4 10億の真相

「アフォード。あなたは、いずれ家を継ぐのだから、その名誉のためにも支払った方がいいわ」


 グレースは先ほど、はたき落とされた書類を再び、アフォードへ突きつける。


「請求書よ」

「請求書?」

 

 アフォードが、グレースから書類をひったくり、パラパラとめくった。


「ゴッポにダピンチ? 僕は絵画など、買った覚えはないぞ!」

「そうね。すべて、あなたのおじい様の買い物よ。代金はツケ・・で、今も未払い。その総額が積もり積もって、十億エーン」

「それを僕に払えと?」


 フンッと、鼻で笑ったアフォードだったが。書類をもう一枚、めくって、手が止まった。


「……チェ、チェロ⁉」

「そういえば、あなたが、おじい様におねだりして買ってもらった物も入ってたわね。たった一日で辞めてしまったチェロや、そのあと始めたヴァイオリン、ポロ用の馬」

「なっ、」


 ぱくぱくと空気を噛むだけのアフォードに、グレースは話を続ける。


「あなた、飽き性のくせに見栄っ張りだから、やるとなったら、まずは最上級の道具を揃えないと気がすまない性格だものね」


 チェロもヴァイオリンもポロも、どれも四桁を超える代物だった。


「オーバッカ家とは、長い付き合いだから、祖父は大目に見ていたのでしょう。一度は潰れかけたところを、あなたのおじい様に救っていただいたようだし。その恩があって、支払いも催促しなかった。その後、私の父が縁談をねじ込み、私たちが結婚することで、その未払い金がチャラになるはずだった」


 う、嘘だ……。アフォードは小さくつぶやいて、伯爵を振り返った。


「ち、父上! どういうことなのです!」


 詰め寄るアフォードに、伯爵は大きなため息をついた。


「グレースの言った通りだ。お前のおじい様は、アーキンドーさんのご厚意に甘えて、ツケで買い物をしまくり、あまつさえ、それを帳消しにしてもらうため、お前とグレースの婚約を決めた」

「そんな……父上は、何も知らなかったのですか!」

「昨年、お義父様が亡くなって、そのあと、私たちも知ったのです」

「母上……」

「ですから、あなたにも口を酸っぱくして、倹約しなさいと言っていたのです! それなのに、あなたは湯水のように」


「じゅう、おく……無理だ」


 がくりと、アフォードはうなだれた。かと思ったら、素早く身を翻し、今度はグレースにすり寄って来た。


「グレース」


 すがりつこうとした手は、寸前、マーキスによってはたき落とされた。


「十億なんて、無理だ! グレース、頼む! どうにかしてくれ! 僕は何も知らなかった! 頼む、頼むよぉ」

「そうよ。アフォードは何も知らなかったのよ! ひどいじゃない!」


 ネトリーンの金切り声を無視して、グレースはアフォードに語りかける。

 

「何も知らなかったから、十億の支払いがチャラになるなんて、この世の中、そんなに甘くないの」


 続けて、グレースはネトリーンにも目を向けた。


「もちろん、あなたが代金を支払ってくれてもいいのよ?」

「な、何で、私が払わなくちゃいけないのよ!」

「夫の苦難は、妻の苦難でしょ。どんな困難も二人で乗り越えなくちゃね?」


 グレースの言葉にネトリーンは、バツが悪そうに顔をそらせた。それも一瞬。すぐにグレースをにらみつけてきた。


「こんなの、ただの嫌がらせじゃない。あんたは、私の幸せをめちゃくちゃにしたいだけなんでしょ⁉」 


 一体、どの口が、そんなことを言うのか。またも開き直ったネトリーンに、グレースは呆れながら、言い返す。


「それはこっちのセリフでしょ。こんな大勢の前で婚約を破棄されて、しかも、父やマーキスまで侮辱されて。それでも、『お幸せに!』なんて、祝ってもらえると思ってたの?」

「なっ、何よ! あんたは最低の人間よ! 私の幸せをぶち壊して、何が楽しいの! あんたなんか友達でもないわ!」


 そのの婚約者を平然と奪っていった自分は、何様のつもりなのか。自分がやったことを棚に上げ、キンキン声でまくしたてるネトリーン。


「最低最悪の人でなし! あんたは悪魔よ! 地獄に落ちろ!」


 しつこくわめき散らすネトリーンに、とうとうグレースもブチッと切れて。


「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ、じゃかあしぃわ!」


 普段は固く封印しているナーニワン弁で、一喝した。


「寝取り女が被害者ヅラしくさって! 頭ん中、どないなっとんねん? 一回イッペン、口ん中、手ぇ突っ込んで、脳みそシェイクしたろか⁉ あぁん?」

 

 ずいっと迫ったグレースに、ネトリーンは「ひぃいいっ……」と、後ずさった。

 青ざめた顔のネトリーンと、彼女の後ろで震えるアフォード。

 グレースは、そんな彼らに向け、


「あら、やだ。ごめんあそばせ。ナーニワン人の血が、少し、出てしまったみたいね」


 極上に微笑んでみせた。


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