第14話◆わたくしとお散歩

「退屈ですわね」

 朝食を終え、その片付けと日々使う部屋の清掃や汚れたものの洗濯を終えやることがなくなってしまい、無意識にポロリと言葉が漏れた。


 眼鏡君を”わたくし”に引き会わせてから半月が過ぎて季節は初夏の気配が強くなり始め、綺麗になった庭では時々手入れにやってくる庭師の下たくさんのおハーブがスクスクと育っていた。


 あれから眼鏡君はわたくしに会わせろしつこく言ってくることもなくなり、わたくしへの用件は書面に纏めて持ってくるようになった。

 その書類が無駄によく纏まっていて、あのヘラヘラ眼鏡が意外に仕事のできそうな雰囲気を垣間見ることができ何となくイラッとくるので、毎回面倒くさい注文を書いて叩き返しておりますわ。


 ええ、遠くの国の珍しい植物を庭に植えたいとか、遠くの国の食材やお茶が欲しいとか、庭で育てているハーブを加工するための機材が欲しいとか……放置嫁ですが一応公爵家の長男夫人ですし、使用人がいない分浮いた経費を別のところに使っても問題ないでしょ。


 その眼鏡君、別邸に姿を見せるようになってから何かしらの用件で毎日別邸にやって来ていて微妙に鬱陶しかったのだが、昨日から休暇でしばらくシャングリエ公爵邸を離れるらしく一昨日を最後に姿を見せていない。


 眼鏡君はアグリオスが別邸に寄こしているわたくしの監視役のだと思われ、彼が別邸にやって来る時間は昼間に限られてはいるがとくに決まっておらず、抜き打ち的な状態だった。

 なので彼に毎日来られるとわたくしは気を抜くことができず、非常に面倒い状態であった。


 ただ彼が別邸に来ている間、庭が整って以降は数日に一回くらいやってくる庭師、それから時間交代で正門を見張っているやる気のなさそうな騎士以外は別邸を訪れるものはおらず相変わらずほぼ放置されている状態。

 つまりわたくしの快適放置嫁生活の邪魔になっているのは眼鏡君だけ。


 その眼鏡君がしばらく休暇で別邸に来ないとなると、ほぼ放置が完全放置の状態になり眼鏡君の襲来を気にすることなく好き勝手できますわ~~~~!!





 ――と、思ったのが。


「やることがありませんわ」


 朝食の片付けと、掃除洗濯が終わるとやることが思い付かず暇になってしまった。

 手作業でやると時間がかかることも、魔法でパァンとやってしまうとすぐ終わるのですよね。


 最初のうちは別邸があまりに汚くて、浄化魔法をかけてまわるだけで魔力を消耗していましたが、一度全て綺麗になって停滞魔法をかけてしまえば後はもう汚れた箇所に指パッチンで浄化魔法をかけるだけで終わり。

 洗濯も布を傷めない程度の威力で浄化魔法をかけるだけですし、どちらも魔力の消費はそこまで多くなく、魔法を使ってパパッと掃除洗濯を終わらせてもわたくしはまだまだ元気が有り余っていた。


 眼鏡君不在一日目の昨日は、庭を弄ったり部屋でゴロゴロダラダラしたりで放置嫁生活を満喫。

 眼鏡君の代わりに別の見張り役が誰か来るかと念のため警戒はしておりました、来たのは納品業者と庭師と正門の騎士だけ。

 これは眼鏡君が休みの間は真の放置嫁生活になるかもしれない。


 そして二日目の今日もダラダラゴロゴロ……は一日で飽きましたし、庭は庭師が綺麗にしてくれているし、自分でも昨日弄って今のところ弄るところはあまりありませんし――やることが思い付きませんわ。 


 ランチタイムまでにもまだまだある時間。

 今日まだ始まったばかりで、このまま何もせず過ごすのは時間がもったいないと思えてしまうのは、かつてわたくしが王太子妃教育の忙しさで自分の時間を持つことがほとんどなかったからか。

 いざ、何をしてもいい時間が続くと何をしていいかわかりませんわ!!


