第11話◆わたくしとおハーブ

 眼鏡君が庭師を連れてきたため、別邸の庭は日に日に綺麗になり、生え散らかしていた草の代わりには花……というかおハーブが綺麗に植えられていた。

 ええ、どうせ植えるなら見て楽しむ以外にも用途のあるものが良いと、マルグリット様からの伝言ですとお伝えしてお庭をおハーブだらけにしてもらいましたわ。


 見た目も良いですけれどお茶にしてもよいバラ、紫の花を楽しむ他にやはりお茶にしてもよいラベンダーには虫除け効果もあって優秀。

 花は地味ですが料理にも使えるオレガノやローズマリーやタイム。

 この辺りは油断するとどんどん大きくなったり広がったりするので気を付けなければいけないやつですわね。


 ええ……学生の頃に学園の園芸部で苗を分けてもらって、庭の片隅に植えて育てていましたが、オレガノやローズマリーは油断したらすぐに巨大化するわ、タイムは小さくて可愛いと思っていたらいつの間にか地面の覆うように広がっているわ……植物の生命力の強さを体で覚えることができましたわ。

 そういえば、シャングリエ家に嫁ぐ時にそれはそのまま庭の片隅に放置してきたけれど大丈夫かしら?

 ま、庭師が気付いてなんとかするでしょ。

 

 増えまくって広がってしまうといえば、おミント。

 油断するとすぐ広がってしまうおミントですが、こちらもお茶にしたりスイーツに添えたり、更に虫除け効果もあったりで優秀な植物。

 ええ、油断すると広がりまくること以外は。


 こちらも庭に植えて欲しいとリクエストしたのですが、直植えは根が広がりすぎないように地面に板を刺して花壇を仕切っても、それをぶち破って広がることもあるのでと庭師さんのアドバイスに従いプランターで育てることになりましたわ。


 なるほどプランター。

 実家では地面に直接植えて大増殖したのですよね。

 しかも始めて植えた年の冬に葉が全て落ちて茶色い茎だけが残り、寒さで枯れてしまったと思い冬が終わって新たなミントの苗を植えたら……ええ、五月くらいに爆発しましたわ~~~~!!

 まさに植物の生命力の脅威! 生命の神秘!!

 その後、広がりまくって手が付けられなくてこれ以上広がらないようにと、敷居の板を入れても無駄無駄の無駄状態で、仕方ないので時々適当に刈り取りながら誤魔化していましたわ。

 あれも実家にそのままにして嫁ぎましたけれど……ま、実家の庭師がなんとかするでしょう。


 実家では義母の影響で使用人の手を借りづらかったこともあって、素人のわたくしが適当に植えたおハーブが庭の片隅で爆発しておりましたが、この別邸の庭はプロに庭師が見栄え良くそして爆発対策をしながら植えてくれましたわ。

 もちろんおハーブ爆発対策も教えてもらいましたので、今度こそおハーブを爆発させず育ててみせますわ!

 ええ、庭師がこまめに手入れをしてくれるとのことなので、わたくしが何かしなくても大丈夫そうですけれど。


 他にもバジルやカモミール、レモンバーム、セージ、パセリ、ルッコラ、コリアンダーなどなども植えていただいて、あの荒れ放題だったお庭が立派なハーブ園……いえ、ミニ庭園風になりましたわ!

 それからわたくしが好きに植えていい花壇まで作ってくださいまいして、好きなものを植えたら時々手入れをしてくれるとのことで庭師様は神様ですわ!

 ええ、よぉく考えて植えるものをリクエストしますわっ!


 庭が綺麗になればボサボサだった庭木も何が何の木だか分かりやすくなり、庭には月桂樹や金木犀やウメの木があることに気付きましたわ。

 これらも料理に使えるのでわたくしの大好きな植物ですわ。


 庭の手入れが始まったその日の夕方には、別邸の正門には警備の騎士が戻ってきた。

 使用人の方はわたくしが少数精鋭でいいと言ったので増やされることはなく、出ていった使用人も戻ってくることはなく、わたくしにとって平和な日々が始まっていた。






「ところで、そろそろマルグリット様とお会いできませんかねぇ? お部屋で塞ぎ込んでばかりだと体にもよくありませんでし、綺麗になったお庭でお散歩でもされてはいかがかと? そのついでにちょぉ~っと僕もマルグリット様とお話したいなぁ~なんて思ってるのですがどうでしょうか、マルガリータさん」


