第6話
どきどきしながら頷くと、これまでにない距離で類の顔が近づいてくる。目を閉じると、唇が触れ合うのを感じた。類ってば唇まで冷たい。
「美結が欲しかったのは、こっちのキスですか?」
「そうだよ。一回でわかってほしかったな」
「ごめんなさい」
うなだれる類の頬を両手で包んで、今度はこちらからキスをする。意外と難しくて、類の高い鼻にぶつかって、笑った。そのまま何度か啄むようにキスを重ねる。これはもしかすると今日するのだろうか。そう考え始めたわたしの思考を止めるように、事件は起こった。お腹の虫ががきゅるる、と鳴いたのだった。
「ご飯、食べますか? 少し用意してきたんです」
恥ずかしくて俯いたわたしの頭を類が優しく撫でる。背負っていたリュックサックからタッパーがいくつか出てきた。さすが類だ。準備が良すぎる。出てきたのは、わたしが残した夕飯と、保冷バッグに入った小さい魚だった。
「これ、もしかして……」
「はい、キスです。こっちも一応用意しておきました。通りかかったお店にちょうどあったので、思わず買っちゃいました。今日は塩焼きでいいですか?」
真夜中の夕飯を済ませると、類は身支度をして帰ろうとする。
「帰るの?」
「はい。美結の顔が見れたので」
「もう遅いし、泊っていけば?」
「じゃあそうします」
引きとめたものの、類の家のベッドとは比べ物にならないくらい狭い。身を寄せ合うようにしてふたりでベッドに横になる。思い切って類に抱きついてみると、優しく抱きしめ返してくれた。
「美結、おやすみ」
今日こそは類の寝顔を見てやろうと思っていたのに、類におやすみと言われると途端に眠くなってきた。目蓋が重くなってきて、いつの間にか眠ってしまった。
◇◇◇
付き合い始めてから三か月が経ち、たまにしか帰らない自分の部屋は引き払っていた。あの一件以来、類からキスはしてくれるようになったけれど、そこからの進展はなく。類の寝顔もまだ見ることのできないままだ。
「へえ~、じゃあキスはしてくれるようになったんだ」
「そう、キスはね。その先はまだ」
なずなに近況報告をすると『大事にされてるんだね』とにやにやされる。今日も卵焼きはなずなに一切れ奪われてしまった。
「もう三か月かあ。そしたら、そろそろ次に進みたいよね」
「そうなの。でもなかなか難しくて。ベッドに入ると催眠術かけられたのかって思っちゃうくらいすぐに眠くなるんだよね」
「何それ。まあでもさ、何も寝る前じゃなきゃいけないって決まりはないじゃん?」
「そっかあ。たしかにそれもそうかも。また頑張ってみる」
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