3 元・婚約者VS寝取った女

 パーティ会場は、再び静まり返っていた。

 その中、カツンとヒールの音を響かせて、ネトリーンがグレースの正面に立つ。


「誤解しないで? 私は、ずぅっと、アフォード様の相談に乗っていたの」

「相談?」

「色々とね。私たちが正式にお付き合いを始めたのは、一ヶ月くらい前よ。アフォード様の相談に乗るうち、私たちは自然と惹かれ合っていったの。ねぇ、そうでしょう?」


 ネトリーンの問いかけに、


「え? あっ、うん。そう! そうだったね!」


 アフォードが、コクコクと高速でうなずいた。


「ねぇ、グレース。一ヶ月前、アフォード様から、大事な話があると呼び出されたでしょう? その時、話すつもりだったのよ。だけど、あなたは無視した」

「一ヶ月前?」


 グレースは思い出す。

 確かに『明日、家に来て欲しい』と、一方的な伝言を受け取ったことがあった。しかし、その時、グレースは風邪で寝込んでいて、対応した家人も無理だと伝えたはずだ。伝言を持ってきたオーバッカ家の執事も、アフォードに伝えていないはずがない。


 それなのに。どうして、グレースが『無視した』ことになるのか。


 ちらりとアフォードに目をやれば、ネトリーンを盾に隠れてしまった。

 子供の頃から、よく見てきた光景である。

 嘘をついていたことがバレた時、叱られるのが怖くて、よく執事やメイドの後ろに隠れていた。


 そういうことかと、グレースは小さくにため息をこぼす。

 二人にとって不都合なことはねじ曲げられ、口裏を合わせ、なかったことにされたのだ。


「こんなことになってしまったのは、私だって、とぉーっても、心苦しいわ。でも仕方なかったの。あなたが無視したんだから!」


 ネトリーンが、にっこりと笑う。


「ねぇ、グレース。こうなってしまった原因は、自業自得。すべて自分のせいでしょう?」

「どういう意味?」

「あなた、アフォード様のやることに、一々、口出しして、罵倒していたんですって? 彼は次期伯爵よ? たかが商人の娘が、度が過ぎたようね。捨てられても、仕方がないんじゃないかしら。それを棚に上げて、慰謝料だなんて。どれほど恥知らずなの?」


 その言い様に、グレースは思わず笑ってしまった。

 勉強は嫌だと放り出し、政治もオーバッカ家の領地もまるで無関心。税の仕組みも知らない。そのくせ、金遣いだけは超一流……。

 次期伯爵様が、それでいいと思っているのか。


 そう言おうとして、グレースは諦めた。

 アフォードは、相変わらずネトリーンの後ろに隠れたまま。目を合わせようともしない。もう何を言っても、無駄なのだろう。


「とにかく婚約を破棄するのなら、オーバッカ家には十億、支払ってもらうわ」


 アフォードへと迫ったグレースに、またもネトリーンが立ちはだかった。


「だから! 図々しいわよ、グレース!」


 吐き捨てるように言って、


「そういえば、あなたの一族って、ナーニワン出身だったかしら? ナーニワンの商人は金にがめついって聞くけど、本当だったみたいねぇ?」

 

 ネトリーンは、あざ笑った。


 グレースは、かばんの中から今度は黒革の手帳を取り出した。二人のことを知ってから、人を雇い、調べてもらった記録である。

 パラパラとページをめくり、二ヶ月ほど前の日付けを読み上げる。

 

「十時三十三分。あなたたちは二人で『ジュエリー・オッタカメー』に入店。ハートモチーフのペンダントを購入」


 それに、ネトリーンが素早く胸元のペンダントトップを掴む。今さら隠したって遅い。まばゆいジュエリーは、誰の目にも入っただろう。

 

「十一時四十八分。レストラン『ミッツボーシ』入店。十三時三十六分、店を出たあと、セイリュー川の沿道を腕を組んで散策。あなたたち、二ヶ月前は、まだ付き合ってないのよね?」

「それは、」


 言葉につまり、ぎゅっと唇をかみしめるネトリーン。その後ろから、


「それは、相談料だ! 相談に乗ってもらったお礼に、僕が贈ったんだ!」

「そうよ! お礼にもらったのよ!」


 アフォードが答え、ネトリーンもうなずく。

 普通、そういうものは、人気店のお菓子だったりするものだ。十万以上もするジュエリーを贈ったりはしない。

 グレースは「だったら」と、手帳をめくった。ネタはいくらでもある。次に読み上げたのは、一ヶ月半前の日付け。


「二人でジュエリーショップ『ハイブー・ランド』に行って、お揃いの指輪を注文してるわね。ここはオーダーメイドのがとても人気で、三ヶ月待ちらいしわね。これもお礼?」

「そうよ! お礼よ! 私もアフォードも、たまたま同じ指輪を気に入って、買っただけよ! 悪い?」


 ネトリーンは、完全に開き直っていた。

 しかし。


「まぁ、白々しいわね」


 どこからともなく聞こえてきた婦人の声に、ようやくネトリーンも気がついたらしい。不審者を見るような眼差しに、ヒソヒソ話、笑い声。少し前まで、グレースに向けられていたものが、自分へ向けられていることに。


 それを追い風に、グレースは続ける。


「もっと読み上げましょうか? あなたたちが半年前から付き合いを始め、二ヶ月前からは結婚の準備を始めていた。その証拠」

「……っ」


 グレースはネトリーンを黙らせると、アフォードに向き直った。


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