07.プニュ

「はわぁああ」


 ユシアの顔は最高潮に赤くなり、恥ずかしさの極地のような顔をしている。


 その瞬間、ゲームとは無関係の人物に殺される可能性を視野に入れる。


 しかし、こんな死んで当然と罵られそうな俺にも生存本能というものは宿っているようだ。

 俺は往生際悪く、許しを請うのであった。


「本当、すみません」



 ◇



「つまり……ハルさんが使った魔法で不可抗力的に私のところに来てしまった……そういうこと?」


「はい……本当にごめんなさい」


「もう……着替えてる時に、急に降ってきたからびっくりしたよ……」


「はい……本当に申し訳ありませんでした」


「転移魔法が使えるって結構すごいことなんだけどなぁ……」


「はい……本当にお詫び申し上げます」


 あれから素早くパジャマを着込んだユシアに対し、俺はひたすら謝罪を繰り返す。


「二人ともわざとじゃないと思うから……今回だけは許すけど、もうこんなことしちゃダメだよ……私だって、一応、女の子なんだから……」


「一応どころか本格派の女の子だと思います!」


「え……? 本格……?」


「あの、本当、すみませんでした……! ……それでは!」


 俺は立ち上がり最後にもう一度、深々と頭を下げ、そのまま立ち去ろうとする。


「あっ、ちょっと待って!」


「えっ……?」


 思いがけない制止に、驚く。


「折角だし……少しお話でもしていきませんか?」


 ユシアは幾分、頬を染めながら言う。


 この状況の俺に拒否権なんてあるだろうか。


「…………はい……」


 俺は承諾する。


「よかった……」


 ユシアはホッとしたように一度、目を閉じる。


「あの……今日、ここに来た経緯を教えてもらったときに、ユナイトというゲームはサバイバルゲームだと言っていませんでしたか?」


「っ……! 確かに言いました」


「えーと……だとすると、他のプレイヤーがアオイさん達と同じようにいるってことはないのでしょうか?」


「……恐らくそうとしか言いようがない状況です」


「……わかりました」


 ユシアは、またしばらく黙りこむ。

 きっとユシアは自分達の世界のことを憂慮しているのだろう。


 つまり、俺達のことをと捉えている……


「仮にそんな人たちがいたとして、皆さんがアオイさんやハルさんのような方ならいいのですが……」


「……」


 監視対象としながらも、ある程度は信用してくれているのだろうか。

 ……だとしたら、少し嬉しい。


「この話は一旦、このくらいにしておきましょう! 教えていただいて有難うございました!」


「あ、はい……」


「それにしても……アオイさんって……」


「え? はい……?」


「ハルさんに比べて、何と言うか…………えーと、そう! 地味ですよね!」


「っ……!」


 おい、やめろ! 俺を表現するのに完全無欠な二字熟語を、そんなにストレートに言うのは!


「あぁあぁあ! ごめんなさい! 私、何言ってるんだろ!? ご、語彙力がなくて……!」


 ユシアは頭を抱えるような仕草をしながら懸命に謝罪する。


「い、いや……確かに……そうなんです……」


「……」


「俺が地味っていうのもそうなんですけど……ハルはすごい奴なんですよ。行動力もあるし、それに勇気もある」


「失礼なこと言っちゃって、本当にごめんなさい。友達の数とかはよくわからないですけど……でも……勇気なら……アオイにもあるんじゃないかな?」


「……?」


「私、ちゃんと見てましたよ。アオイが私たちとアイロンクラッド・ドラゴンの間に、割って入ってくれたのを……!」


 ……さりげなく、なんで俺の方はに変更されているのでしょうか。


「……正直に言うと、お二人にレベルの上げ方を教えるのは少しはばかられました」


 ユシアが申し訳なさそうな表情で言う。


「……」


「でも、魔力指数を測定すると、その人の心の清らかさみたいのも少しだけわかってしまうんです」


「それで、俺は地味だったってことですかね?」


「ち、違いますよ! それはもう通常時から滲み出ているというか……」


「……」


「って、また私なんか言ってる!? も、もうその件は許してくださいよ! って、なんで私が許しを請う立場に!? 元はと言えばアオイが転移して来て……!」


 ユシアは、この一瞬だけで表情が三から四種類くらい目まぐるしく変わる。


「と、とにかくですよ! アオイの魔力には邪悪さが感じられなかったんです!」


「……!」


 確か、あの時は、プニュプニュのことで頭が一杯だったはずだが、それは検知されずに済んだのだろうか。

 …………きっと浅い部分ではなく、心の深い部分が読み取られたのであろう。

 そうに違いない。


「あ、あの……何だかんだ言って、このタイミングでお話できてよかったです。あなた達のこと信じても大丈夫そうだって、なんとなく思えてきました」


「あ、ありがとうございます……」


 そう思ってもらえたのなら、結果的にハルのうっかりワープもグッジョブだったということか?


「明日から、クエスト、よろしくお願いしますね」


 ユシアは目を細めながら言う。


 すると……、


「兄貴を俺のところに転移! 転移! 転移! ……ダメだ。うまくいかない……」


「!?」


 部屋の外……廊下? いや、隣の部屋? から必死な声が聞こえる。


「え? もしかしてここって……」


 最初、ワープしたのか一瞬、わからなかったくらいには、似た雰囲気だと思ってはいたが。


「いやー、実は別の宿探すのが面倒になっちゃってね。……てへっ」


 ユシアはかわいらしく少しだけ舌を出す。



 ◇◇◇



「兄貴……朝だよ…………起きなよ……」

 

「……あと五……ふ……」


 ん……? 今日は妙に暖かい……?ってか、柔らかいな……。

 こう……なんというかプニュっと……。


「って、のわ!?」

 

 目覚めの悪さには定評がある俺だが、一瞬で目が覚める。

 

 後ろから誰かに抱き付かれていたからだ。


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