第10話◆わたくしと庭
わたくしが暮らす国はエレジーア王国といい、大きな大陸の南西よりに位置し大陸内では比較的力のある国である。
東隣にはペルマネンテ帝国という、大陸最大の勢力を持つ大国がある。
また西隣にはエレジーア王国と同等程度国力を持つプエブロ王国がある。
わたくしが結婚前に暮らしていた王都サンドリヨンはエレジーア王国の中南部に位置し、シャングリエ公爵領は北東部になる。
距離としては馬車でのんびりと移動すれば一週間程度かかる距離だろうか。
シャングリエ公爵領はエレジーア王国きっての穀倉地帯や良質の魔石や鉱石が多く出土する鉱山や資源豊かな森林地帯を有しており税収は多く、地方でありながら豊かで栄えた領地である。
栄えてはいるが、領都の中心部から離れれば自然が多くほどよく田舎ののどかな雰囲気があり、自然が好きなわたくし的に非常に好みの環境である。
シャングリエ公爵邸の敷地は非常に広く、本邸は屋敷というより城というような規模で、敷地内には本邸や庭園の他に領地運営のための様々な施設や、住み込みで働く者達とその家族のための居住区もあり、別邸もあちこちに建てられており小さな町のような雰囲気になっている。
わたくしが押し込められた別邸は多くある別邸の中でも特に本邸から遠くしかも古いもので、わたくしの部屋の窓からは公爵邸の敷地とその外を仕切っている高くて頑丈双な石造りの塀が見える。
放置されていて暇なので抜け出して町の方を見てみたいとも思ったが、さすがにあの高さの塀を乗り越えるのは厳しそうだ。
広い公爵家の敷地の中で塀が見えるほどの隅っこというだけあって、別邸から見える範囲のには古い建物が多く整備がいき届いていない感が強い。
その中に古い様式だが大きな温室があり、そこだけは丁寧に手入れをされているようで、庭師らしき者がそちらに向かっているのを別邸の窓から見たことある。
その温室は夫の母君――つまり公爵夫人が管理する温室で、現在公爵夫妻は王都住みで領地には滅多に戻ってきていないが、いつ戻ってきてもいいように庭師が常に手入れをしているらしい。
温室はわたくしの住む別邸から遠くない場所にあるが、公爵夫人のものであるため決して立ち入らないようにと、わたくしがこの別邸に連れたこられた日にいた執事にしつこく言われた。
花や薬草は嫌いではないので温室が見えた時は一瞬興味が湧いたが、人の出入りも頻繁にありそうで近付くと面倒くさい使用人に絡まれそうなので、この先あの温室には近寄ることはないだろう。
それにわざわざそこまでいかなくても、別邸にもしばらく暇潰しができそうなくらいの庭があるのだから。
午前中に強引に手入れをしようとして少々やらかしてしまいましたが、別邸の建物と門の間には小規模であるが庭があり、別邸の周囲は低木による植え込みと金属の柵に囲まれている。
表側と裏側に門があるが現在は見張りの者などの姿はなく、別邸敷地前の道を時折警備の騎士が巡回しているようだがその頻度はお察し。
女性一人で住む場所の安全性としてどうかとは思うのだが、まぁあの男にとってわたくしはその程度のものなのでしょうと、もはや怒る気にもなれないというか怒る気力の無駄としか思えないほど。
どうせ使用人も警備騎士もいないならこっそり別邸を抜け出して、周囲を探検……いえ、散策してみるのも悪くないと思っていたのが、無駄に仕事熱心な眼鏡君の登場により警備の騎士が再び配置されてしまうとそれも難しそうだ。
そうですわ、今日のように使用人のふりをすればこっそり抜け出せるかもしれませんわね。
ふふふ、隙を見てチャレンジしてみましょうかね。
しかし今日のところは眼鏡君と庭師がいますし大人しくしておきますわ。
せっかくお庭を綺麗にしてもらえるみたいですし、お庭弄りをするのも悪くありませんからね。
「あら、シャングリエ公爵領はまだまだ冷たい空気風の吹く季節のようですし、ヨモギの葉も柔らかいものがたくさん残ってますねぇ。あと半月もしたら固くなって食用より薬用向きになりそうですが。どうせ刈り取って捨ててしまうなら頂いてもよろしいかしら?」
「では纏めて刈り取る前に好きなだけ持っていきなされ。柔らかい葉の多い時期じゃが、去年から冬を越した葉は固いから、柔らかいものだけ選んで摘むと質の良いものが揃うぞ。じゃあわしはあっちを先にやるか」
庭にボーボーと生える草を刈り取る庭師の横で、ヨモギが群生しているのを見つけその前にしゃがみ込むわたくし。
ヨモギは実家にいた頃によく食べていた想い出の草なのでつい。
五月の終わりが近付き、だんだんと気温の上がるこの時期。
王国中南部に位置する王都では汗ばむ日も多くなる時期だが、王国北東部にあるここシャングリエ公爵領はまだまだ春の爽やかさが続いており、生えている植物達もまだ春の様相を残している。
わたくしの目の前で地面を這うように繁っているヨモギもそう。
新芽が出てきたばかりの春の葉は料理向き、成長して硬くなり始める初夏の葉はお茶や薬向き。
その辺に勝手に生え散らかっている植物ですが、食べてよし、飲んでよし、ポーションにしてよしの万能植物である。
午後のティータイムを済ませたわたくしはお庭の手入れを近くで見物しつつ、食べられそうな……いえ、何かと使えそうな植物を引き取っていた。
「いやいやいやいや、それ草ですよね!? めちゃくちゃ草に見えますけど、しかもすっごくたくさん。それを刈り取ってどうするんですか!?」
「どうするって、胡麻和えに今日の夕食ですわ。カリッとサクッと揚げてもいいですわね。余ったものは団子やパウンドケーキにしてもいいし、更に余ってもんは乾燥させてお茶やお灸に使ってもいいですわね。それに毒消しポーションの材料になりますし、捨てるのはもったいないですわ」
「いやいやいやいや、食べちゃうの!? めっちゃ草にしか見えないけど食べちゃうんですか!? 夕食ってマルグリット様の夕食じゃないですよね!?」
「あら? 草差別はよろしくないですし、マルグリット様も草はお嫌いではない……かもしれませんわ」
「いやいやいやいやいやいや、仮にも公爵家に嫁いで来られた方ですからね!? 草を料理に使わなくても食材や日用品は生活に困らないように十分手配されていると思うですが? は……まさか馬鹿な使用人が、別邸用の物資をパクったりして足りないとかってなってます!? 職場を放棄するような奴らならやりかねませんよね!? まさかそれで草を!? 使用人として以前に人としての問題ですし、そんな使用人がいるなら別邸だけではなく使用人全体の問題になるので調査が必要かもしれませんね……あっ、それって僕の仕事が増えちゃうやつ!?」
しゃがみ込んでヨモギを摘み始めたわたくしの横で、一人で騒いでいる眼鏡君。
ヨモギはただ美味しいので夕食やお菓子に、余ったら他にも色々と使い道がと思っただけですが、勝手に誤解をしてブツブツと独り言が始まりましたわ。
まぁあの態度の悪い使用人達なら何か悪さをしていてもおかしくないので、調べて罰せるのならお任せいたしますわ。
そちらでお忙しくなって別邸にくる暇がなくなってもよろしくてよ~。
この日、わたくしは庭の手入れを見学しつつ庭に生えていた雑草……いえ、身近な薬草をたくさん手に入れた。
そして庭師が手入れに来るようになって庭は日々綺麗になっていった。
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