第18話◆わたくしと白金の髪と碧い瞳

「く……やはり勝負になりませんでしたわね。対戦、ありがとうございました」


 模擬戦の結果は当然わたくしの負け、というか勝負にもなりませんでしたわ。

 さすが冒険者ギルドの職員。そして実戦経験のない護身術も射撃も実戦では全く通用しないということを体で理解いたしましたわ。

 というわけで、わたくしの完敗です。その時間だったの一分程度。


 模擬戦が終わり白金髪碧目のギルド職員を前にスカートを摘まみ頭を下げるわたくし。

 王太子妃教育で身に染みついている必殺完璧カーテシーが炸裂してしまいましたわ。

 ええ、あまりに見事な負けっぷりについ相手に敬意を表してしまいました。


 それにしてもこの白金と碧目、何故だかわからないですけれどイラッとくるのですよねぇ。

 この職員とは初対面なのですが、その色合いとそのお顔立ちに何故かイラッと。


「いやいやいやいや、そのヒラヒラしたメイド服にハイヒール、それからこういう正面から当たる対人では不利な、連射の利かない魔砲でかなり粘ったと思うよっていうか、改造した競技用マナグレネードをポケットに隠していたのは予想外だったよ。そうだなぁ、ハンド魔砲があればもう少し小回りが利くんじゃないかな。散弾型はどうしてもリロードで隙ができるから、ショートバレルでも小型の武器に比べたら取り回しが悪いからな。というか至近距離といえばハイヒール恐っ、普通の革靴だったら突き抜けてたな。ハイヒール、恐い恐い。って、ハイヒールであんだけチョロチョロしてたのか!? ていうかカーテシー完璧すぎ! どこのご令嬢!?」


 あら、見た目は何故かわからないイラッと感があるのに、話してみれば意外と話し易そうな方ですわね。少し騒がしい感じもしますけれど、最近見かけない眼鏡君ほどではありませんね。

 騒がしいけれど褒めて下さっているようですし、アドバイスまでして下さいましたわ。


 ええ、魔砲は撃つ間もなく距離を詰められたので、思わずポケットに忍ばしていた実践的な射撃ゲームで使うマナグレネードという爆弾を思わず投げてしまいましたわ。

 もちろん元は競技用なので本来なら威力の低い魔力弾が散らかるだけで殺傷能力はないのですが、ちょこっと改造して散らかった魔力弾が弾けて閃光と大きな音を出すようにしていましたの。これくらいの威力なら不審者や野生動物に遭遇しても追い払えるかと思いまして。

 もちろん自分には被害がないように、わたくしの掛けているファッション眼鏡に遮光の付与をしてありますわ~。音の方は対策をしていなかったのでクソうるさかったですわ!


 マナグレネードで目くらましをしたついでに一発くらい魔砲を撃とうと思ったですが、構わず突っ込んできて魔砲の砲身を掴んで上に向けのこられたのでびっくりして、靴のヒールで足を踏んだら靴が思ったよりも硬くてバランスを崩して負けて、そこからは素手による攻撃を捌くだけに精一杯で押されまくってそのまま負けてしまいましたわ。


 ほほほ、ハイヒールで動き回ることは貴族女子の嗜みですわ。

 殿方にそこを驚かれたり、幼少の頃より国で最高峰のマナーを学び続けて身に付けたカーテシーを褒められたりするのは悪い気分ではございませんわね。

 その髪と目の色と顔立ちは何故かイラッときますけれど、この方の印象は悪くありませんわ。


「ハイヒールで動き回るのは貴族令嬢の嗜みですわ。正装の時ですとコルセットで締め上げられた上に重たいドレスを身に付けますし、夜会の時はその恰好で長時間立ったまま待機でしかもダンスまで何曲も踊らされて、いざというときは全力で走ることも……それでどうしてもハイヒールでの行動に慣れてしまうのですよ、ほほほほほほ。でもやはりハイヒールは脱げそうで恐いので、ヒールのあるブーツの方が良いですわね」


