第13話◆わたくしとわたくし

 ベッドに仕掛けられた弱い風を出す魔導具の影響で、ベッドを覆うカーテンがユラユラと揺れ、布が擦れるシュルシュルという音が部屋に響く。

 その揺れるカーテンに映る偽物のわたくしの陰がカーテンと共にユラユラと揺れ、姿は見えずとも見事なまでにそこに人の存在を錯覚させていた。


 音声に返答する魔導具には、あらかじめ質問されそうなワードとそれに対する返答を登録していた。

 そのおかげで眼鏡君の質問に、カーテンの向こうからサクサクと言葉が返ってきた。


 しかしやはり複雑な受け答えは無理なのでそこは、わたくしがそれとなくフォローをして誤魔化していた。



「使用人が非常に少ないようですが、不便なことはおありではありませんか?」


「いや、十分です。現状のままで問題ございませんわ」


「アグリオス様にご伝言はありますか?」


「いえ、全く全然さっぱりございませんわ」


「こちらでの生活で足りていないものやご希望のものはございますか?」


「現在、手配して頂いているもので十分ですわ」


「昨日の夕食は何でしたか?」


「え? そうですわね……少し考えさせて下さいませ」


「ほほほほ……マルグリット様、昨日の夕食のメニューをお忘れですか? 昨日の夕食はシーサーペントのムニエルにゴーゴンのモモ肉のステーキ、コカトリスの卵の卵スープ、季節の野菜のサラダ、デザートは杏仁豆腐でしたわ。ええ、マルグリット様は杏仁豆腐が好物なので、杏の実の粉とクコの実を切らさないようにお願い致したいですわ。できればミカンやモモもお願い致します」


 魔導具には無理な質問のフォローも完璧ですわー。


「えー……それで来月からの別邸の維持費を含めたマルグリット様に当てられる予算なのですが、当初の予定より使用人の人数が少ないようですのでその分の人件費を――」


 いきなり込み入った話を始めるのやめろ下さいませ。


「え? そうですわね……少し考えさせて下さいませ」


 魔導具ーーーー!! そのセリフはつい先ほど使ったばっかりで怪しまれますわーーーー!!


 予想外の質問に対しての受け答えは、数種類用意してランダムに使用するように設定していたはずなのに、どうしてよりによって連続で同じセリフがーーーー!!

 これが乱数というやつですかーー!?

 次からは連続で同じセリフが出ないように設定を加えますわーー!!

 学園の魔導具工学の教授が魔導具作りはトライアンドエラーの繰り返しだと言っていたことをこの身で理解致しましたわーー!!


「マルグリット様、そろそろお疲れでは?」

 しかし、こんなこともあろうかと会話を終了させる応答も仕込んでございますわ。

「ええ、そろそろ疲れましたので今日はこの辺りにして頂きたく。続きはまた日を改めてお願い致します」

 キーになる言葉を口にすると、カーテンの向こうの魔導具がわたくしの声で定められた言葉を返してくる。


「え? あ、そうですか。では次回にでも」

 話をぶった切られて残念そうなニコニコになる眼鏡君。

 ええ、できれば次回は当分先にして頂きたいですわ。

「その件は書面に纏めてお持ち頂いて、そちらにマルグリット様が目を通す形でよろしいのでは? いかがでしょうか、マルグリット様」

「ええ、そうですわね。そのようにお願い致します」


 これも魔導具に記録している定型の応答。

 それに書面でのやり取りなら魔導具のポロリに怯えることもなく、筆跡もわたくし自身のものでわたくしの存在を大いにアピールできますからね。

 というわけで、わたくしとの面会はこれにて終了ですわ!!


 眼鏡君はそんな残念そうな顔をしてもダメ! 終わりは終わりですわ!

 わたくしはもうお疲れになっているのです! 女性の寝室にしつこく居座るのは紳士のなされることではありませんわ!

 それにわたくしはクソ夫やシャングリエ公爵家の使用人の態度で心に深い傷を負ってしまっているのです~。

 ですから面会はここまで! 次回も未定! 以後、書面でお願い致します!!



 少々強引ですが、魔導具がボロを出す前に強引に打ち切ってわたくしと眼鏡君との面会は終了! 眼鏡君を急かしまくって部屋から撤退!

 なんとか無事乗り切ったのでこれでしばらく安泰ですわ~!




 そしてわたくしに会うという目的を遂げた眼鏡君を厨房にある勝手口から見送る時――。


「いやー、マルグリット様と話せてよかったです。色々お辛い状況でしょうが少しでも改善できるように働きかけていきますのでご安心下さい、そしてお大事にとお伝え下さい」

 いつもの胡散臭いニコニコ顔でペコリと頭を下げる眼鏡君。

 相変わらずニコニコというかヘラヘラという表情に飄々とした口調で、その真の感情は分かりづらい。

 ぶっちゃけなんとも言えないやりにくさがある。

 あと、全く辛くないので余計なことはしなくていいです。


「はい、そのようにお伝え致しておきます。それでは、クロードさんもお気を付けて」

 わたくしも心の中で渦巻いていることは顔に出さす、作り慣れた社交辞令笑顔で勝手口から出て振り返った眼鏡君を見送る。


 気付けば日は西の山に近付き、日差しに赤みが強くなる時間。

 ここ数日、眼鏡君が毎日くるせいで無駄に気が張って疲れてしまう。

 今日はこの後、豪勢な料理を作ってお一人様ディナーを楽しむことにしましょう。

 などと社交辞令笑顔の下で考える。


「では僕はこれで――あ、そうそうマルガリータさんとマグリット様、名前が似ているだけではなく、声まで似ているですねぇ。いやー、びっくりしまたよ! じゃ、そういうことで!!」


「おふぁっ!?」


 突然の発言に変な声が出てしまった。


「そそそそそそそそれは、ぐぐぐぐぐ偶然ですわ~~~~!! そ、そう! 名前も声も似ているということで会話が弾んで、マルグリット様にちょっぴり目をかけてもらえて、わたくしもマルグリット様に快く仕えているのですわ~~~~!! そこのとこ誤解しないで下さいまし~~~~!!」


 言うだけ言って早足というか、走り出した眼鏡君を慌てて追いかけながら聞き逃されないように大きな声で弁明する。


「なるほど~、そういうことでしたか~、なるほど~! では、また明日~~!!」


 キーーーーッ!

 もやしのようなヒョロヒョロ眼鏡の分際で無駄に足が速いですわ~~~!! 

 その人を小馬鹿にしたようなヘラヘラニコニコ笑顔がムカつきますわ~~~~!!


 ていうか、やっぱり明日も来るんかい!!

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