まぁそれは重要なところだ。
『魔王軍』の動向……どころかその中の一部隊に過ぎないマスティフ隊長のところの動きは、俺にわかるわけがない。
けれども、のんびりとしていられる状況ではないのは間違いないだろう。なにせ、
この『砦』がマスティフ隊の今後の動きにとって重要なのだ、彼らからしてみれば早ければ早いほどありがたいのだろう。
「……ノン」
すぐには答えず、親っさんが隣に座るノンさんに一度確認を取る。
ノンさんが少しだけ考えた後、こくりと頷き返す。
「ふむ。設計に建築素材の準備、そして建築――諸々込みで
「い、一ヶ月!?」
親っさんの回答に、ずっと冷静だったマスティフ隊長が大声を上げる。
……確認するまでもない。
建築なんて全く知らない俺であっても、一ヶ月で部隊の使う『砦』を作るなんて無茶苦茶だとわかる。
普通の一軒家だって建てるのにもっと時間がかかるのだ、それより明らかに規模の大きい『砦』が全部込みで一ヶ月で作れるなんて、マスティフ隊長も思っていなかったに違いない。
日本の感覚で言うなら、3~4階建てのちょっと小さめのマンションを駐車場とか全部込みで一ヶ月で作れます、と言っているのに等しい感じだろうか。どれだけ無茶苦茶なことを言っているかわかると思う。
「ただ、部屋の内装やらはやれんぞ? そこらは自分たちでやるか……ワシらに頼むなら追加料金をいただくぞい」
まぁ、うちはあくまでも『工務店』であって内装は専門じゃねーからな……一応やれないことはないんだが、
「あ、ああ……そちらは構わない」
面喰いつつもしっかりと追加料金は断るマスティフ隊長であった。
快適な家を欲しているわけではないんだし、内装にはこだわらないってことなんだろう。
「……」
後ろから見てるだけでわかるくらい、ノンさんががっくりと肩を落とした。きっと表情は変わってないんだろうけどな……。
この分じゃあ砦の『デザイン』にも拘りなんてないだろう――うちにいる『デザイナー』さんに頼むと、デザイン料の名目で追加料金が発生するのでノンさんはそれを狙ってたんだろうが、まぁ今回は無理だろうな。それを彼女自身もわかっているのだ。
「……では、契約は成立ということでよろしいでしょうか?」
その後、更に少し話を詰めて終わったかなと俺でもわかるくらいに進んだところで、ノンさんがマスティフ隊長へと確認をとる。
「ああ。よろしく頼む」
ここまできて『やっぱやめた』と言われることはないだろうとは思ってたが、いざ契約成立となるとちょっとほっとする。
なんだかんだ、『仕事』しなきゃ金が入らないわけで、金がなけりゃ生活できないわけだし。
……『魔王軍』の『砦』を作ることで
「うむ。では早速始めるか」
「はい。
マスティフ様。後日、契約書をこちらにお届けいたします」
「ああ……」
何はともあれ、俺たち『メタストラクト工務店』とマスティフ隊との契約は無事成立した。
ここからは『仕事』の時間だ。
俺たちはマスティフ隊の駐屯地である廃村から去っていく――
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