第16話◆わたくしと冒険者ギルド

 シャングリエ公爵邸の外周を囲む石壁とその周りの森のような緑地帯のそばを通る道は、公爵邸の正門に近付く程綺麗に整備され舗装もされていたが、裏門方面は荷馬車が通るに困らない程度に道が均されているだけの舗装されていない道で、わたくしが石壁の穴をくぐり木々の間を抜けて出た道もその舗装されていない道だった。


 裏門は主に業者の出入りに使われる門で、そこへ続くこの道も業者の馬車が行き交うためか、正門方面ほどではないとはいえ馬車の通行の妨げにならない程度にはこまめに整備されているようようで、舗装はされていなくとも通行の妨げになるような植物はなく歩きやすい。


 しかしそれは馬車や人の通る部分だけで、道端では初夏の野草が色とりどりの花を咲かせ風に揺れている光景がわたくしの心を和ませた。

 中には公爵邸か近所の住宅からか、それとも何かの荷物に種がついていたのか、園芸用の植物が野草に混ざって生えているのも目についた。


 その中でもとくに目につくのが、鮮やかな赤や優しいオレンジ、可愛いピンク、綺麗な白の花を咲かせているアレ。

 ヒョロッと伸びる華奢茎の先端に小ぶりな花を咲かせるそれは、明るい色合いで初夏を彩る園芸用としても植えられる花だが、種が飛び散りまくるため気がつけば全く予想のしない場所に勝手に生えて勝手に花を咲かせていることがよくある。

 その繰り返しで広がりまくるので、雑草扱いをされることも少なくない花である。

 そういえば別邸の庭にも勝手に生えまくっていたし、実家の庭にも勝手に生えていましたわね――ヒナゲシ。


 道端に風に揺れる野花を見て楽しみながらも、その中に薬草ものもちらほらと混ざっていたので、目についたものを摘み取りながらドゥリエの市街地方面を目指した。



 公爵邸の正門が近付けば道は石畳になり道端に野草の生える場所はなくなり、栄えた地方都市の雰囲気が強くなる。

 シャングリエ公爵邸から平民向けの役所や商業施設が密集する市街地中心部にはやや距離があるのだが、公爵邸正面から市街地へ続く大きな道は綺麗に整備されており、公爵邸に荷物を運ぶ業者の馬車や町から公爵邸へ通う使用人を乗せた乗合馬車が行き交っていた。


 なんちゃって使用人のわたくしは万が一を考えて正門付近まで行かず、途中で裏手の道に入り、公爵家に出入りする人にできるだけ見られないように市街地の中心部を目指した。

 交通量の多い道は整備されているが、一歩裏に入ると舗装をされていない道ばかり。

 この張りぼて感に農業で栄える地方都市ならではで、その雰囲気は決して嫌いではなかった。




 一時間くらい歩いただろうか、そうして到着したドゥリエ市街地の中心部は思ったよりもずっと賑やかで栄えており、シャングリエ公爵家の統治が成功していることを示していた。

 中心部に近付くほど道も町も更に整い、大きな道には主要施設への道案内の看板が大きな交差点毎に建てられていて、初めてこの町を歩くわたくしでも迷わず冒険者ギルドまで辿り着くことができた。


 冒険者ギルドを始めとした人々の生活を支える各種ギルドについては王太子妃教育で学び、ギルドにも実際に足を運び業務を見学したこともあるため、その役割や大まかなシステムは知識としては頭の中に入っていたが、こうして自らギルドに登録をするのは初めてで緊張をしながら冒険者ギルドの建物に入り受付へと向かった。






「意外と簡単に登録できましたし、意外と簡単に仕事を受けることもできましたし、意外と簡単にランクが一つ上がりましたわ。なるほど、これなら確かに路頭に迷ってる人々の受け皿と労働力の確保になりますわね」


 数時間後、魔力を帯びた銅板で作られた冒険者ギルドカードを手に入れ満足げな表情で頬に手を当てるわたくしがいた。



 登録のために冒険者ギルドのカウンターに向かうと、慣れた風の受付職員に案内され初心者講習を受けることとなりギルドの奥の部屋へと通された。

 そこにはわたくしと同じように登録に来た者が十名ほど。その中には主婦らしき女性やわたくしと同じような使用人風の服装の者も。


 職員に聞いてみたところ家事や本業の傍ら空いた時間で冒険者ギルドの仕事を引き受け小金を稼ぐ者も少なくないようで、わたくしのようなメイド服の者がフラリとギルドにやってくるのはあまり珍しくないそうだ。

 中には機能的な上に可愛いからという理由で、あえてメイド服を着ている者もいるとかなんとか。


 そういうことでしたら、わたくしのメイド服もあまり目立ちませんわね。

 ついメイド服のまま町まで来てしまったので、少々不安でしたの。

 メイド服はわたくし好みに多少改造をしているので、公爵家の者だとはバレないと思いますが、メイド姿で冒険者ギルドに入るのは勇気が必要でしたわ。


 メイド服は少々ヒラヒラはしておりますが、作業をすることを前提に作れたもので、丈夫で汚れにくくてポケットも多くて便利なのですよね。

 それにヒラヒラしているぶん、武器も隠しやすそうですし。

 メイド服の冒険者が珍しくないなら、このままメイド路線で行きますわ~。


 冒険者の仕事や規則に合わせ危険や厳しさを説明された後、それでも冒険者に登録すると伝えると書類を記入して登録完了。


 そのまま簡単な仕事を紹介され、それを引き受けて達成すればギルド登録料はその報酬から引かれ現金を持っていなくても登録できギルドカードが貰える仕組み。

 せっかくなので引き受けてみましたわ。

 初めてのお仕事はギルドの一室でギルドの売店で販売しているポーションの瓶にラベルを貼るだけの簡単なお仕事で、ギルドの登録料を差し引いたら僅かしか残りませんでしたが現金を手に入れましたわ~。


 そして一つ仕事をしたので、ランクが一つ上がった。

 これは冒険者ギルドの基本研修を受けて、仕事を受け報酬を受け取る流れを理解したという証のランクアップらしく、登録をして一つ仕事をするだけで上がるものらしい。


 簡単に上がるものと分かっていても、ランクが上がるのは達成感のような嬉しさがあって他の仕事もやってみたいという気分になりますわね。

 なるほど、現金がなくても登録ができる仕組みに加え、登録直後に紹介された仕事をすればすぐランクが上がりやる気を刺激する仕組み。

 こうやって登録者の労働意欲を掻き立てて労働力を確保するのですね。お勉強になりましたわ~。


 冒険者ギルドの仕事には危険な生物を討伐するようなものもあるが、それは高ランクで尚且つお強い方々のお仕事なので、わたくしのようなか弱い放置嫁には無縁なもの。

 か弱いわたくしは、安全な場所で薬草採取のお仕事を中心にやってみたいと思っていますわ。

 ええ、お草を摘むお仕事は一度やってみたいと思っていましたの。お草、大好きですし。


 王太子妃教育や学生時代の授業で武術は多少学んでおりますが、学んでいるのと実際にそれを行使するのとは違いますからね。

 しかし身の安全を考えると、冒険者ギルドの戦闘講習も早めに受けておくべきですわね。


 冒険者ギルドでは定期的に講習会が開催されており、お手頃価格で誰でも参加することができ、初歩的なことば中心だが幅広く知識が技術を身に付けることも可能だ。


 ええ、知識や技術はあっても邪魔にはなりませんから。


 もしかするといつかそのうちまた今後役に立つかもしれませんので。

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