05.プニュプニュ

「なぁ、兄貴……せっかくだし、どうなってるか一緒に観察してみる?」


 っ……!?


「いや、なんでやねん!」


 ハルのとんでもない提案に普段ほとんど使うことのないエセ関西弁が出てしまう。


「だってさ、なんか一人でやると悪いことしてるみたいで恥ずいじゃん? 兄貴となら共犯って感じで、羞恥心が緩和されるかなぁと……」


「お、お前なぁ……」


「なに遠慮してんだよ! 兄貴だって見たいだろ!? その……ま、まん……」


 なに少し照れてんだよ……!

 そ、そりゃあ俺だって……俺だってなぁ……そりゃ見てみてえよ! だが、だがなぁ……、


「あほ……! 男女関係なしに、自分だけの身体と思って、自分を大事にせい!」


 俺は邪念を振り払う。


「っ……! わ、わかったよ……ったく、変にまじめなんだから……」


 そう言うと、ハルはすごすごとトイレに入っていく。

 おいちょっと待て。なんで俺の方が〝変〟な扱いになってんだよ。


 ……


「……」


 トイレから出てきたハルはなぜか俯きながら赤面している。


「あ、兄貴……」


「ど、どうした……?」


「その……なんというか……想像以上に……プニュプニュしてた」


 何が……!?


 ◇


「Aランク:アイロンクラッド・ドラゴンを討伐した」


 セナがカウンターで女性に水晶のようなものを渡す。


「受領致します。すごいですね! 流石、勇者様ペア! あの鎧竜の異名を持つアイロンクラッド・ドラゴンを撃退ではなく、討伐ですか……! 確認の後、報酬をお渡し致しますので、少々、お待ちください」


