第4話◆わたくしと魔法
朝食が用意されていないのなら作ればいいだけ。
朝起きて自分だけで着ることができる簡素なドレスを着ていたが、簡素であってもドレスは動きづらく火を扱う場所では危険でもあるため、朝食を作る前に動きやすいワンピースに着替えてから。
別邸には公爵家の人間として恥ずかしくない程度のドレスや装飾品は用意されていたが、派手めのものが多くわたくしの好みのものはほとんどなかった。
使用人がいた頃はわたくしに似合う似合わない関係なく、とにかくわかりやすゴージャスな装飾のものを付けられていたが、今日は使用人もいないので自分で動きやすそうなものを選んで身に付けていた。
それでも、かなりゴテゴテとしていてあまりわたくしの趣味ではないものばかりだけど。
お高そうなドレスではあるのだが、それだけである。
身に付ける者のことなど何も考えず、ただ公爵家の体面を保つため値段のするものを用意しただけというのが感じられた。
ドレスだけではなく装飾品もそう。
ジャラジャラと主張の激しいものばかりで、普段使いをするには邪魔になりそうなものばかり。
というか大きなアクセサリーって重たいからあまり好きではないのよね。
使用人の目があるなら体面を保つ必要もあり、それらを用意した公爵家と角を立てないためにも身に付けていたが今となってはその必要もないし、料理をするには動きにくいだけである。
気に入らないドレスを脱ぎ捨て、実家から持ってきた着慣れたワンピースに着替え、髪の毛も作業をしやすいように高い位置で纏めてしまう。
鏡に映る自分の姿はみすぼらしいということはないが、少し裕福な平民風でとても公爵家長男の妻には見えない。
しかし重たいドレスよりこちらの方が動きやすく解放感があってわたくしの好みである。
もちろん王太子妃教育で重いドレスを身に纏って動くことには慣れたが、慣れているのと好きは違うのだ。
軽くて動きやすいならそれに越したことはない。つまりワンピース最高。
今はだんだんと気温の上がる初夏、重くて暑いドレスなんて着なくていいならその方がいい。
わたくしが押し込められた別邸は小さめのタウンハウスくらいの規模があるため、その厨房もそれなりに広い。
おそらく親戚や客人が家族単位で滞在するために建てられたものなのだろう、古くはあるが厨房も含め別邸内の施設はしっかりとしたものばかりなのはさすが公爵家である。
しかし同じような別邸で新しくて綺麗なものが、本邸から離れたこの別邸までくる間にいくつかあったので、ここはもうその役目を終えほとんど使われていなかった場所だということが窺える。
その証拠に少し見づらい場所や隅っこには埃が積もっていたり、厨房には年季の入った汚れがこびりついていたりと、細かいところまで手が回らなかったのかそれとも手を抜いたのか、どちらにせよ元は相当汚れていたものを大急ぎで掃除した痕跡があちこちに残っていた。
とりあえず食品を扱う厨房が汚いのは衛生的にありえないので、朝食を作る前にこの汚いのをまずはどうにかしましょう。
掃除なんて本来は使用人がやるべきことではあるのだが、使用人がいなければ自分でやるしかなく、それなりに広さのある厨房の掃除となれば骨が折れるもの。
やはり面倒くさくても最低限の使用人は必要かも?
