第17話◆わたくしとM870

 冒険者ギルドに登録をして一週間。どうせ放置嫁で暇なので毎日のようにあの穴から抜け出して冒険者ギルドに通い、わたくしでもできそうな安全で簡単な依頼をこなしていたらランクが更に一つ上がった。


 ランクアップをすると今よりも高い報酬の仕事も受けられるようになるので、更にお仕事がしたくなりますわ~。

 これが登録者を手のヒラでコロコロ転がすように働かせる、冒険者ギルドの仕組みちゃんですか……恐ろしい仕組みですわっ!


 冒険者のランクはGからスタートして、大きなミスがなく依頼を一つでも成功させればFになる。

 そしてFからいくつか仕事をこなし、冒険者の仕事の流れとギルドの基本的な機能を把握できた頃にEランクへのランクアップを勧められるようだ。


 ギルドの仕組みや規則を理解しているか確認するための簡単な筆記テストに合格し、ギルドカードの更新手数料を払えばEランクになることができる。

 カード更新の費用はかかるが、それまでに受けた依頼の稼ぎでなんとでもなる金額で、ランクアップをすれば稼ぎも増えるのでランクアップしない理由はない。


 ランクが上がれば上がるほどテストは難しくなり、カードの更新手数料も高くなるのだが、高ランクになれば報酬の高い仕事も増え収入も爆上がりするらしい。

 ただ高ランクで報酬のいい仕事は危険を伴うことが多く、中には命がけになるようなものもあるらしい。


 命あっての物種ともいいますが、そういう危険な仕事を成功させた時の報酬は大きく、また冒険者としての評価や盛名も上がるため、積極的に危険な仕事を引き受ける高ランク冒険者は多く、それはまた冒険者としての花形でもある。



 魔力を魔法が使えるのは人間だけではなく、人間以外の魔力を持つ生物は数多に存在し、野生動物にも魔力を持ち魔法を行使するもの多く存在している。

 彼らは野生動物と同じで小さいものから大きなものまで、中には人の生活圏の傍に棲息し人に対して危険のある存在も少なくない。

 そういった魔力を持つ野生生物のことは、ひっくるめて魔物と呼ばれている。


 冒険者の仕事にはそういった人対して危険のある存在と近い場所での仕事もある。

 もちろんそれらを駆除する仕事も。


 わたくしの場合そういった魔物を駆除する仕事ではなく、ランクが低いこともあり町の中でのお遣いやお手伝い、町周辺での薬草採取を中心に依頼を受けており、これからもそういった安全な依頼を中心に引き受けていこうと思っている。


 駆除系の依頼を引き受けるつもりはなくとも、野生動物や魔物との遭遇の危険がある場所での採取依頼は戦闘訓練系の講習とテストを受けて合格していないと引き受けることができない。


 大切な人材を失わないため、不慣れな者や無謀な者が無駄死にをしないために冒険者ギルドは冒険者の能力にあった仕事をスムーズに手配できる仕組みになっているようだ。



 つい昨日Eランクに上がったわたくしは、ギルドの職員からEランクになると弱い魔物が出没する地域での採取の仕事が増え、ランクが上がるほどそういう地域の仕事ばかりないのでそれらを受けるために戦闘訓練系の講習を受けておくことを勧められ、良い機会なので講習を受けておくことにした。


 そして今日の午前中がその講習。

 扱える武器があるのなら持って来るようにとのことだったので、学生の頃少々嗜んでいた武器を持参することにした。

 実家から持ってきた僅かな荷物の中にこっそりと忍ばせておいてよかったですわ。


 学生時代にクラスメイトに誘われて入った射撃部の先輩が、卒業後嫁入り先には持って行けないからといって頂いた想い出の品なのですよね――魔砲マジック870。


 魔砲とは使用者の魔力を弾丸状にして撃ち出す魔導武器。

 そこまで威力は高くなく、武器として使われるより魔力を持つ者が競技として嗜むことの方が多く、王立学園にも魔砲射撃部がありまして在学中はこの魔砲射撃部に籍を置いていた。


 部活中に使う魔砲は部が提供してくれるものを借りられるので、自分で装備を揃える必要なく魔砲の扱いと射撃の技術が学べるのはなかなか良いと思って誘われるがままに入部して部活を楽しんでいた。

