04.ステルス・アーマー

 ドラゴンは地上に失墜し、しばらくもがいた後、あっけなく動かなくなった。


「うそ……あの鎧竜を……瞬殺?」


 最初にドラゴンから逃げてきた騎士風の女の子も驚きの声をあげる。


 ハルの攻撃は、ライナーが爆轟風で変形する爆発成形侵徹体ばくはつせいけいしんてつたい (EPF:Explosively Formed Penetrator)と呼ばれる兵器をモデルにしている。

 貫通力は通常砲弾の五倍。

 戦車の装甲すら豆腐のようにぶち破る。

 詳しいことはようわからんが、Wikiにそう書いてあったから間違いない。


 ふと改めて騎士風の女の子を眺める。


「……っ!」


 そしてハッとする。衣装の奇抜さも去ることながら、容姿が際立って美しかったからだ。


 防御性能よりも敏捷びんしょう性を重視したような装備は、白を基調とし、紺色があしらわれており、細身の身体によく似合っている。

 腰には剣を携え、凛とした姿は趣がある。

 飾り気のない肩口くらいの長さの髪の毛は少しだけ明るい。


「あなた達、一体何者ですか?」


「えっ……、いや、決して怪しい者では……」


 ハルが少々、焦るように言う。そして、苦し紛れに聞き返す。


「そ、そういうそちらは、どちら様でしょうか?」


 すると、なぜか騎士風の女の子は照れくさそうにモジモジしながら返答してくれる。


「あっ、はい……私は冒険者のユシアって言います。職号ロールは僭越ながら、〝勇者〟やらせてもらっています」


「あ……はい、勇者ですね……――」


 ……これまた露骨なファンタジー世界をフィールドにしてきたな。


 ……


「なぁ、あの女の子、勇者とか何とか言ってたけど、どういうことなんだろ……」


 ハルが小声で俺に尋ねる。


「俺がわかるはずないだろ? でも、ひょっとしてNPC?」


「おいおい、兄貴。そうだとしても今どき、あんな普通に可愛くて、普通に良い人そうな普通勇者をヒロインにもってくるか?」


「……」


 確かに最近では絶滅危惧種な気もするが……。


 現在、俺達は勇者さま含む謎の二名に同行している。


 二名が前方を歩き、俺達はそれに付いて行っているという状況だ。


 なぜなら、助けた二人に街まで連れて行ってもらうことになったからだ。


 曰く、倒したのはお二方なので報酬はお二人が受けるべき……とのことであった。


「つーかさ……兄貴…………きょどりすぎじゃない?」


 ハルは急に平淡な声で聞いてくる。

 要するにちょっと怖い。


「え……? そうかな……」


「あはは……そんなことないよね? 兄貴って女子に対しては雑魚だもんね!」


「雑魚ぉ!? まぁ、女子がちょっと苦手なのは認めるが……」


「え? でも兄貴……俺とは普通に話してるやん。なんで?」


「なっ!?」


 なんでって……お前は男を貫くんじゃなかったのかーー!!


「そ、そりゃ……ハルは特別だし……」


「と、特別!? そ、それなら……仕方ないか……」


「……」


 なんか納得してくれた……。


「ところで先ほどハル様がお使いになっていた魔法は一体、どういったものなのだろうか?」


 ちょうどいいタイミングで、魔法使いっぽい男性がこちらを振り返り質問する。

 先ほど、彼は簡単な自己紹介をしてくれた。

 名前は〝セナ〟、職号ロールは<魔導士>というらしい。


 セナは長めの黒いマントのようなコートを羽織り、手には杖を持っていた。

 三角帽子こそ被っていなかったが、もうこれだけで、魔法使いの雰囲気は十分だ。

 髪は少し現実離れした銀色で、かなり整った顔立ちの男性であった。


「魔法……! あるんですか!?」


 ハルが勢いよく聞き返す。


「えっ!? 魔法をご存知ない? となると、ドラゴンを焼き尽くしたあれは……?」


 その反応からすると、やはり魔法はあるということだろうか。


「こっちのは〝ステルス・アーマー〟といって……って、これもよく考えたら原理とかよくわからんし、魔法みたいなもんか?」


 ハルがすっとんきょうな表情を浮かべ、こちらを見る。


 ユナイトで使用する普段は視えない武装〝ステルス・アーマー〟。

 プレイヤーの好みにより、カスタマイズでき、様々な特徴をもっているが、基本的には近代兵器をモデルにしている。


 しかし、よく考えると弾が自動で装填される仕組みは説明できない。

 不思議な力という点において、確かに魔法とそう変わりはないような気もしてくる。


 ただ、あえて言うなら……、


「科学による兵器です」


「科学……か。あまり聞きなれない言葉だな……」


 セナは何かを考えるように、手を顎に添えている。


「いずれにしてもハルさんは可憐なのに、とてもお強く……」


 ん……?

 セナがハルを見る目に熱がこもる。


「へ……? いや、俺のどこが可憐なんですか?」


「俺……?」


 ハルが男性向けの一人称を使ったことにセナは少し怪訝そうな顔をしている。


「まぁ、今時はそういった方も……」


「セナ! その話は、また後でゆっくり聞こうよ! それより、もう街が見えてきたよ」


 セナがボソボソと何かを言おうとしていたところを自称勇者ことユシアが遮る。

 そして、実際にうっそうと茂っていた木々がまばらになり、少し離れたところに石造りの街並みが見えてきた。


 ユシアがくるりと振り返りにっこりと言う。


「ようこそ! 王都〝クラクスマリナ〟へ」


 ◇


 王都〝クラクスマリナ〟。

 

 ユシアとセナに案内され、商店が立ち並ぶ開けた道を歩く。

 街は活気に溢れていた。


「ユシア様! セナ様! お帰りなさい!」

「今日も街の平和を守ってくれてありがとうね!」


 ユシアとセナに付いて、街を歩いていると、行く先々で声を掛けられ、二人はいちいちそれに反応している。


「なぁ、この二人って、有名人なんじゃ……」


 ハルがボソボソと言う。


「〝勇者〟っていうくらいだし、そうなんじゃない?」


 それくらいしか言うことができない。


 しかし、小声で会話するたび、ハルの可愛くなってしまった声で耳打ちされるため、少々、こそばゆい。


 と、そうこうしているうちに、ユシアが立ち止まり、こちらを向く。


「お二人とも、ご足労、有難うございました! こちらが目的地の〝ギルド〟になります!」


 そこには一際、大きな建物があり、周囲は武装した人々で賑わっていた。


「ほほーう、ここがかの有名なギルドですか……と、ところでユシアさん……ギルドには当然、あれがあるんですよね?」


 ハルが幾分そわそわしながら尋ねる。あれ……とは?


「何でしょう?」


 ユシアも確認する。


「と、トイレです……」


「……勿論、ありますよ」


「よ、よかった……あ、兄貴……なんか不安だから一緒に行こうぜ!」


「おう……!」


 ちょうど俺もトイレ行きたかったんや!


 ……


 トイレに到着する。


 トイレは個室タイプで、一つのみ。


「トイレ……女になってから初めてのトイレ……」


 ハルは流石に少し恥ずかしいのか、トイレの前で少々、躊躇していた。


 そして、あろうことかとんでもない提案をしてくる。


「なぁ、兄貴……せっかくだし、どうなってるか一緒に観察してみる?」


 っ……!?

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