09.アサルト・モード
「ぶっ殺せぇえええええ!! わしのユシアちゃんに何さらしとんじゃーーー!!」
えっ……。
王は突如、怒り狂うように叫びだす。
「おっ? やんのか? おっさん……」
ハルがそんなことを言う。
お前も血の気多過ぎぃい!!
しかし、警護兵達は、逆に槍の矛先を天井に向ける。
「王……私情を挟むのは止めてください……おとなげない……」
「そもそも、ユシア様は、王の所有物ではありませんし……単なるファンですよね?」
「あぁあん!? お前ら、王の命令を聞かないのか!? いいのか? クビにしちゃうぞ! クビ……!」
王は
「えっ!? 辞めてもいいんですか? 戻ってきてと言われてももう遅いしますよ?」
「あっ……い、いや、それはちょっと困る……」
王は口籠る。
「冗談だよ? 冗談だからね? 本当に辞めないでよ? このご時世、求人かけても、なかなか来ないんだから……!」
「……」
なんだこの人……本当に王なのか……?
◇
「つまり、そやつらはユシア・セナの友人で、うっかり転移魔法で来てしまったということだな?」
「その通りです」
王が確認し、ユシアが返答する。
「転移魔法だと……? 使える奴がいるのか……?」
「ユシア様のご友人……? 見たこともない連中だが、一体、どういった経緯で……」
警護兵達に、心の声を隠す風習はないようだ。
「ユシアの上に馬乗りした奴は個人的な感情で許したくはない。しかし、今はこのことに時間をかけている猶予もない……ここは王の権限を持って、彼らを不問とする!」
「はい……ありがとうございます」
ユシアは頭を下げたまま、王に謝意を述べる。
俺はハルのおかげで、国の最高権威に個人的な恨みを買うという悲劇に見舞われているようだ。
「それでは、お二人は帰って……」
「いや、俺達も行きます!」
「え……?」
ユシアがこの場を去ることを促そうとすると、割り込むようにハルが宣言する。
「Uランクモンスター出たんですよね?」
ハルがギルドの受付嬢から聞いた内容を確認する。
「それを知っているなら、なぜ?」
「それを知ったから来たんですよ」
「……っ!」
ユシアは少し驚いたような顔をしている。
きっと
自分でも少し驚いている。
「ユシアよ……その者達を連れて行くかどうかは、後で決めるとして、ひとまず話を続けさせてもらえぬか……?」
「ユシア……ここは一旦、聞きましょう」
「……は、はい」
王とセナの言葉に、ユシアはひとまず合意する。
◇
「対象は、恐らく人型だ」
「人型!?」
王の言葉にセナが反応する。
「つまり……人魔ということですか?」
「恐らくは……」
セナの確認に王が返答する。
人魔とは何だろうか。
「目撃者はいるのですか?」
「目撃者はいない」
「えっ……?」
「つまり、相対した者は、全員が犠牲になっているということだ。今のところ、足跡などからそう判断されている」
「全員が犠牲……」
「国境近くの人が少ない森ということで、犠牲者はそれほど多くはないが、人間の居住地に現れるのも遠くないかもしれない。その前になんとか撃退して欲しい。このような難題をいつも押し付けて申し訳ないが、引き受けてくれるじゃろうか……」
王は言葉の通り、本当に申し訳なさそうに言う。
「もちろんです……それが私達の仕事ですから!」
ユシアは力強く言う。
「そうか……すまないが……頼んじゃぞ……」
◇
「それじゃ、行きますよ」
王城を出ると、ユシアが言う。
「あれ……? いいんですか?」
ハルも俺と同じく、何の揉め事もなくユシアに同行を許可されたのが、予想外だったのか、その真偽を確認する。
「どうやら私は貴方達のことを見くびっていたようです。貴方達はもう立派な冒険者のようです」
「その通りですよ!」
ハルは俺に目配せをしながら言う。
承諾を貰えたということは、俺達の言葉が響いてくれたということだろうか?