 今日は納品業者も庭師も来る予定はありませんし、いるのは正門のやる気のなさそうな見張りの騎士だけ。

 裏門は施錠がしてあるだけで見張りはいないのですよね。


 誰も来ない正門より、業者の出入りのある裏門の方に見張りを置くべきでは?

 これでは門を開ける手段さえあれば人知れず出入りができてしまいますわ。

 人知れず出入りが……。


 ……。


 …………。


 ……………………。


 使用人がちょっと職場の近くを出歩くくらい自然なことですわよね!?

 そう、ちょっと出歩くくらい!!

 ええ、動きやすさと着心地の良さでもうずっとメイド服で過ごしていますし、どっからどう見ても普通の使用人ですわぁ~!

 使用人がちょっと散歩をするくらい普通のことですわ~!!


 正面玄関は相変わらずしっかり封印していますし、勝手口だけ鍵をかけてちょっとお散歩にいってきますかね。

 念のために、わたくしの部屋はしっかり封印をしてついでに無理に開けようとすると雷属性のスタン攻撃が発動する付与をしておきましょう。


 というわけで、放置嫁生活初めての別邸の外へお出かけですわ~。






 別邸の裏門は業者の台車が通るための大きな門とその横に人用の小さな扉があり、大きな門は内側から開けないと開かない仕組みになっているが、小さな門の方は鍵さえあれば内側でも外側でも開くようになっている。


 ま、鍵がどこにあるか知らないので、元の鍵はすでに破壊済みでわたくしが新たに施した付与による魔法キーに切り替えられているのですけれどね。

 だって、出て行った使用人が勝手に戻ってきて屋敷の中に入り込んだら嫌じゃないですか。



 裏門から出ると目の前には、荷馬車が通れる程度の幅しかなく整備もされていないデコボコの道。

 シャングリエ公爵邸の広大な敷地の隅っこにある別邸はその道の終着点のようで、大きな道へと続いている方向とは逆側には疎らに背の高いが植えられており、小規模な森のようになっている。


 その小規模な森は敷地の端っこでこまめに手入れがされていないようで、背の高い木の枝も木の周りの雑草や低木も伸び放題でかなり荒れた状態。

 そしてその森の先にはシャングリエ公爵邸の敷地と、敷地外を隔てる石造りの壁が見えた。


 別邸に来てからその外へ出るのは初めてで、別邸までも馬車に乗せられてきたため周囲のことは別邸から見える光景しか知らない。

 この道に沿って進むと大きな道に出て、そこからシャングリエ公爵邸敷地内の各施設や敷地外に出る門、そして本邸へ行くことができるだろう。


 だが大きな道はは敷地の端っことはいえ、警備の騎士の巡回頻度はそこそこ高く、明るいうちは疎らではあるが人が移動しているのも目につく。

 とくにわたくしが住んでいる別邸の近くにある公爵夫人の温室には、頻繁に人が出入りしているようで、庭師らしき者や植物の販売業者らしき者の荷馬車が行き来しているのを別邸から何度も目にしていた。


 公爵夫人の温室には近寄らないように言われていますし、近寄ってわたくしの正体がバレるようなことがあれば面倒くさいですし、あちらには行かないとして、業者用の門から公爵邸の外に出られないものかしら……別邸に使用人が来ないのをいいことに適当に使用人のふりをしているだけで、使用人としての身分証などもありませんし、門を使用するには身分証の提示は必須でしょうから間違いなく無理ですわね。


 というか身分証がないから、警備の騎士に身分証の提示を求められたらめちゃくちゃ面倒なことになりそうですわね。


 今後のことを考えて別邸の周りの道を多少把握しておきたいと思っていたのですが、人に会うのも面倒くさいですし人通りの多い方面は人が少なくなる夜にでも行くことにして今日のところは――道が途切れている先の小さな森の方へ行ってみましょう。


 ええ、色々な植物が生えていそうですし、木が茂りまくっているので行くなら明るいうちでなければ視界が悪くなりそうですし。


 べ、別に荒れ放題の森に初夏の山菜の気配を感じたわけではないですわ~。

 ああ~、あんなところにゼンマイとワラビが~~~~!!


 というわけで、別邸のお隣の森へ突撃ですわ~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る