「お、おう。口調からしてどっかのいいとこのお嬢さんがメイドとして奉公に上がってるやつか? この辺だとシャングリエ公爵家……ん? そのメイド服は……しかし、シャングリエ公爵家なら給料はいいから冒険者ギルドで小金を稼ぐようなことは……」


「ほほほほほ、違います違います!! 決してシャングリエ公爵家のメイドだなんてことは、絶対に! これっぽっちも! ありませんわー。とある商家に勤める落ちぶれた家門出身で戻る家もないただの令嬢メイドですわー。ほほほ、ちゃんと仕事をこなすなら、身元については深く追求しないのが冒険者ギルドなのでしょう? 訳あり女子の秘め事ということでどうか深く追求しないで下さいまし。それより受講終了のサインをくださいまし」


 ゲッ! アリーナの隅へ移動しながら他愛のない会話で油断をしてしまいましたわ。

 さっさと会話を終わらせて戦闘訓練の受講終了のサインを貰って帰りましょう。


「お、そうだったそうだった。ま、Eランクなら町周辺の依頼ばっかりだから、これだけ動けりゃいいだろ。ただハイヒールは履き慣れてるっつっても郊外は足場の悪ぃとこも増えるから、足周りや足の疲労対策をしたハイヒールが専門の防具屋にいったら売ってるからそういうのをオススメするぜ。じゃ、この書類を持って受付にいったら依頼の範囲も増えるから怪我しない程度にがんばれよ」


 あら、そういうハイヒールもあるのですね。これは良い情報を教えていただいたうえに励ましていただきましたわ。

 見た目は何となくイラッとする方ですが、すごく良い方のようですわね。

 ええ、白金髪に碧目というのがすごく引っかかるのですが……。


 それが何故か思い出せないまま受付で手続きを終わらせ、せっかくなのでいつもよりの遠い場所での薬草採りの仕事を引き受けドゥリエ郊外まで足を運んだ。


 そしてそこで白金に碧目に何故イラッときたか思い出すことになった。


 それはドゥリエ郊外を流れる大きな川の土手で薬草を採取している時だった。


 川の土手の上には近郊の町とドゥリエを繋ぐ大きな道が通っており、頻繁に馬車が行き来しているのを薬草を採取しながら見ることができた。

 ただ大型の馬車同士がすれ違うにはあまり余裕がないようで、馬車の制御を誤れば馬車が土手に転がり落ちてしまうのではないかという程ギリギリですれ違っているのを何度も見て、その度にハラハラとした気分になっていた。


 馬車の音が近くを通る度ついそちらを見るようにしていたのは、いきなり馬車が転がり落ちてきて巻き込まれては敵わないから。

 ここを通る者はきっとこの道を走り慣れていて、そんな事故はあまりないのだろうとわかっていても、ここにくるのは始めてで馬車の音が聞こえるとついそちらに注意を向けてしまっていた。


 その時もそう。

 それまで走っていた馬車のどの馬より足音が大きく聞こえたのは多頭引きの馬車だったから。

 多頭で引くほどの大きな馬車だったから。

 そんな音なんて気にしないで、ただ下を向いて採取作業をしていれば良かった。


 馬の足音とガラガラという馬車の車輪の音がだんだん大きくなり、それがあまりにも大きくて実際の距離よりすぐ近くに感じて恐くなり顔を上げた時、その馬車の窓でキラリと反射したものについ視線をやってしまった。


 反射したのはその馬車に乗っていた者の輝かしい白金の髪の毛。

 その者が馬車の窓際に座りボーッと外を見ていたから。


 どうしてその馬車をずっと目で追ってしまったのだろう。

 その光った場所をじっと見てしまったのだろう。


 だって、それが知っている顔だったから。


 その白金の髪の持ち主に気付き、そして驚き目が離せなかったのはおそらくほんの数十秒。

 そのほんの数十秒でわたくしの視線に気付いたのは、性格は残念でも能力は優れている証拠。

 学園時代は王太子の側近に選ばれていただけある。

 騎士ではないが、武術の成績は非常に良かったと聞いている。


 わたくしが驚き目を反らせなくなった白金の髪の持ち主――アグリオスがわたくしの視線に気付き、その海のように碧い目がこちらに向けられバッチリと合った。






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