第3話

◇◇◇


「え、それでいきなり一緒に住み始めたの? 大丈夫なの、その人」


 お昼休みに類が作ってくれたお弁当をつつきながら同期のなずなに一部始終を話したら、至極当然の反応が返ってきた。


「たぶん……? まだ前の家は引き払ってないし、やばかったら逃げるよ。でも、ご飯は本当に美味しいの。毎日幸せなの。わたしの胃袋は」

「へえ……あ、ほんとだ。この卵焼き最高に美味しい」

「あー、ちょっと、わたしのなのに。ひどい」

「いいじゃん、もう一切れあるし。それに帰ったら食べられるんでしょ?」


 そうだけど。類の作る料理を少しでも食べられないのが悔しいんだ。毎食残さず食べていたものだから、たった二週間でお腹周りがひと回り大きくなったような気がする。


「料理以外はどうなの? どんな人なの?」

「うーんとね、いつ寝てるかわからないんだよね。いつもわたしのほうが先に寝るのに、朝起きるとすでに朝食作ってる。それから、冷たい」

「冷たい? 大丈夫なの? やっぱり心配だよ」

「あ、違うの。物理的にね。平熱低いのかな。手とかほっぺとか触るとね、いつもひんやりしてるの」


 物理的に、と言ったけれど、内面はどうなのだろうか。喫茶店の仕事もあるというのに毎食わたしの食事を用意してくれているし、体調にも気遣ってくれる。でも、それって彼氏というより母親みたい。手を繋いだことはある。ソファーで並んでテレビを見たりもする。付き合ってまだ二週間。いきなり同棲を始めたからには、いろんなことが一足飛びで進んでいくのかも、なんて期待と不安でいっぱいだった。それなのに、一向に距離が縮まない。ちっとも甘い雰囲気にはならない。


「キスくらいしてもいいのにな」

「え、してないの? 一緒に住んでるなんて言うからてっきり……」

「でしょ? わたしもそう思う」

「美結はしたいんだ?」


 そう問われて頷いた。たぶん、一目惚れだった。心配そうにわたしを見つめた瞳も、しゃんと伸びた背筋も、ご飯が美味しいと伝えたときの嬉しそうな笑顔も、全部愛おしいのだ。だからこそ、困った顔も見てみたいし、悩みとか辛いことがあれば打ち明けてほしいとも思う。もっと類のことを知りたいんだ。


「それならさ、美結が押せばいいじゃん。まずはキスから。向こうも遠慮してるだけかもしれないよ?」

「……うん、そうだよね。頑張ってみる。ありがとう」

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