第1話 異世界…は?異世界っ?!
「お、おお!勇者様が現れなさったぞ!」
それは酷く、歓喜に満ちた声だった。例えるならば、暗闇に差し込んだ一筋の光を目にした子供のあげるような、そんな声だ。無論、子供のように可愛げのある声というわけではなく、普通に大人の男の声だったのだが。
俺は、閉じていた目をそっと開ける。腹を刺した痛みも、鼻にこびりつきそうな悪臭も、ない。そのことに不審感を覚えたが、目の前に広がる光景を見て、その感覚は霧散した。
荘厳と形容するのが相応しい、教会の聖堂のような場所で、ふかふかの絨毯の上に、俺は立っていた。ここが死後の世界であるなら、今から閻魔裁判を受けると言われても、納得してしまいそうだ。まあ、世界観の相違は一旦置いておく。
「勇者よ、まずは朕らの召喚に応じていただき、感謝する」
「は、はぁ」
長々しい絨毯の先に続く、一際目立つ玉座に座るでっぷりと太った男が、鷹揚にそう言う。状況が飲み込めないでいる俺は、短く生返事をするのみだった。
様々な思考が、俺の頭を駆け巡り、混沌としている。
(俺は死んだはずで…でも、川に入水する前に刺した鳩尾の傷もない…それに勇者って…ラノベとかでよくある、異世界召喚ってやつか?)
結局、行き着いた結論はそこだった。あまりに非現実的だが、むしろそれほど荒唐無稽な方が納得できる。
ふと下に目を落とすと、ネットで一目惚れし買ったサバイバルナイフが、俺の手に握られていた。その刃は、俺の鳩尾を貫いたことを忘れたかのように、銀色に輝いている。
「取り敢えず、だ。ステータスを鑑定しようじゃないか」
先ほど、挨拶を述べた男がそう言って、そばに控えていた男に何かを耳打つ。するとその男は、脇に抱えていた石板を俺に向けて、『鑑定』と、よく通る声で言った。
そして、その顔は、期待に満ちたものから、一気に憤激へと転落する。
「へ、陛下!こやつ、勇者様じゃございません!ただの放浪者にございます!」
「何?宰相、それは本当か?」
「はい、誠にございます!」
途端、その場にいた全ての人間の目線に、あからさまな侮蔑と、敵意が湧いた。そんなの、知らない。そう言葉にしてしまいたかったが、生憎と、こんな場所で否定できるほどの根性は、俺にはなかった。
「くっ…数多の魔導士たちの命を犠牲に、やっと召喚できたのが、放浪者?くそっ…どうしてこうなった!」
陛下と呼ばれた男が、声を荒げて、叫ぶ。それに同調して、その場にいたものたちも、一気に非難の声を浴びせてきた。
正直、泣きたい。死んだと思ったら、いきなり知らない場所に連れてこられて、罵声を浴びせられる。俺が一体何をしたんだ。あまりにも理不尽、これが運命とやらなのであれば、今すぐこのナイフで我武者羅に差し尽くしてやりたい。
「こ、殺せ!今すぐそいつを殺せえっ!」
豚男がヒステリックに叫ぶ。それを受けて兵士どもが槍を突き立てようとしたが、宰相と言われた男から待ったがかかった。
「そのものを殺して仕舞えば、勇者召喚をすると言っていた我が国の立場が危うくなります。ですので、修行と称して国外追放に処するのがいいかと」
「む…そうか…今ここで殺してしまえぬのは口惜しいが、仕方あるまい…か」
先ほどの激昂が嘘のように掻き消え、男がぐったりと玉座にダレる。どうやら、助かったらしい。
「数枚の金貨を渡し、レガンディアム帝国の国境付近で放逐なさい!」
「「はっ!」」
俺は、何もできないままに、その広間を連れ出された。
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