第6話◆わたくしを助けてくれるもの

 はぁ~、酷い目に遭いましたわ~。

 庭の手入れをする時は蜂の巣に気を付けなければいけませんわね。


 あれだけ庭が荒れていれば蜂の巣くらいあるとは何となくわかっていたのですが、まさかいきなりポトリと落ちてくるなんて……。

 魔法があれば何でも簡単にできてしまうというわけではないということを学びましたわ。

 ええ、庭師が魔法ばかりに頼らず手作業でも庭の手入れをしている理由がわかりましたわ。


 うっかりスズメバチの巣を落としてしまって、庭ではスズメバチがブンブンと飛んでいるので今日はもう庭のことは諦めて、屋内でできることをしましょう。

 切り落とした枝や、落ちたスズメバチの巣が地面に転がっていますが、スズメバチが落ち着いてからやればいいですわね。

 どうせこの別邸には今のところわたくししかいませんし、庭が散らかっていようと蜂の巣が転がっていようと、スズメバチが飛び交っていようと関係ありませんわ~。



 というわけで、ランチタイムまでは別邸内の環境を整えますことよ!!



 わたくしが結婚翌日に追いやられた敷地の隅っこの別邸は、本邸に比べればちっぽけなものだが、王都にある貴族のタウンハウス程度の規模はあり、わたくし一人で暮らすには十分すぎる……いや、広すぎものだった。


 とりあえず無駄に広くて、わたくし一人だと維持が大変な別邸。日々使用人が減り掃除が隅々まで行き届かなくなり、だんだんと汚れが気になり始めていたところで使用人ゼロになった。


 はー、さすがに使用人がいないと無駄に広い建物の掃除は困りますわねぇ…………なーんてことは全然なかった。




「はー、魔法でどうにでもなりますが、どうせ放置するならもっと小さな建物にしてほしかったわ」


 別邸内の掃除をだいたい終わらせ、手の甲で額の汗を拭う。

 使用人がいなくても生活には困らなそうなのだが、さすがにこの広い別邸の掃除は少々時間がかけった。


 庭で魔法を乱射した後だったこともあり、別邸内に片っ端から浄化魔法をかけて回ったら魔力をゴリッと消費して強い倦怠感がやってきた。

 浄化魔法だけならここまで魔力を消費しなかったのだが、使わない部屋にはしばらく掃除をさぼれるよう時間魔法までかけたから。


 わたくし一人では使う部屋は限られ、来客の予定もないので使わない部屋の方が多いこの別邸。

 自分の部屋と厨房とトイレと風呂さえあれば生活はできる、というかそれ以外があっても掃除する場所が増えるだけなので、それらの使わない部屋に”停滞”という魔法をかけて汚れの進行を遅らせ掃除の頻度を減らすことにした。


 停滞は対象の時間の進行を大幅に遅らせる時間魔法で主に保存や劣化防止に使われる魔法で、今回のように使わない場所にかけておくことでその箇所の汚れを抑えることができる。

 また少々繊細な技術が必要になるが、髪の毛や化粧の乱れの防止にも使える非常に便利な魔法なのだ。


 そんなあれば便利な停滞は時間魔法の中では初歩的な魔法なのだが、時間魔法自体が魔法の中では上級の魔法になるため、生活魔法の類いよりも知識と技術を必要とし魔力の消費も多いのが難点だ。


 時間魔法は、王立学園では魔法系学課の成績がそこそこ良ければ取得できる科目なので、使えれば便利な魔法の多く将来役に立つ可能性も高い初歩的な時間魔法を学園の授業で習得しておく者はそれなりにおり、わたくしもそういった流れで時間魔法を習得した者だ。



 浄化魔法で掃除をしつつ停滞魔法を一週間ほど保つように使わない部屋全てにかけて回ると、さすがに魔力消費による倦怠感に襲われので午前中の作業はここまでにして、昼ご飯を食べて自室で昼寝をすることにした。


 消費した魔力は食事や睡眠で急速に回復する。つまりしっかり食べて、しっかり寝る。

 体に付くお肉が気になるところですが、魔力が枯渇している状態なら少々食べてゴロゴロしたくらいでは、体に無駄にお肉が増えたりはしない……はず。

 だから魔法使いの方々には、よく食べるわりに細い方が多いのです。


 つまり魔力を使う――魔法を使うことはダイエットにもなるということですわ。

 しかも魔力は使えば使う魔力の総量は増え、枯渇するほど使えばその成長も大きい。


 今のわたくしが置かれている状況、そしてこのクソみたいな公爵家で快適に生きていくためには魔法の存在が間違いなくわたくしを助けてくれる。

 そのために魔力は多ければ多いにこしたことはない。


 こうやって身の回りのことを魔法を使ってこなしていく今の状況は、わたくしにとっては効率良く魔力を増やすのちょうど良く、その増えた魔力はわたくしを助けてくれるものになるに違いないのだ。


 本来なら公爵家の跡取りの嫁という立場ならば、将来的に夫を支え公爵家の運営に携わることになり、屋敷内での使用人の管理も役目の一つとなるため、公爵家に入ったばかりのこの時期はそれらについて学び、公爵家に携わる者達の把握し彼らとの関係作るために忙しくなる時期のはずなのだが、あの男から公爵夫人としての役目はしなくてもいいと初夜に言われて放置されているので特にやることもない。

 もちろんあれからあの男とも会っていない。


 やらなくていいと言われたし、無理に出しゃばってやるような状況でもないので、わたくしはこの状況を素直に受け入れ、ここに押し込まれてから自室に引き籠もり暇さえあれば適当に魔法を使って魔力を枯渇させ、ベッドでゴロゴロして魔力が回復すると魔法をまた使って魔力を枯渇させるということを繰り返し魔力をジワジワと増やしていた。

 だって他にやることもなかったし、最初の頃は使用人がウロウロしていて出歩くのも邪魔をしてきていたから部屋に篭もるしかなかったから。


 おかげ様でここにきて元から多かったわたくしの魔力は僅かずつながらだが、日々増え続けていた。

 魔力なんていくら増やしても場所を取るものでもないし、少ないより多い方がいいものなので増やしておくのは悪いことではないのだ。


 そして今日からは使用人がいなくなりやりたい放題。

 庭弄りに掃除にと魔法を使って魔力を枯渇させたので、お昼ご飯を食べてゴロゴロとすれば目覚めた時には、多分おそらくきっとすっきりと疲れが取れていて魔力が少し増えた感覚と共に再び空腹を覚えるはず。

 その時はゆっくりと午後のティータイムにしましょう。

 ティータイムに合わせて簡単なお菓子を焼いてみるのもいいですわね。


 学園の部活で料理研究部に入っていたおかげで簡単な焼き菓子くらいは作れるし、お茶を淹れるのは令嬢の嗜みとして身に付けている。

 厨房にいけばお菓子を作れそうな食材も、お茶っ葉も揃っているだろう。しかも公爵家なので高級品ばかり。


 公爵家長男の嫁としての義務を果たす必要もなく、マイペースにのんびりできるこの状況。

 なんという贅沢で堕落した生活。

 王太子の婚約者としてそして学生として日々勉学に励み時間に追われて、実家では義母と妹の嫌がらせをされ食事すらまともに出してもらえなかった頃からは考えられないほど快適な生活。


 夫に不要とされた放置嫁、実はすごく良い状況ではないのだろうか?

 

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