「あ、あぁ……」


 セナは少しバツが悪そうな顔をしている。


「君達が倒したって言うと、ちょっと面倒なことになっちゃうから、今はごめんね……ハルさんにも伝えておいて……」


 ユシアが俺に小声で囁く。


 ◇


「ってことで、今回の報酬……全てお渡ししますね!」


 ユシアがサンタクロースのプレゼント袋のような物をハルに手渡す。


「あ、どうも……本当にいいんですか?」


 ハルは遠慮気味に確認する。


「もちろんです! アイロンクラッド・ドラゴンを倒してくれたのはお二方ですし!」


「なんかすみません……ユシアさん、セナさんのターゲット、横取りしちゃったみたいで……」


「あっ……いえ……いいんです……」


 ユシアは少し気まずそうに目を横に逸らす。


 セナがそれを訝しげな表情で見ている。何かあるのだろうか……。


 その間にハルはごそごそと大きな袋の中身を確認し、取り出す。


「何ですかね? この石……?」


 ハルは野球ボール程度の大きさの碧色の綺麗な石を手の平に乗せて尋ねる。


「……本当に知らないのか?」


 セナが訝しげな表情を継続しつつ、確認する。


「すみません……本当に知らないんです」


 ハルが申し訳なさそうに言う。


「じゃあ、教えるね!」


「ちょっと待て、ユシア!」


「……?」


 ユシアが教えようとするのをセナが止める。


「気を悪くしないでほしい……失礼ながら、お二人の素性が怪しすぎる」


「せ、セナ!? 助けてくれた二人に失礼だよ!」


 ユシアがセナをとがめるが、正直、セナの言うことは至極真っ当だと思う。


「な、なので、できればもう少し詳しく、その……こちらに来られた経緯などを教えていただけないだろうか?」


 ◇


 ユシアとセナはギルド内の施設の個室を借りてくれて、そこで話をすることになった。


 ハルは、ここに来るまでの経緯やユナイトのことを可能な限り、二人に伝えた。


「「……」」


 ユシアとセナはしばらく絶句していた。


「し、信じられないです」


 先に言葉を取り戻したのはユシアであった。


「本当にその通りですよね。信じられないのは、割と俺達も同じでして……」


 ハルが正直な気持ちを吐露する。


「でも……その強さがあれば、よっぽどのことがない限り大丈夫だとは思いますが……えーと、しばらくはこっちで生きていくってことですよね?」


「その通りです」


 ユシアの質問にハルが答える。


 俺はふと、ゲームのルールのことを考える。


 ============================

βベータ版テストプレイのルール】

 パートナーとタッグを組んでのサバイバルゲームです。


 ■報酬

 ①ゲーム参加者を一人、キルするごとに10万円プレゼントします。

 ②最後まで残ったペアには願い事を何でも一つ叶えます。


 ■注意事項

 この世界でキルされると現実に戻ります。

 その際、特別ボーナス特典は消滅します。

 ただし、自殺は禁止。自殺すると本当に死にます。


 以上。

 ============================


 さっさとキルされて現実世界に戻るというのも選択肢の一つだとは思うが……。

 どうやらハルはゲームに参加する方針のようだ。

 ユナイトガチ勢としてのプライド(?)がそれを許さないのか……、はたまた別の理由があるのか。

 実のところ、俺とハルはゲームへの参加方針について、ゆっくりと話せていないのだ。


「それじゃあ、まずは、さっきの報酬の使い道、教えますね!」


 ユシアはニコっと微笑み、話を始める。


「まず、これは魔石と言います。使い道は主に二つです。それぞれ

〝売却してお金に変える〟、

〝自身を強くする〟

 です」


 自身を強くする? こんな石でそんなことができるのだろうか。


「売却してお金に変えるはまさにそのままですね。この魔石は貴重なものなので、かなり高値で売ることができます。この世界の通貨は、<ネオカ>というものが使用されています」


「ネオカ……!?」


 ハルが思わず聞き返す。


「あまり聞きなれないですよね?」


「いや……むしろ……。たまたまかもしれないですが、ユナイト内で使われていた通貨名称と一緒だなって……」


 ハルは俺と顔を見合わせた後、苦笑い気味に言う。


「え……?」


「……こんな感じなんですけど」


 俺はメニュー画面のネオカ欄をドラッグ&ドロップする。


 ユナイトで、できたようにネオカを簡単に具現化することができた。


「っ……!?」


 今度はユシアとセナの方が口を開けたまま顔を見合わせる。


 ◇


「…………間違いなく本物だ」


 ネオカの真贋鑑定をしたセナが言う。


「……うん、なんかそんな予感がしたよ」


 ユシアが苦笑い気味の微妙な顔でそう言う。


「そ、そうなんですね……そ、それで1億ネオカってどれくらいの価値がありますかね?」


 ハルが二人に尋ねる。

 俺達二人で5億ネオカずつ、計10億ネオカ程度を所持していた。

 ハルはかなり控えめな数値にして、確認したようであった。


「かなりの大金です。一人身であれば、生涯働かずに不自由なく暮らすことができるくらいの額だと思います」


 となると、だいたい円と同じくらいの感覚であろうか。


「ははは……そうなんですね。であれば、魔石を売却して、お金に変える方は、差し当たって必要なさそうですね」


 ハルは誤魔化すように笑い、そんなことを言う。


「そ、そうですね……それでは、自身を強くする、の方の説明をしましょう」


 ユシアは少し腑に落ちない様子であったが、話を進めてくれた。


「自身を強くすることに使いたい場合、魔石を胸の辺りにかざします。試しに一回、私がやってみましょうか」


 そう言うとユシアは手の平を上向きに前に出した。

 するとエフェクトと共に魔石が具現化してきた。

 その魔石を両手で持ち、自身の胸の辺りに置き、目を瞑る。


「……」


 俺は成り行きとはいえ、ユシアの胸の辺りを見ることになる。


 ユシアの胸は小さくはなく、かといって巨がつくわけでもなく、何と言うか、ちょうどいいサイズ……。


 そう言えば、ハルはどれくらいだろう……。


「……」


 無意識にチラッと横目でさっきまで男だった女の胸元を確認してしまう。


 ……学ランのせいで着痩せしていてわからぬ……。


 いやいや、何を考えているんだ俺は……!


