第12話◆わたくしとマルグリット様

 わたくしに会わせろとしつこいですし、確かに使用人が屋敷の主人を隠し続けると怪しまれそうなので、そろそろ何とかしておかなければいけないと思い眼鏡君対策はすでにしてありますの。

 今までのらりくらりと躱してきたので、少しもったいぶりながらマルグリット様と会わせて差し上げますわ!



「そうですわねぇ、ではマルグリット様に確認して参りますので少々お待ちくださいませ」

 ティータイムで一息ついたところで、そう切り出し席を立った。

「え? マジですか?」

 いつもニコニコというかヘラヘラしているような印象の原因である、眼鏡の奥の細い目がピクリと動いた。

 自分から毎日しつこく食い下がっていたのですから、そこは驚くところではないでしょう。

「ほほほ、ではそこで大人しく待っておいてくださいませ。マルグリット様は非常に気難しいお方ですので、勝手なことをなさいますとお会いにならないどころか別邸に出禁されるかもしれませんわよ」


 ぶっちゃけ、面倒くさい眼鏡すぎて出禁にしてしまいたいけれど、わたくしにそういった権限はないので来るなとしか言えないのですよね。

 この眼鏡もそれくらいわかっているはずなので、わたくしが出禁と言ったところでここにやってくるでしょうし。

 おそらくこの眼鏡君は、別邸担当という名のわたくしの監視役なのでしょう。 


 他の使用人よりはマシな態度ですし、何よりヘラヘラとしているわりにはしつこいし譲らないし毎日くるしで、こうしてお茶をしながら話すようにはなっていますが、決して油断をしてはならない相手だと認識している。



 貴族とは常にその場にあった表情を作り、腹の中は見せない生きもの。

 中にはアグリオスを始めとした王太子一派のような、感情をそのまま顔に出してしまいがちな方々もいらっしゃいますが、場の空気を読み表情を保ち本心そして本性を見抜かれないように振る舞うのは貴族の嗜み。

 男受けをするそそるぶりっ子系おもしれー女キャラを演じ続けているうちの妹は、その点に関しては非常に優秀である。


 腹の底を見せないための表情作りは人それぞれ。

 その場に合わせた差し障りのない表情――わたくしはこれで元婚約者の王太子におもしろみがないとよく言われていましたわね。


 人によっては無表情だったり、むっつりと不機嫌そうな顔だったり、妹のようなぶりっ子だったり。

 ここら己のイメージ作りも兼ねられますが、敵も作りやすいという欠点もある。


 そして眼鏡君のようなニコニコタイプ。

 確かに人当たりが良さそうに見えるのですが、とにかく舐められやすくマウント気質の者に絡まれやすい。

 気弱さ故に差し障りのないニコニコ笑顔をしている方から、腹黒さを隠している方まで。


 個人的にはこのニコニコとして一見人当たりの良いタイプは、男女問わず油断してはならないタイプだと思っている。

 そう……ニコニコヘラヘラしながら毎日別邸に姿を見せ、厨房に入り込みわたくしのティータイムに便乗する厚かましさと、あしらっても要求を通すために食い下がり続けるしつこさ――この眼鏡、決して侮ってはいけない相手だと、わたくしの本能がいっている。


 故にのらりくらりと躱し続けるのも危険と判断し、眼鏡君にわたくしに引き合わせる決断をして、数日をかけてその準備をしておいた。


 わたくしの部屋は入ってすぐが応接室になっており、その奥に小規模な書斎、更にその奥が寝室になっており、寝室からはわたくし専用の浴室とトイレへとつながっている。


 そして寝室には天蓋付きの大きなベッドがある。

 このベッドを囲むカーテンに、ベッドの上にわたくしが座っているような陰が浮かび上がる幻影魔法を付与しておいた。

 ついでに人がいるように装うために、不規則にフワッと風が出る魔導具をシーツの中に隠しておいて布の擦れる音がする細工もした。


 更に、この数日の間に大急ぎで作った呼びかけに応える魔導具もある。

 学園時代、ゴーレム学を専攻していたのがこんなところで役に立つとは、やはり知識や技術はあって困らないものですわね。


 と言っても学生が習うような簡単な技術で作ることができるようなものなので、呼びかけに対して登録しておいた音声で反応するだけの魔導具である。

 話しかけられた言葉に応じた返答をする仕組みではるが、所詮学生が習う程度の知識と技術であまり複雑な応答はできない。

 それでもわたくしがそこにいることをアピールするには十分なはずですわ。



 眼鏡君を厨房に残し、一度自室へと戻りいかにも確認をとっているように時間を潰した後はいよいよ眼鏡君を部屋に案内する時。


 いざ、勝負ですわ! 眼鏡君!


 眼鏡君にはマグリット様は気分がすぐれず寝室で休まれていると伝えてある。

 なので部屋のドアをノックして返事がなくともそのまま部屋に入り、応接間、書斎を抜け寝室の前へ。

 ここで再びドアをノックすると――。


「入りなさい」


 部屋の奥からわたくしの声が聞こえてきた。

 これでも魔導具の仕掛け。

 ノックの音に反応して「入りなさい」と応えるように登録してあるのだ。


 寝室から聞こえた声に、わたくしの斜め後ろで眼鏡君が姿勢を正すような気配がした。


「お休みのところ失礼いたします、本邸から来られた例の方をお連れしました」


 背後の眼鏡君の気配から注意を逸らすことなく寝室のドアを開けると、春用のやや厚みのあるカーテンが降ろされた天蓋付きのベッド。

 その向こうにあるレースのカーテンが揺れる窓から差し込む日差しがベッドを照らし、その光でベッドのカーテンに人影が浮かび合っている。

 ように見える幻影。


 そして仕掛けた魔導具によって、ベッドの上に人がいるかのようにシュルッという布擦れの音が部屋に響く。


「そう、わたくし気分がすぐれませんの。ご用件は手短にお願いいたしますわ」


 わたくしがいるように装っているが、誰もいないベッドの上から返ってくるわたくしの声。

 これもわたくしの言葉に反応して応えるように、あらかじめ登録しておいたものである。

 自作自演のようで恥ずかしいですが、ここまで仕掛けは完璧ですわ。


「そういうことですので、手短にお願いいたしますわ」

 眼鏡君の方を振り返ると、細い目がちょっぴり開いてちょっぴりアホ面になっていた。

 この方、目を細めている方が整ったお顔ですわね。

「え? あ、はい、えー……」

 あらあら、自分が会わせろと言ったのに何をそんなに困惑して眼鏡をチャキチャキなされているのでしょうか?

 わたくしにお話があるのなら速やかにお願いいたしますわ。


 長引くと雑な仕掛けのボロが出るかもしれないので。

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