「ですが! 転移魔法の件は、少し反省して欲しいです! 前回のは完全に不可抗力でも、今回のはそうではないですよね?」
「……? も、申し訳ない……」
ハルは少し腑に落ちないようであったが、ユシアの様子を見て、素直に謝罪した。
「俺もすみません……」
自身も謝罪する。
あの場では、感情的になりハルのせいと思った。
だが、よく考えたら、俺が、あの日のことをハルに正確に伝えていなかったのもよくなかった。
「……もう大丈夫だよ……それじゃあ、改めて国境の森へ向かうよ!」
「了解!」
ハルがはきはきと返事する。
◇
「気を付けるように。既にターゲットの目撃エリアに入っている」
セナが警告を口にする。
この森は、確か……国境の森と呼ばれていた。
俺達は国王からの依頼によりランクU(アンノウン)、人型のモンスター、
しかし、国境ということはそのままの意味だが、<国の境界>ということだよなと、ふと思う。
そう言えば、この世界における国はどういう風に分かれているのだろうか……。
そろそろそういった情報も収集していく必要があるな。
「セナさん、今回のターゲットは人型と言っていましたが、人型のモンスターって珍しいんですか?」
ハルが質問する。
「人型がターゲットになることか……少なくとも、私達は初めてだ」
「え……? 人型のモンスターはいないということですか?」
「人型のモンスターのことを人魔と呼ぶが、基本的に人魔とは、定義だけされているだけで存在自体はしないはずのものだった」
「……?」
セナは若干、含みのある内容ではあるものの、回答してくれる。
「そもそもモンスターの定義は……」
「――っ!?」
セナが興味深いことを語りかけたその時であった。
突如、遠くの方で、森には似つかわしくない爆発音が聞こえてきた。
「何でしょう……!?」
セナの疑問に、ユシアが答える。
「ターゲットの可能性がある! 行こう!」
「了解!」
ハルも呼応し、俺達は爆発音のする方へ、急いで向かう。
◇
「!?」
現場に到達すると、人の形をしたものが三人いた。
いや、二人と一体と言った方がいいかもしれない。
二人は一体と対峙していたのだ。
「あれっ……! 兄貴、あいつらひょっとして……?」
ハルが呟くように言う。
「そうだな……プレイヤーかもしれない」
確信があるわけではなかったが、直感的にそう感じた。
一人目は黒髪ロングの女子で、前髪は綺麗に揃っている。確かこういうのを前髪パッツンというと姉貴が言っていたはずだ。特徴的な赤い大きめの花の髪飾りをサイドに付けていて、服装もやや暗い赤でパーティーにでも行くかのようなドレス風の装いだ。はっきり言って、森の中ではかなり目立つ。
もう一人は男子で、髪色は脱色しているのか薄めで少し銀髪がかっている。服装は、全体的に白に近い薄い灰色でまとめている。心なしか肌も色素が薄く見える。全体的な彩度が女性とは対照的だ。
二人はまだこちらに気付いていない。
「な、何なの……あのおぞましい姿は……」
セナが呟く。
二人が対峙しているモノの姿に対する率直な感想だろう。
その人型は、人の形をしているものの、全身に無数の口が付いており、生理的にかなり嫌悪感を覚える姿をしている。
視覚可能なドス黒いオーラを纏い、全身の口は、常時、唸り声をあげ、
「すごい邪悪な魔力が漏れ出してる……! あれ、結構やばい奴だよ!」
ユシアがそいつの危険度を簡単な表現で表してくれる。
「理性があるようには思えませんね……人魔と言って、差支えなさそうですね」
セナが対象を人魔と断定する。
「あんなに全身から涎出してたら、脱水にならないか?」
「ウ゛ぅうウ゛うううう!!」
ハルが謎の心配をしているのを余所に、その人魔は強いうなり声をあげる。
頭部の口からは非常に強い光が漏れ出しており、今にも目の前の二人に、その光を解放しようとしている。
「やめやがれぇええ!!」
ハルは大声を上げながら、勇み出る。
「っ……!?」
プレイヤーらしき二人組がそれに気づく。
ハルは構うことなく、人魔に対してミサイルを発射する。
人魔の放つ閃光とミサイルが交差し、強い衝撃が発生する。
結果として爆発だけが起き、敵、味方、その他含め、誰も被弾していない。
「お前! 何して!?」
女がハルに疑問を投げかけるが、ハルは特に返事をしない。
ハルは彼らを守るつもりのようだ。
確かにハルと二人で、ゲームへの参加方針を話し合ったことがあった。
その時、俺たちはプレイヤーがいたら倒さないようにすると意思統一をしたのだ。
ハル曰く、長くゲームを楽しみたいから。
俺はなんとなくキルすることでお金を得るのが嫌だったからとそれぞれ違う理由ではあるのだが。
「あの人達も……プレイヤーなのですか?」
ユシアが俺に確認する。
「多分、そうです」
「りょ、了解」
ユシアはひとまず納得してくれる。
「効いてくれ……!」
その一方で、ハルは畳み掛けるように貫通弾入りのミサイルを二発、人魔に向けて、発射する。
しかし、人魔は素早く動き、それを回避する。
「……ちっ! 意外と素早いな。阿呆みたいに撃っても当たらんか」
プレイヤーらしき二人組は、ハルが人魔と対峙する姿勢であることを見てか、人魔から距離を取ろうとする。
しかし、人魔は唸り声を上げながら、アリサとラクイの二人を追跡する。
「くっ……! あくまで、ターゲットはこちらか……」
男性が嘆くように言う。
人魔の複数の口から光が漏れ始める。
「嘘だろ……!? なんて強大な魔力なんだ!? あの一つ一つが高位魔法に匹敵する……!」
セナが緊迫した表情で伝えてくれる。
「やば……」
逃げようとする女が呟く。
そして、その予想通り、人魔の複数の口からレーザービームのように細い光線が二人を襲う。
「きゃぁああああ!!」
アリサの悲鳴が響き渡る。
「くっ……」
幸い、直撃は免れた。しかし、二人のステルス・アーマーは激しく損傷しているようだ。
攻撃を受けたことでステルス・アーマーが露わになったことで、彼らがプレイヤーであることが確信となる。
そして、次の攻撃は耐えられないかもしれない。
「くそっ……俺は守るのは苦手なんだよ……!」
ハルが嘆く。
そして、俺に言う。
「俺の防護を外していい。あいつらを守ってやってくれないか? アオイ……!」
あいつらのことは全くと言っていい程わかっていない。
こちらの手の内を見せてもいいのだろうか?
最悪の場合、助けた後で襲ってくる恩知らずかもしれない。
それでも……、
「…………あいつらを守るってことでいいんだな?」
俺は念のためハルに確認する。
「……頼む!」
「……わかった」
俺はセナに設定していた防護対象4をプレイヤーの女に変更……プロテクト・モードを〝アサルト・モード〟に移行する。
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