なぁんて思うわけがない、だってわたくしは――。
「浄化」
手をかざし空間の穢れを消し去る光をイメージしながら魔力を体の外に放出すると、金色の魔力の波紋がわたくしを中心に厨房全体に広がっていき、油の臭いが染みついてジットリとした空気をサラッとした心地のいい空気に塗り替えた。
そしてもう一度。
「浄化」
こんどは先ほどよりやや強め。
再び金色の魔力の波紋が広がり、厨房の機具がそれに触れた箇所からキラキラと汚れが落ちていく。
一回では綺麗にならないほど汚れていたので二回、三回と綺麗になるまで浄化の魔法を繰り返す。
強力すぎてキッチンにある魔導具に悪影響を与えないように加減をしながら。
繰り返す度に汚かったキッチンの汚れが薄くなり、最終的に清潔に見えるくらいにはピカピカになり、魔法で魔力を消費したことで起こる軽い疲労感と汚かったものがピカピカになった満足感で大きく息を吐き出した。
そう、わたくしは魔法を少々使うことができる。
そして魔法を使うための魔力も魔法使いではない者にしては比較的多い。
それもこれも実家での放置生活のおかげなのだけれど。
当時はコンチクショウと思っていたが、そのおかげで高位貴族の令嬢らしからぬスキルを多く習得できてある意味感謝している。
厨房をピカピカにした浄化魔法のような日常生活を便利してくれる低級魔法――いわゆる生活魔法の類いもそう。
汚れを落としたり掃除に使えたりする浄化魔法や、濡れたものを乾かしたり冷たいものを温めたりできる加熱魔法、その逆の冷却魔法、周囲の温度を過ごしやすい温度に保つ空調、ほんのちょっぴりだけものの劣化を遅くする停滞魔法などなど、ちょっとした技術と知識で使え、生活を快適にしてくれる生活魔法と呼ばれる低級の魔法だが、低級の地味な魔法であることと生活臭がするというしょうもない理由で、幼い頃から魔法を学ぶことができる階級の高い貴族ほどそういう魔法の使い方をしようとしない。
実母が亡くなって以来身の回りのことを自分ですることが多かったわたくしは生活魔法を使うことに全く抵抗がない。
むしろ魔法が好きで実母が生きている頃から魔法の色々な使い方を試していて、その中には生活魔法系も含まれていた。
だって便利だから。
魔力があるのに、くだらないプライドで使わないなどもったいないほど便利だから。
というわけで掃除も洗濯も全て浄化魔法でこと足りる。
本来は生命がないもの――アンデッドと呼ばれるゴーストやゾンビ、スケルトンに代表される不死の存在や、非常に生命力の低い極小さな生命や細菌を消し去る魔法なのだが、アンデッド以外にも不浄なる者つまり穢れや穢れの始まりである汚れなども消し去ることができるため、掃除や洗濯そして体を清めることにも使用することができるのだ。
わたくしは生まれつき魔力の量には恵まれている方で、王立学園在学中は妃教育ですでに学んでいたことばかりの一般学科を避けて専門的な魔法系の学科を選択し、成績も魔法使いを目指す優秀な者には及ばぬもののそこそこ上位の成績を収めていたため、簡単な魔法ならなんとか使いこなすことができる。
しかも実家では放置されていたため、掃除や洗濯を浄化魔法で済ませることも常だっただめ、浄化魔法は比較的得意な方でなおかつ日常的に魔法を使っていたために元から恵まれていた魔力が更に増え普通の令嬢よりはちょっぴり……いやかなり多めの魔力量になっており、自分の身の回りを綺麗にするくらいなら十分に足りる魔力をもっている。
使用人には生活魔法を使える者はそれなりにいるが、技術的にそう難しくない生活魔法といっても魔力を消費するため、仕事の全てを魔法で済ませるほどの魔力保有者は魔法の訓練を積んでいない者のには少なく、使用人の仕事は魔法に頼らず行われることの方が一般的だ。
そもそも生活魔法を垂れ流せるほどの魔力を保有する者ならば使用人としての待遇も良く、その者しかできない持ち場を任せられているはずで、わたくしのような放置嫁の下に配属されるはずがない。
その証拠に別邸で見かけた使用人は魔法をほぼ使うことなく働いていた。
人というものは自分にできないことを、自分が見下している者にできるわけがないと思い込みがちである。
そう、彼らはわたくしが魔法など碌に使えるわけがない、使えても全てができるほどの魔力があるわけがない。
勝手にそう思い込み、放置をすればわたくしが困るとでも思ってのこの状況だろう。
数日内、長くても十数日ほどでわたくしが魔法をある程度使え一人でも生活ができることに気付かれそうだが、それだけ職務を怠れば不快な使用人をここから追い払うだけの良い口実になり、以後も役に立たない使用人は不要と突っぱねることができる。
それまでの間に別邸をわたくしが好き勝手できるように調えておくとしましょう。
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