マイ・クール・ラバー
桃園すず
第1話
「何か嫌なことでもありましたか? 元気の出る料理でも作りましょうか」
仕事で凡ミスして、上司にしっかり叱られて、へこみながらなんとなく立ち寄った喫茶店。お水とメニュー表を持ってやってきた店員さんが心配そうにわたしを見つめている。初めて来た客にこんな優しい言葉をかけてくれるなんて、あったかいお店だ
なあ。
「お願いします。お肉、食べたいです。ありますか?」
「ええ。ハンバーグはどうですか?」
「ハンバーグ! 食べたいです」
「わかりました。すぐ用意しますね」
テーブルの上に置かれたグラスに手を伸ばしながら、立ち去っていく背中をぼうっと見送る。あの店員さん、すごく姿勢がいいなあ。疲れているとどうにも頭の悪そうな感想しか出てこない。それに『お肉食べたい』とか喫茶店で言っちゃうわたし、なんなの。肉食べたいなら焼き肉屋でも行けよ、とか言われなくて本当によかった。
手持ち無沙汰になってしまって、開かずにいたメニュー表を広げてみる。ハンバーグがちゃんとお店のメニューとして存在していたことにほっとした。フードメニューが意外と豊富だ。ハンバーグが美味しかったら他のものも食べてみたい。なんなら制覇したい。
「もう少しかかりそうなので、サービスです。カフェラテ、飲めますか?」
「いいんですか? ありがとうございます。いただきます」
食い入るようにメニューを見ていたから、店員さんが来ていたことに気づかなかった。肉食べたいとか、メニューガン見とか、恥ずかしいことばかりしている気がする。取り繕って返事したけれど、食い意地張ってる女ってイメージがもうついてしまっただろうなあ。
カフェラテをひと口飲むと、ミルクの優しい甘みが口いっぱいに広がる。店内の雰囲気も、店員さんの気遣いも、カフェラテの温かさも、全部優しくて。落ち込んでいた気持ちはハンバーグを食べる前にすでに吹き飛んでいた。寧ろ、ハンバーグのことしか考えられない。
じゅうじゅうと鉄板の上で焼いている音が聞こえ、食欲をそそる匂いもしてきた。口の中に唾が溜まる。無意識に厨房を見つめていたら、店員さんが出てきて目が合ってしまった。目を逸らすのも失礼な気がして、軽く会釈をしてからテーブルの上を片付けた。
「おまたせしました。熱いので気を付けて召し上がってください」
「いただきます」
熱々の鉄板の上で、デミグラスソースが少し焦げて香ばしい匂いをさせている。上に乗ったチーズはとろりと溶けてハンバーグを覆い隠している。ナイフを入れると、じゅわりと肉汁が溢れだした。ひと口分をフォークに刺して、口に運ぶ。
「なにこれ……こんなに美味しいハンバーグ初めて食べた!」
「大袈裟ですね。でも、嬉しいです。ありがとうございます」
「また来ます。絶対!」
「はい。お待ちしております」
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