 技術の方は、お恥ずかしながら……といった程度ですが。


 魔砲は借りることもできるのだが中には自分で購入する者もおり、マイ魔砲を持っている者が卒業をする時に部に寄付したり後輩に譲ったりということは珍しくない。

 わたくしも嫁入りに魔砲を持って行けなくて手放すという先輩から、もしもの時に役に立つかもしれないと散弾型の魔砲を頂いてしまいましたわ。


 頂いた魔砲は複数の弾を発射する散弾型なのであまり腕の良くないわたくしでも的に当てやすく、女性の先輩から頂いたものなので銃身が短めの女性でも取り回しが良いもの。

 狙撃系の魔砲ではあまり良い記録の出せなかったわたくしでしたが、散弾系に変えて命中率が上がりとても気に入ったので、そのまま嫁入り道具に混ぜて持ってきたのです。


 競技用魔砲の威力はそこまで高くないのだが、当たればやはり痛いので威嚇程度には使えるかなと思いまして、今日は愛砲のM870を担いで冒険者ギルドにやってきましたわ。

 実戦用の魔砲はめちゃくちゃ高くて、わたくしの持っている現金で買えるようなものではありませんし、あまり恐い生き物の出没するところにはいきませんので競技用でことたりるかなって。



 わたくしが受ける戦闘講習は戦闘経験が少ない者向けの講習。

 積極的に攻撃する方法よりも身を守る方法、その中でも特に危機回避の方法が中心に、ギルドのアリーナで講義と実践を交えながらの講習だった。


 そうですわね……わたくしも護身術は王太子妃教育の一環で学びましたが、護身術を使うのは最終手段、とにかくそういった状況に陥ることをしない、そういう場所にいかない、そしてもしもの場合は護衛の指示に従うということを、ものすごく厳しく叩き込まれましたわ。


 ええ、学んでいたとしてもいきなり実践できる気なんしませんもの。それに危険は回避できるなら回避したいですわ。

 とにかく魔物を倒したくて冒険者になった方もいらっしゃるようで、そういった方には退屈な講習なのでしょうが、駆け出しの者ばかりが受ける講習でこのように安全を優先とした立ち回りの講習を最初にするのは非常に素晴らしいことだと思いますわ。


 ……あら、今はただのメイドですのについうっかり、施政者視線で見てしまいましたわ。


 同じ危機回避でもわたくしが王太子妃教育で学んだ対人的な危機回避ではなく、野生生物相手の危機回避法で新たな学びが多くあって非常に有用な講習でしたわ。



 講習の最後に実践的な立ち回りの確認? 

 現時点の武器を扱う技術や身体能力を確認するため? 武器があれば使ってもいい?

 戦闘能力の基準を満たしていれば依頼の受注範囲が多少広がるが、戦闘が苦手な者は辞退もできる?


 どうしましょう……戦闘経験は王太子妃教育の一環の訓練でしかないのですよね。

 しかしせっかく愛砲を持ってきたので、ダメ元でチャレンジしてみましょうか。


 立ち回りの確認は、ダメージを無効化する魔導具を使用してギルド職員との模擬戦。

 職員達は皆Cランク以上の実力の持ち主だとかなんとか。


 挑戦した者はことごとく職員に攻撃を捌かれ隙を突かれて敗退しているが、駆け出しの冒険者と職員の実力差からしてそれは当たり前で、負けたからといって悪い評価が付くわけではない。

 実力に見合った評価をされ、受けることのできる依頼の幅が決められるだけだ。


 トントンと進む模擬戦を見ているうちにわたくしの番がやってきた。

 受講番号を呼ばれ立ち上がり担いでいた魔砲M870を下ろし起動して魔力を込めるためのグリップを引くと、ガチャンと心地の良い音がしてM870が弾丸分ほどわたくしの魔力を吸い上げた。


 ロード・アンド・メイク・レディ――精一杯の本気でいかせていただきますわよ。


 心の中で気合いを入れて模擬戦の相手である職員の方を見ると、白みの強い金髪に南の海のように鮮やかな碧目。


 あれ? このお方のお顔……見覚えがあるような、ないような?

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