第3話 待つ身

 昭子は自分の足を見た。


ある。


足はしっかりと昭子の身体と一体化していた。それなのに、見た目に反してその足はまるでそこから取り外されたかのように感覚がない。間違いなくそこには昭子の足がついている。しかも、見たこともないようなものが昭子の目に映っていた。


「こちらが重傷です!車内にも重症者が1名います!」


救急隊員の声だけが暗闇に響き渡る。時刻はすでに19時を回っていた。


*****


普段ならば18時30分には、昭子が降りる場所に到着しているはずで、そこには母、麻子あさこが待っていた。雨が降り始めていたということもあり、傘を持って迎えに来ていたのだ。到着予定時刻から30分を過ぎているというのに、バスの姿は見えない。麻子の心はザワついていた。


「いったいどうしちゃったのかしら?」


誰もいないその場で、麻子は呟いた。一度帰宅するべきか?いや、もうすぐ帰ってくるはずだから待っていよう!麻子の中ではそんな自問自答が繰り返されていた。それからさらに30分ほど過ぎた19時30分過ぎ。麻子のもとに一人の女性が走ってきた。昭子の姉、美子よしこだ。


「昭子が事故に遭ったって…今、塾から電話があって…病院に運ばれたって…」


息を切らしたまま、伝えなくてはいけないことを伝えた美子だが、全身が震えているのは暗闇でも分かるほどだった。麻子はすぐに美子の両手を自分の両手で包み込んだ。しかし麻子の手もまた美子と同じように震えていた。


 昭子の家は父親しか運転免許を持っていない。昭子が運ばれたという病院までは歩いては行けない距離。近所の昭子の同級生の家にそのまま向かう。事情を説明し、病院まで車を出してもらえることになった。母親同士も仲が良かったおかげで、夜の忙しい時間帯だというのにすぐに支度をしてくれた友人とともに、麻子と美子は病院へと向かった。


「しょうちゃん、きっと大丈夫だから!」

「ありがとう…」


麻子の動揺を気にして同級生の母親は声をかけたものの、それ以上の会話は出来なかった。


 病院に到着すると、

「このまま車で待ってるから!」

と同級生の母親は言ってくれた。しかし、

「帰りは何時になるか分からないから大丈夫。本当にありがとう」

とそれを断った。


それを聞き、

「じゃあ、帰れるようならまた電話して!家で待ってるから!」

と同級生の母親は告げ、病院を後にした。


 車を見送った後、病院の中に入った麻子と美子。受付のようなところで事故で運ばれた子の家族だと告げると、処置室の前に案内された。そこには他の家族らしい人たちもすでに到着していた。家族の人数を見ても、怪我をしたのがひとりやふたりではないことは一目瞭然だ。そして、その家族の誰もがわが子の状態がどうなっているのか分からないため落ち着かない様子だった。


待合室の長椅子に座ったまま膝に顔をうずめている姿や、じっとしていると落ち着かないのか、立ったり座ったりを繰り返している姿、そして、処置室から出てくる看護士に現状を詰め寄る姿も見えた。


 麻子は、そんな様子を目の当たりにし、隣に立っていた美子に目をやった。美子は呆然とその様子を見ている。いや、正確には何処を見ているのか視点が定まっていない。麻子はそっと美子の肩に手をやり、近くの空いている長椅子へと誘導するように歩き出し、


「座っていなさい」


と声をかけた。美子は素直にそれに従い、椅子に腰を下ろした。隣の席も空いていたため、麻子もそのまま一緒に腰を下ろしたが、視線は処置室から離せなかった。



 待っている時間は、かなり長く感じた。いや、実際に長かった。ひとり、またひとりと処置を終え、待合い室に出てき始め、戻ってきた順に自宅に帰るようにとの指示があった。出てくる子たちを見ていると、大きなガーゼを顔に貼られている子や、袖をまくられ、そこを包帯で巻かれている子などもいたが、いずれも歩いて迎えに来た家族のところに来ている。麻子は昭子が早く出てこないかと処置室をじっと見つめていた。

しかし、一向に出てくる様子がない。美子も麻子と同じように処置室に目を向けていた。そこに看護士が出てきた。



「安斉さん!安斉昭子さんのご家族の方!」


看護士から出た言葉は間違いなく昭子の名前だった。

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