08.弟の身体に劣情を催すなんて
「あ、起きた。今日からユシアさんのクエスト手伝うんでしょ?」
「は、ハル! ……何やってんだよ!」
「何って起こしてるだけだけど?」
「っっっ!?」
俺は慌ててベッドから這い出す。
「ははは! 照れてる照れてる。おもろい!」
こいつ……遊んでるな……!
「!? ……ってか、ハル、お前……!」
「ん……? どうした?」
それが昨日、女体化したハル……なのは間違いない。
ないのだが、俺がその姿を視認して、かなり動揺しているのは……彼女があろうことかトランクス1枚姿だからだ。
「なんでトランクス姿なんだよ……!!」
「なんでって、知ってると思うが、俺は元来からのトランクス派だ」
「っ……! お、お前なぁ……」
どちらかと言うと、下着の種類の問題ではなく、肌露出度の問題である。
流石に胸は腕で隠す程度の羞恥心はあるようでよかった。
昨夜はユシアの部屋から戻ると疲れきってそのまま寝てしまったのだ。
その時点ではハルはまだ男物の制服であったのだ。
学ラン姿では、その可愛さが封印されていたのだろうか……今のハルの破壊力は中々のものだ。
昨日、確認できなかった胸のサイズは……ユシアより少し大き……
って、違うーーーー!
っと、ふと重要な疑問が想起する。
「そ、そう言えば、お、お前、風呂とか入ったんか……?」
「え……? ばっちり入ったけど……」
「え? マジ? だ、大丈夫だったか……?」
「あぁ、どうやら俺は女になっちまったようで、最初、トイレに入った時は少し驚いたが、改めて考えると自分の体には全くと言っていいほど欲情しなかったわ」
「そ、そうなのか……それはよかったな」
「……そういう兄貴はもしかして俺の身体に欲情してんじゃないだろうな!? だははは、弟の身体に劣情を催すなんてそれはいくらなんでも雑魚過ぎるだろ!」
「え……!? えーと……」
俺は急にそんなことを聞かれて動揺する。
ってか、今は弟というか妹なんじゃ……。
いや、それでもまずいか。
「はっ……マジかよ……兄貴、さては…………えーっと……」
ハルが胸部をよりしっかりと隠すような仕草をして後ずさりする。
これがよくなかった。
「あっ……」
ハルはテーブルに躓いて、後ろに倒れそうになる。
「ハル……!」
俺は咄嗟に転倒を防ごうとする。
そして……、
でーーーーーん!!
「いてて……あ、ありがと……あに……きぃいいいい!!」
「っ……!」
俺はハルの後頭部を守ろうと、咄嗟に背後に周った。
そしてハルはそのまま倒れ、俺も後ろに倒れた。
結果……、
俺は背中から倒れ、その上に倒れてきた上裸のハルを後ろから抱き締めていた。
「あぁあ゛あああ! すまん、ハル……!」
俺はすぐにその腕を離す。
「あ……えーと、いや、ありがと……」
そう言いながら、ハルは俺から降りる。
「「……」」
少々、気まずい沈黙が流れる。
「そのハル…………一つだけ」
「……なに?」
「女になってる間は、もっと自分を大事にしろよ」
「っっ!? …………う、うん……わかった」
「……」
な、なんか急にしおらしくなった……。
ハルは目線を逸らすように斜め下を見ながらモジモジしている。
◇◇◇
一週間後――。
この世界に来たあの日から一週間くらい経った。
「今日も楽勝だったな!」
宿に着くと、今日もモンスターをサクッと討伐したハルが嬉々として言う。
「お前のおかげでな!」
俺は少し皮肉っぽくハルに言う。
「まぁ、そう言うなって!」
ハルは苦笑いしながら答える。
「……」
あれから俺達はユシアとセナと共にギルドの依頼をこなした。
仕事のランクはGが最低で、Aが通常時の最大。
Aランク以上の依頼というのは、滅多にないらしく、主にCランクやBランクの仕事を請け負った。
ミノタウロスの撃退、マーメイド・ガーゴイルの撃退、イビル・ピクシーの撃退などいくつかのクエストをこなした。
しかし、たいていは獲物を見つけるや否や、我先にと突撃していくハルの一撃で終わってしまい、未だに俺は何の活躍もしておらず、若干、消化不良ではあった。
少しは遠慮して欲しいものだが、ハル曰く……、
舐めプして、実は相手が紙耐久、攻撃極振りタイプだったらどうするんだ!?
