第2話 碌でもない世界の碌でもない朝

 ガラゴロと音を立てて、馬車が道を進む。至る所に綻びがある幌で覆われた、簡素な馬車だ。

 あの後、俺は金貨4枚を手渡されたのち、この馬車に詰め込まれ、即刻連れて行かれた。なので、街の風景も詳しく見れなかったし、身支度を整える暇すらなかった。ただまあ、馬車の揺れから断ずれば、多分中世かそこらの文明水準だろう。


「お前も災難だったな」

「はぁ」


 御者席の方から、声がかかる。そこも布で覆われているために向こうの様子を伺うことはできないが、声の感じから、普通に心配してくれている。いや、同情、と言った方が正しいかもしれない。


「でもまあ、王さんらの考えもわかる。一番の被害者はあんただろうが、ある意味では、王さんらも被害者なんだろうさ」

「納得できませんね」

「だろうな。がっはっはっ!」


 何がおかしいのか、そう思ったりもしたが、その快活な笑い声は、俺の心を幾分か軽くしてくれた。王様も被害者、それには納得できないが。

 俺は、金貨と一緒に渡された干し肉を一片取り出し、齧る。肉を干しただけなので味なんてしないが、それでも何も食わないよりかは気が紛れる。ひたすら無心に、俺は肉を噛み続けた。


「あ、御者さん、干し肉入ります?」

「お?くれるのか?じゃあ貰っとくわ」


 幕の向こうから腕が伸びてくる。甲冑に覆われていて、その幕を超えたところで操車している男が兵士であることを示していた。俺は、厚手のグローブに覆われた手のひらに、ちょっと大き目の干し肉を乗せる。


「こんなくれるんか。ありがとうよ」

「いえ、どういたしまして」

「いや〜、行き帰りの最低限分の食料しか持たされなかったから助かるぜ」


 俺は、馬車の床で横になる。振動が直接響いてきて、全身が痛い。だが、それを受けても睡魔をけしかけるほどに、俺の疲れは溜まっていた。


「俺、ちょっと寝ますね」

「おう。野宿んとこで起こしてやるから、寝とけ寝とけ」


 俺はそれを聞いて、スゥッと眠りに落ちた。




 あれから4日。旅は極めて順調だった。野宿の時に、御者の顔を見たのだが、気のいいおっさんといった具合だった。名前は、ハンスというらしい。


「シュンヤ、お前の作る飯は美味いな」

「ありがとう、ハンスのおっさん」

「おりゃまだ30だ!おっさんじゃねぇ」

「30は立派なおっさんだっつうの」

「何を!」


 とまあ、こんな感じに打ち解けている。御者がこのおっさんでよかった。

 でも、この旅も、明日で終わる。追放予定のレガンディアム帝国との国境に辿り着くのだ。正直、おっさんと別れるのは寂しかったが、おっさんも仕事があるだろうし、家庭もある。俺のわがままに付き合わせるわけにはいかない。


「明日は早い。もう寝とけぇ」

「ああ。おっさん、おやすみ」

「おう、おやすみ」


 俺は馬車に戻って、麻布にくるまって眠った。

 次に目を覚ましたのは、鼻を鉄の臭いがひどくついたからだった。すでに太陽は昇っていて、幌の向こうからちゅんちゅんと鳥の囀りが聞こえてくる。

 多少の嫌な予感を覚えつつ、恐る恐ると入った感じで、入り口の膜を掻き分けて外を覗くと、血溜まりの中心で焚き火に向かうハンスのおっさんの姿があった。おっさんの周りには、いかにも盗賊といった男たちが縛られた上でゴロゴロと転がっている。


「えっと、吐いていい?」

「吐くなら森で吐いてこい」

「ああ」


 うん、遠慮なく吐いたよね。縛られていない男たちからは内臓が飛び出ちゃってたし。日本というぬくぬくビニールハウスで育った普通の男子高校生の俺にはちょっと厳しい。いや、だいぶ厳しい。

 ある程度この世界にも慣れてきて、この光景だったらまだ良かったかもしれないが、朝起きて内臓ブシャーは無理だって。

 一通り吐き終えた頃、ハンスのおっさんが水の入った皮袋を持ってきてくれた。


「それを見た感じ、争いなんて無縁の平和な世界から来たんだな、シュンヤは」

「ぷはっ…ええ、まあ。慣れといた方がいいやつ?これ」

「いや、人殺しとそれを見た時に何も感じなくなったら人としておしまいだ。別に慣れなくてもいいだろ」

「そう…か」


 ああ、爽やかな朝だってのに、一気に塞ぎ込むような空気にかわっちまった。


「あ、そうだった。これ、やるよ」


 ふと思い出したというような声をあげて、ハンスがポケットに手を突っ込んだ。そして、何かを俺に手渡してきた。朝の光を跳ね返して輝く、10個ほどの指輪だ。


「えと、何、これ?」

「ん?ああ、帝国の国境でそれを門兵に見せな。討伐報酬がもらえるはずだ」

「いいのか?」

「ああ。長旅で美味い飯作ってくれた礼だ」


 そういう言なら、ありがたくいただいておく。他人の気遣いを無碍にできるほど、俺は腐っていない。


「落ち着いたか?すまねえな、朝から血生臭いもん見せちまって」

「いや、大丈夫。おっさんこそ、怪我ないか?」

「だからおっさんじゃねぇって!」

「そんだけ騒げるなら大丈夫か」

「たりめーよ。野盗なんざこのハンスにかかれば赤子同然だからな!」


 そういって、ハンスはにかっと笑った。その顔は、なぜか光って見えた。

 その後、俺たちは朝飯を食って、すぐ出発した。捕まえた盗賊どもは市中引き回しみたく馬車のうしろに結い付けられて連行といった形だ。あ、ちなみに、死んでしまった方は火葬することが決まりらしく、火災になる心配のない場所で燃やした。

 そうこうしているうちに、帝国との国境にたどり着いた。ここから先は、俺独りだ。


「じゃ、ありがとな、おっさん」

「こっちも、世話になったぜ」

「俺なんもしてねえじゃん」

「それをいうなら俺もな」


 どちらともなく、プッと吹き出すように笑う。そして、俺は、『じゃ』と手を振り、帝国の最寄り街に向け歩き始めた。

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