第4話

 それから類の唇を奪う隙をずっと狙っている。寝込みを襲うのが一番楽そうなのに、夜更かししてみても類はわたしより先に布団に入ることはなかった。


「ねえ、類。わたしも何か手伝おっか?」

「大丈夫ですよ。美結はゆっくりしててください」


 料理中の類の背中に勇気を振り絞って声をかけたものの、敢え無く撃沈。横に並んでさえいれば、不意を衝いてキスできるかと思ったのに。


 キスのことばかり考えているからか、食事中に向かい合っていると、類の唇ばかり見つめてしまう。キスするのってこんなに難しかったっけ。過去に付き合った恋人とはどうしていたのか思い巡らすと、大抵相手のほうからしてくれていたから、自分からしてみようだなんて思ったことがなかった。


「美結? 今日のご飯、口に合わないですか?」

「そんなことないよ。美味しい。美味しすぎてちょっとトリップしてた。ごめん」

「それならいいのですが。最近の美結はなんだか元気がないので、心配です」


 箸を置いて心配そうに見つめてくる類に申し訳ない気持ちになる。わたしの頭の中は『どうしたら類とキスができるのか』なんて不純な気持ちでいっぱいなだけなのに。


「類、あのね、わたしね。キス……したいの」

「キスですか。いいですね」


 心臓が口から飛び出るくらい緊張して打ち明けたのに、まるで明日の夕飯のリクエストをしたときのテンションじゃないか。けれど、断られなかったことに安心する。


「え? いいの?」

「もちろん。ただ、今のシーズンは出回ってますかねえ。探してみます」

「探す? 何を?」

「キスです。やっぱり天ぷらが美味しいでしょうか。シンプルに塩焼きも捨てがたいです」


 まさか、本当に夕飯のリクエストだと思われているだなんて。類はやっぱりわたしのことなんてどうでもいいんだ。料理のことしか頭にないんだ。目頭がじんと熱くなって、涙が溢れだした。


「美結、どうしましたか? 刺身のほうがよかったですか? 新鮮なものが手に入るといいのですが」

「違うよ。そうじゃない。もういい。天ぷらでも塩焼きでも好きにしたらいい。わたしはいらない。キスなんか、いらない」


 鞄を持って類の家を飛び出した。行く先はもちろん自分の家だ。まだ解約してなくてよかった。三週間ぶりの自室はなんだか広く感じる。電気をつけるとフローリングにうっすらと溜まる埃が目について、フローリングワイパーを引っ張り出して掃除して回った。床掃除が終わって手を洗うと、今度は洗面所の汚れが気になる。そんなふうに家中を掃除していたらあっという間に時間が過ぎた。


 風呂を沸かして肩まで浸かるとどっと疲れが出てきた。それに、猛烈にお腹が空いた。そういえば類の作ってくれた夕飯は半分も食べなかった。

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