「そうですわねぇ、マルグリット様はこちらに来られてからのアグリオス様や使用人の態度に大変ショックを受けられておりまして、相変わらず人にはあまり会いたくないとおっしゃれてましたわ。ええ、お庭が綺麗になってからは朝早くに散歩をされている時もありますね。おほほほほほほほ……ところで、クロードさんはこんなところで油を売っていてよろしいのですか?」


「ははは、僕の仕事には別邸の偵察……様子見も含まれているのでこれも仕事のうちです。そう、つまりマルグリット様の近況を知るのも僕の仕事なのですよ。ですので、何卒! マルグリット様とお取り次ぎお願いしたいのですが」


 ほぼほぼ平和な日々なのだが、唯一面倒くさいのがこの男。

 眼鏡君こと、クロード・レックである。


 庭の整備は庭師の指示の下、わたくしが魔法を使ってお手伝いして予定よりも早い三日ほどで終了したのですが、それが終わった後も眼鏡君が毎日わたくしに――正しくはマルグリットであるわたくしに会わせろとやって来る。


 そして今日も昼過ぎにやってきて、お茶とお菓子のおこぼれをたかったあげくにこれですわ。

 無駄に仕事熱心なうえに、午後のティータイムの時間に狙ったかのようにやってきて面倒くさいですわ。


 クロード・レッグ、二十二才。

 アグリオスがシャングリエ公爵領に戻ってきたタイミングでアグリオスの側近になった男。

 一年程前からシャングリエ公爵邸に仕え始め、他人が嫌がる面倒くさい仕事も文句も言わず引き受けやりとげる仕事っぷりを認められ、たった一年でアグリオスの側近に採用されたらしい。

 これは本人の口からではなく、庭師や門番の騎士から聞いた話なので間違いない。


 他人が嫌がる面倒くさい仕事も文句を言わず引き受けるところが評価されているからこそ、彼が別邸の担当になったのだろう。


 それにしてレック……レック……何となく記憶にあると思ったら、シャングリエ家ではない別の公爵家の寄子にそんな名前の男爵家があったようななかったような。

 しかしそこは息子夫婦を無くし跡取りがいない老夫婦で、その代で家を畳みその領地や領民は寄親である公爵家に併合されると聞いていた。


 王太子妃教育の一環で国の貴族はほぼほぼ記憶しているので、レックという家門にはもうその老夫婦しか残っていないのは間違いないはずだ。

 わたくしがあんぽんたん王太子の婚約者を辞めてから養子でも取ったのだろうか?

 いや、一年前からシャングリエ公爵邸に仕えているなら、その頃はまだあのあんぽんたんの婚約者でしたし……それよしなにより、寄親の公爵家ではなくなぜシャングリエ公爵家に――。


 となんかモヤッと気になったので本人に気になる部分は伏せて、レックとはあのレック家かとだけ聞いてみたら、驚いて目を泳がせながらもそれを認めた。

 曰く、レック男爵の弟の孫で、お爺さまがレック家を出られて平民になれていたため、そこから先は貴族名簿には載っていないとかなんとか。

 レック男爵の息子夫婦が事故でなくなれてしばらくした後、レック家に養子として入ることになったが、その時にはすでに領地は公爵家に併合される計画が進んでおり、揉めるのも面倒くさいのでレック家を離れ高位の貴族家の使用人として点々として現在はシャングリエ公爵家に身を置いているそうだ。 


 階級の低い貴族の場合、跡取り以外は継承する爵位がないため、後継者以外は家を出て平民になる、もしくは実家に関連する稼業に就くというのは珍しくない。

 そう、貴族の家に生まれたとしても爵位を継げなければ平民になるしかないのだ。


 上級の貴族や金のある貴族の場合、複数の爵位を持っていて跡取り以外にも渡せる爵位があるとか、優秀な者なら跡取りではなくても国から爵位を賜ることもあるとか、莫大な金を積んで爵位を買うとかなど貴族であり続ける方法はあるが、爵位が低く金もない家門だと跡取り以外は平民になるのが一般的だ。

 しかし跡取りに恵まれなかったり跡取りを何らかの理由で失ったりした場合、平民になった者やその血に連なる者を呼び戻し後継者にすることも珍しくない。


 クロードの場合もそのパターンのようで、領地は公爵家に併合されるがそれ以外の財産と家名は引き継ぐことになっているとか。


 ふーん……確かに低級貴族あるある話ですわねぇ。


 まぁ、わたくしには関係ないお話ですから、深く追求するのはやめましょう。

 わたくしに会わせろとしつこい以外は無害な方ですし。



 で、その件はどうしましょうか。


 そろそろ誤魔化すのも難しそうですわねぇ。

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