との、ことらしい。
確かに慢心は命取りなので、あまり強くは言えない。
とはいえ、CやBでも報酬は十分であった。
一時、一文無しに限りなく近づいた俺達も生活していく上では、不自由なく過ごすことができるようになっていた。
◇
「今日、ユシアさん達、先に行っちゃったりしてないですよね?」
今日は、普段だったらギルドに来る時間になってもなかなかユシアとセナが現れなかった。
そのためハルがギルドのカウンターの女性に尋ねる。
「あっ、勇者さまの従者のお二人ですね……」
どうやらすでに俺達は勇者さまの従者として認識されているようだ。
従者というわけではないのだが、まぁ、そう見られている方が面倒なことが少なそうなので都合がいい。
「見ていませんね……」
答えたのはそれだけだったが、カウンターの女性は少し憂いを帯びたような様子に見えた。その理由は本人の続く言葉で、すぐにわかった。
「恐らくですが、昨日、国境付近の森にランク:U(アンノウン)のモンスターが出現したらしく、朝から国王に呼び出されているのだと思います」
「Uランク!? 国王!?」
ハルが聞き返す。
王とかいたのか……。
王って多分、国の最高権威だよな?
それに呼び出されるってやはりユシアはすごい人なのではないかと今更ながらに思う。
「えぇ……未確認個体、かつ、すでに大きな被害が出ている時に、このランクが採用されます。不安を
「なるほど………………って、兄貴、もしかして俺ら、ユシアさん達に、置いて行かれた?」
「……」
恐らくそうでしょう。
U(アンノウン)ランク……つまり危険度がわからない。
故に俺達には迷惑を掛けられない。
ユシアなら、そういう考え方をしそうだ。
「……多分、そうだね」
「だよな……」
ハルが頭を掻くような仕草をする。
「それはちょっとありえないよな」
「そうだね……」
全面的にハルの意見に同意する。
「ユシアさん、うっかりしてるなー。こっちには従者としての必須魔法があるというのに……」
「…………あっ、ちょ、まっ……」
制止するよりも早く、ハルは行動に移す。
「俺と兄貴をユシアさんのところへ……[転移]!!」
「それをやるとぉおおおお!!」
◇
縦長の広い部屋、無駄に高い天井、荘厳で巨大な柱、豪華なシャンデリア、赤い壁。
そして、巨大な椅子に座す大層な衣装をこしらえた爺さん。
玉座の間……これで、そうでないと言われたら、素直に謝る他ない、というくらいには典型的な玉座の間に俺達はワープした。
「何者だ! お前達!」
「どうやってここに!!」
そして、警護の者達に取り囲われるように、槍の矛先を向けられている。
それもそのはずだ。
俺が王と謁見中だったのであろう勇者さまに、対面馬乗りしているのだから。
「あなた達、何をやっているんだ!?」
セナの声が響く。
「ああぁあああアオイぃ!?」
ユシアが俺の名を呼ぶ。
今回は赤くなってはいない。
恐らく羞恥心よりも、驚きと、この状況の把握、そして現状の打破に脳のリソースを割いているのだろう。
「あっ、えーと、すみません……」
俺とは異なり普通に床に着地していたハルが頭を掻き、苦笑いしながら、誰とはなしに謝罪する。
俺も急いで、ユシアから降りる。
「皆さん、武器を降ろしてください! この方達は、私達の友人です!」
ユシアは仰向け状態から、上体だけを何とかお越し、へたり込むような恰好で主張する。
「し、しかし……!」
「ユシア様がそう仰ってるのであれば……」
「侵入者であることに変わりはないのでは……?」
警護兵の槍の矛先は彼らの感情を表すかのように揺れている。
「お、王……! どうか……!」
ユシアは玉座に腰かける人物に向け、懇願する。
「……」
王は眉一つ動かさずに、無表情で、動向を見つめていた。
流石は一国の王と言ったところか……どうやらどんなことにも動じない冷静な判断力のもちぬ……、
「ぶっ殺せぇえええええ!! わしのユシアちゃんに何さらしとんじゃーーー!!」
えっ……。
王は突如、怒り狂うように叫びだす。
「おっ? やんのか? おっさん……」
ハルがそんなことを言う。
お前も血の気多過ぎぃい!!
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