 邪念を振り払うべく頭を軽く振る。


「……」


 ユシアがその体勢のまま、少し経つと魔石が光を放ち始めた。

 光は強くなった後、弱くなり、最後には魔石ごと消えてしまった。


「ま、こんな感じです。簡単でしょ? 魔石を使えば魔力が高まります」


「魔力が高まると、どうなるんですかね?」


 ハルが尋ねる。


「魔力は全ての源です。おもに身体能力の向上と魔法の取得、強化ですね。どちらにより多くの魔力が使われるかはその人の特性に依りますが」


「魔法!?」


 ハルがテンション高めに聞き返す。


「あ、はい……魔法です」


「俺達にも使えるんですかね?」


「戦士特化の才でなければ、大なり小なり使えるとは思いますが、こればかりはやってみないことには……」


「じゃあ、やってみようかな!」


 前のめりのハルにセナが尋ねる。


「その前に魔力指数を測定してもいいだろうか?」


「魔力指数?」


 セナが測定を申し出た聞きなれない数値についてハルが聞き返す。


「はい、その人が持っている魔力の総量を1から100の数値で表したものだ。簡単に言えば、その人の強さの〝レベル〟を測ることができる」


「まぁ、よくわかりませんが、測ってもらっていいですよ」


 ハルが軽い感じで承諾する。


「ありがとうございます。それでは……」


 そう言うと、セナはハルの目の前に立つ。


「えーと……」


「失礼致します」


「!?」


 セナは自身の両の手をハルの方に向ける。


「えーと……」


魔力指数レベルを測定する……少し我慢してくれ」


「あ、はい……」


「少し時間掛かるし、こっちも一緒にしちゃおっか?」


「へっ!?」


 ユシアが少し身を屈めるようにして、俺の方を覗き込むようにして尋ねる。


「はい! 手を繋いで!」


 そう言うと、ユシアはこちらの返事を待つこともなく、俺の両手を取る。


「え? 手を繋ぐんですか?」


「あ、うん。私はセナよりちょっと魔力指数レベルの測定が苦手でね……こうして直接、触れた方がやりやすいんだ」


「な、なるほど……」


「痛い物じゃないから、緊張しなくて大丈夫だよ」


「は、はい……」


 痛いのが怖くて緊張しているわけではないんです。

 ふと、ハルの方を見ると、なぜかこちらを無表情で見ている。

 ちょ、ちょっと怖いのだが……。


「…………っ!? ユシア……この方……!?」


 セナが明らかに動揺しているように声を上げる。


「うん……驚きだよ……」


 ユシアもそれに同調する。


「ど、どうだったんですか……?」


 ハルが尋ねる。ハルも心持ち、緊張しているように見える。


「ハルさんの魔力指数レベルは……1だ」


「えっ……? 今、なんと?」


魔力指数レベル1だ」


 ハルは、ガーンという効果音でも聞こえてきそうな絶望的な表情を見せる。


「兄貴は!? ユシアさん、兄貴はどうなんですか!?」


「アオイさんも魔力指数レベル1です」


「やったぜぇ!!」


 ハルは仲間がいて安心したのかガッツポーズする。

 いや、お前、喜び過ぎだろ。


「ぷぷ……兄貴……雑魚……」


 いや、お前も同じ魔力指数レベル1だろ。


「でも、えーと、つまり俺らは雑魚ってことですか?」


 妙なテンションのハルは放っておいて、俺はユシアに尋ねる。


 二人は、どうしたものかとでも言うように、お互いを見合うが、ユシアが口を開く。


「アイロンクラッド・ドラゴンのAランクの挑戦推奨レベルは70です」


「っ!?」


「これがどういう意味か解りますか?」


 ユシアは少し真剣な顔付きになる。


「君達が身に付けているというステルス・アーマーは、最低でもレベル70相当の武力を有しているということですよ」


「……」


 ユシアの真剣な顔を見れば、なんとなくわかる。

 それがきっとすごいことなんだろうなってことが。

 しかし、すまない……さっきから、いまいち話が頭の中に入って来ないのだ。

 先刻、ハルがあんなことを言ったのが悪い。俺は未だにそれを引きづっている。

 そう、俺の頭の中は、プニュプニュのことで一杯だった。

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