邪竜と行く異世界ぶらり旅
@samonana
プロローグ
「隼也くん、私と付き合ってください!」
「お、俺でよければ」
桜の花びらが舞い散る中で、1人の少女が勇気を出して少年に思いを伝えた。その想いは実り、彼女は大きな幸福に包まれた。
その目には、淡く桃色に染まった涙が浮かんで、心根からの幸せを映していた。
その夜、俺こと雨戸隼也は、橋の手すりの上に立っていた。空は嫌なほどに澄み晴れ渡り、川面はまんまるの月を揺れつつ反射している。
秋風が少し窪んだ川を駆け抜けて、俺の髪の毛を吹き上げた。邪魔な前髪は…もういらないか。
手に持っていたナイフを使い、バッサリと前髪を切り落とす。夜闇が目に染み、うっすらと涙が浮かんでしまった。ああ、死ぬにはいい日だ。
俺は、さっき髪を切り落としたナイフを、躊躇わずに根元まで鳩尾に突き刺した。月明かりが、宙を舞う液体の球に反射し、赤く色を変えた。
とても痛い。けれど、あの時よかマシだ。
俺の体からスッと力が抜け、大きな水柱をあげて川に落ちる。冬一歩手前の川は冷たく、市街のど真ん中を流れているからか、たまらなく臭い。
そんな中で俺は、昨日のことを思い出していた。
「嘘…だろ…?」
昨日は日曜日。俺は、地元のショッピングモールに来ていた。近場だとこのショッピングモールにしかない専門店の新作シュークリームを堪能するためである。
長蛇の列に並び、待つこと数十分した時だった。聞き覚えのある声が俺の耳をついた。振り返ると、そこにいたのは、クラスのイケメンくんと一緒に楽しそうな顔で列に並ぶ俺の彼女、山野楓だった。
「ふふっ、やっぱり狩井くんとのデートは楽しいな」
「俺も」
幸せオーラ全開の様子で列に並ぶ楓。俺には気がついていないらしかった。
心臓の鼓動が速くなり、嫌な汗が額から吹き出す。何かの冗談だ。そう必死に思おうとしても、その度に確かな楓の声でその思い込みが払拭されていく。
「次の方?」
自分の見たものが信じられず、周りの音が入ってこなかったからか、気がつけば俺の番になっていた。
「新作抹茶シュー、ふたつ…いや、ひとつください」
「はい。いつもありがとうございます」
顔馴染みの店員に注文を告げ金を支払い、受け取り口にいく。ちょうどのタイミングで、そのシュークリームは紙袋に包まれて出てきた。
「お兄さん、顔色悪いですよ?」
「大丈夫です…平気ですから。それじゃ…」
シュークリームを片手に、モール裏のいつもの公園に向かう。こぢんまりとした雰囲気のそこは、ブランコとベンチのみの寂れた公園だったが、落ち着くにはいい場所だった。
俺の心の中とは正反対な空模様に、思わずため息を漏らす。明日、楓に聞こう。そう気を持ち直し、俺はブランコに腰をかけ、シュークリームにかぶりついた。
「それで健吾がさぁ」
「え?ほんと?めっちゃ面白いじゃん」
半分ほどにまで食べ勧めた頃、また楓たちの声が聞こえてきた。俺の体は、反射的に跳ね上がる。俺は、公園の入り口に背を向け、パーカーのフードを被った。なぜそうしたのか…多分、向き合うのが怖かったんだろう。
「そこで座って、俺たちの付き合って1週間記念のお祝いしよう。シュークリーム食ってさ」
「いいよ。私もそれしたい」
ちょうど彼らが入ってきたタイミングで、俺はシュークリームを食い終え、一目散に公園から出、家に帰った。
動悸がおさまらない。呼吸がしにくい。眩暈がどうしようもなく頭を揺らす。
俺はさっき見たものが信じられず、嘘だ嘘だと壊れたラジオの如く繰り返した。が、ひとり暮らしのアパートなので、その声を聞いて何か言葉をかけてくれる人なんていやしなかった。
「もう…寝よ」
俺は、とりあえずことの顛末を誰かに吐き出したかった俺は、他の学校に通っていた幼馴染の城戸にメールし、風呂にも入らず泥のように眠った。
次の日。俺はいつもより早く家を出た。多分、30分ほど早かったように思う。普段であれば楓と一緒に通うのだが、あんなものを見た後では、およそ一緒に登校する気にはなれなかった。
「あ、隼也、なんで先に行ってるの!?」
そんな声が追いついたのは、俺が靴入れから上履きを取り出している時だった。
「……」
「ちょっと、無視しないでよ!」
「……」
言葉が喉でつかえてうまく発声できない。
お前が1番心当たりあるだろう、そう言ってやりたかった。
「おーい、楓!って、取り込み中?」
どうしてこうも俺にはツキが回ってこないのだろうか。自分のクソッタレな運命をフルスイングで殴ってやりたい衝動に駆られるが、俺はそれを理性でねじ伏せた。
「いや、なんでもない。じゃあ」
俺は2人を無視して教室に上がった。
その日、2人はこれ見よがしにいちゃついた。見ている側も恥ずかしくなってしまうようなほどだった。まあ、俺からすれば心をゴリゴリ削る精神攻撃以外の何物でもないが。
それもあって、授業には一切身が入らなかったし、弁当は喉を通らなかった。
帰り道でも精神攻撃は続き、そこで俺のハートはバキン。粉々に砕け散った。もう原子レベルに砕けたよ。
そして…
俺はそこまで走馬灯が走ったところで、完全に冷え切ったのだった。
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