第2話
すっかり胃袋を掴まれたわたしは、仕事帰りに毎日のようにその喫茶店に訪れるようになった。店員さん、もとい、
定番メニューは早々に制覇し、最近では日替わりメニューを楽しみにしている。昨日は会社の同僚に食事に誘われてしまい、来られなかったのが悔しくて堪らない。
「こんばんはー! 今日も日替わりお願いします」
「かしこまりました。本日の日替わりは白身魚の香味ソース掛けです。食べられないものはありませんか?」
「大丈夫です。ちなみに昨日は?」
「昨日ですか? ビーフシチューでしたね」
なんということだろう、ビーフシチューを食べ逃したなんて。がっくりとうなだれるわたしを慰めるように「また作りますね」と安藤さんは声をかけてくれる。安藤さんが作る料理はどれも美味しい。今まで食べてきた一番美味しいものを次々に塗り替えていく。
「はーあ、毎日安藤さんのご飯が食べられたらいいのに」
「いいですよ」
ひとり言のような呟きに返事をされて驚く。思わず声のほうに振り返ると、安藤さんはすぐ近くの席に座り、こちらを見て微笑んでいた。思わず心臓が跳ねる。今更だけど、安藤さんの顔は少々整い過ぎてはいないだろうか。見目麗しく、気遣いもできて、料理もものすごく美味しいだなんて。こんな人と結婚出来たら、毎日幸せなんだろうなあ。脳内では帰宅したわたしに完璧スマイルで美味しい料理をサーブする安藤さんの姿が勝手に再生されている。
妄想にふけりながらぼんやりとしていたわたしの目の前で、安藤さんが手をひらひらとさせた。そうだ、安藤さんに返事をしていなかった。
「あの、わたしが言ったのは朝も昼も晩も安藤さんのご飯が食べたいってことで」
言ってしまってからしまったと焦る。妄想を口に出してしまうだなんて恥ずかしすぎる。
「はい。いいですよ。自分が作った料理をこれほど美味しそうに食べてくれる人はあなたが初めてです。ぜひ、作らせてください」
「えっと、わたしは安藤さんの料理も、会ったばかりですけど安藤さん自身も好きで……その、お付き合いしてくれませんか?」
一歩間違えたら二度とこの店に来られなくなるようなことを訊いているという自覚はあった。けれど、安藤さんの思いがけない返答に驚き、戸惑い、心の中で思ったことがすべて口から出てしまう。
「はい。もちろんです。どうしますか? 僕があなたの家に行ってもいいですが、あなたが僕の家に来たほうが万全の状態で料理が作れます」
「えっと、じゃあわたしが行きます……?」
急展開も甚だしい。常連客と店長の関係が一気に恋人になって、いきなり同棲まですることになるなんて。彼の表情を見る限り、冗談で言っているわけでもなさそうだ。
「あなたの名前を訊いてもいいですか?」
「
「美結。可愛い名前ですね。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。安藤さん」
差し出された手を握ると、優しく握り返される。さらりとした手のひらは、ひんやりと冷たくて気持ちが良かった。
「僕のことは
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