03.はにゃん

「はぁ……はぁ……楽になった……」


「「っ……!?」」


「……あのさ……兄貴、俺の声……少し高くね?」


「声っていうか……もう全体的に……」


 そこには帰ってきて着替えもせずにユナイトをしていたハルと同じ少し丈の長い学ランを着た少女がいた。


 髪色はハルと同じ黒……肩より少し長いくらい……。


 俺と同じくらいだった身長は少し低くなっている。


 明らかにハルの面影がある。

 言ってしまえば、かなり可愛……いや、それを認めてしまうのは何か道徳的に非常にまずい気がする。


「うおぉおおおおお! 何じゃこりゃー!?」


 ハルは自分の身体を触り始める。


「なっ……こ、これはおっ……おっぱい……!? な、ない……ないぞ!」


 ハルは下腹部をまさぐるように確認する。


 その光景は、見ているこっちがかなり恥ずかしくなり、思わず目を逸らす。


「どうなってんだこれ……! どうなっ……ぁんっ……」


「!?」


 俺はハルが少し高い声をあげたことに驚き、彼……いや、彼女の方に逸らしていた目線を向ける。


 先程までせわしなく動いていたハルは動きを止め、赤面しながらモジモジしている。


「どうした……?」


「い、いや……想像以上に、はにゃんってなってびびった……」


 なっ、何言ってんだこいつ……。


「って、兄貴……! 大変だ……! 上半身にないはずのものがある。下半身にあるはずのものがない!」


「す、すまん……」


「へ? 何で兄貴が謝るん?」


「い、いや……」


 なんか謎のスロットがあったが、あれのせい……だよな……?


「えーと、実を言うと、俺の特別ボーナス特典が〝パートナーが性転換!〟だった」


「ふぁっ! マジかよ……! 義弟が義妹になっちまったってかぁあ!? ふざけんなぁあああああ!」


「す、すまん……本当にすまん!」


「なぁ、兄貴……俺はこの先、どうすりゃいいんだ……?」


「へ……?」


「兄貴は……兄貴はこれまで通り、接してくれるよな……?」


「あ、あぁ、もちろんだ……」


 それを聞くと、ハルの表情はいくらか晴れる。


「なるほど、しかし、俺はどんな顔になったのだろうか……兄貴、どうだ? 俺の顔は? 可愛いか?」


「えっ!?」


 ハルはずいっと顔を近づけてくる。


「……っ」


「おーい、どうなんだよー」


 思わず顔をそむけてしまった俺に、ハルはいたずらな口調で言う。


「ははーん、さては兄貴、照れてるな?」


「なっ……!」


「やーい、照れてるー、照れてるー! ざっこ!」


 こいつ……。


 いや、でもまぁ、冷静に考えると中身はハルだしな……。


 そんなに焦ることもないか。


「まぁ、でも普通に可愛いんじゃね?」


「へっ!?」


「どうした?」


 ハルは虚を突かれたような顔でなぜか少し赤面している。


「い、意外と……照れるもんだな……」


「はぁ……」


「だ、だが……俺はあくまでも心は男だ。男を貫くぞ!」


「左様か」


 まぁ、注意事項によると……、


 ============================

 ■注意事項

 この世界でキルされると現実に戻ります。

 その際、特別ボーナス特典は消滅します。

 ============================


 キルされたら現実に戻り、その際、特別ボーナス特典は消滅するようだ。


 つまり、俺がキルされたらハルは元に戻るということだろう。


 この注意事項を信じるならば、そこまで心配しなくてもいいのだろうか。


 ん……? しかし、勝ってしまった場合はどうなるのだろうか……?


 そんなことを考えているその時であった。


 グギャアアアアアア!!


「……っ!?」


 付近から、けたたましい咆哮ほうこうのようなものが聞こえてくる。


「あ、兄貴……これ、なんだろう……? 人って感じではなさそうだけど……」


 更に、パキパキと森に落ちた木々が踏み鳴らされているような物音が聞こえてくる。


 厄介なことに、その物音は徐々にこちらに近づいて来ている。


「わぁああああああ!!」


 すると、なぜか騎士風の装いをした女の子が一人、叫びながらこちらに向かって走ってくる。


「だからドラゴンは止めた方がいいって言っただろうーー!!」


 騎士風女の子を追うように、もう一人……。

 魔法使いっぽい……こちらは男性が、やはり叫びながら走ってくる。



 ……ドラゴン……とは?



 と、思っていると、騎士風女子、魔法使いっぽい男性の二人に続いて、ドラゴンが現れる。


「えぇ……」


 何がどうなっているんだ? という気持ちが声になって漏れる。


 ドラゴンは体長10メートルくらいであろうか。


 翼があり、シンプルなドラゴンの形状をしているが、鱗はゴツゴツしており、いかにも防御力が高そうだ。



「……っ!? 君達! こんなところで何を!?」



 後から追い掛けてきた方の魔法使いっぽい男性がこちらに気付き、叫ぶ。


 この二人は、NPCであろうか?


 言葉が通じるということはその可能性も十分あり得る。

 しかし、ユナイトの自動翻訳エンジンが作動しているのかもしれない。


「ハル、どうする?」


 俺はハルに尋ねる。


「と、とにかく助けるぞ!」


「……あぁ」


 まったく状況が呑み込めていないがひとまず同意する。


「兄貴もあの二人のこと守ってくれよ!」


「……わかった」


「き、君たち! 危険だぞ! 武具も持たずに! あいつはAランクモンスターのアイロンクラッド・ドラゴンだぞ!」



「うぉおおおおおお!」



 魔法使いっぽい男性の言葉を無視するように、ハルが前に飛び出す。


 俺がハルの代わりに返答する。


「装備ですか? 実はしてるんですよ。見えないかもしれないですが」


「え……? どういう……」


 魔法使いっぽい男性が困惑の表情を浮かべている。

 しかしその間にも、ドラゴンがハルに狙いを定めて、飛行しながら突進してくる。


 ハルはそれに照準を合わせるように右のてのひらを前に出す。


「よし……俺も<ステルス・アーマー>は使えるみたいだな……」


 ハルの女体化により少し細くなり可憐さを帯びた右腕。

 その周りに赤い装甲が浮かび上がる。



「……くらえ」



 ドラゴンと交差する刹那。

 その可憐さからは考えられない程、荒々しく、渾身の右ストレートをドラゴンの顔面に叩き込む。


 連続した爆音と炸裂音、うめき声が辺りに響き渡り、ドラゴンは激しい爆発と共に炎に包まれる。



「え……」



 魔法使いっぽい男性が驚きの声をあげる。


 ドラゴンは地上に失墜し、しばらくもがいた後、あっけなく動かなくなった。



「うそ……あの鎧竜を……瞬殺?」



 最初にドラゴンから逃げてきた騎士風の女の子も驚きの声をあげる。

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