形知らずの鬼

銀満ノ錦平

第1話 洞穴

私は今、目の前の鏡を見ている。

その姿はただ私が姿勢よくご飯を食べているようにしか見えない。

実際に食べているのでそこは間違ってはいないが何を食べているかが鏡越しではわからない。

鏡の向こうの私も同じものを食べているのだろうか…そう考えていても仕方ないと思いながら私は食事をする。

味はしない…訳では無いがしなくもなくだからといって不味いというわけでもない。        ただ食べている、食事をしている、ものを食べている それは生物の本能で頭の中ではこれを食べればお腹が膨れる。                そこに感情などはない…美味しいまずいはあくまで生物の感情で起きていることであってほんとなら不味かろうが美味しかろうが食べればいいことである…と私は今は思う。                ただその感情に今浸っているわけではない、今は食べているものと一身に浸っている、兎に角一回一回丁寧に咀嚼をする。

私が今食べているものが心身に染み渡るように丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に丁寧に…。

周りには綺麗に拭き取ったであろう血の後はまだ残っている。

臭いは感じない、血の臭いには慣れている…がそれでもいつもと違う雰囲気を感じる。骨もまだ残っている。これをどうしようか、その辺りに捨てるのは無理だろう。なら今度外出たときに捨てよう。ほんとはこの骨も身体に染み渡らせたい。けどそこまではできない。なら捨てるしか無い…そこは仕方ない、仕方ないんだ…だがこれだけは捨てれない。 私の目の前にあるモノを見ながら、そこにあるモノと眼を合わせた。

とても綺麗なまるでガラス玉のような眼がこちらを無表情で見つめている。息をする動作も痛がる動作もしていない…ただじっとそれを見つめながら彼女を食べている。彼女が食べているのを彼女が見つめている…不思議な光景だろうが逆に私は嬉しかった。

自分が彼女を食べているのを見てくれている、身体が一つになる瞬間を見続けてくれている。

それを感じると少し咀嚼が早くなった。興奮している、満足感が溢れてくる、こんな凡庸な自分がこんな美を集結させたような彼女の頭に見られながら…

たった数週間だけの同棲だったけど愛情とも言えないなにか特別な感情を抱いていたことは彼女も分かっていた。

ただそれはお互いに身体を抱くとかまぐわいとかそういうものではなかったのは言わずとも感じていたと思う。 

彼女はその時まではごく普通に私と生活を共にしていた、なんでも何処かの小金持ちのお嬢様だかでとある理由で家出をしたと言っていた。

あの日の夜…外は少し雨が降っていた。

雲が空を覆っているのかとその時は感じながら一人自宅に帰宅していた。

周りは可もなく不可もなくみたいなただ都会というほどでもないが田舎と云われると考え込むくらいにはちょこちょこと建物があり生活には困らないレベルの場所である。

なので人通りも多くはなく場所次第だと一人で歩いいるなんてこともある所で、そんなところをいつも歩いていた。

「今日も疲れた。…いつもいつも日が沈む時間まで働くのは疲れる。…」と小言を言ってたと思う。

私は一人で歩くときでも少し下を見ながら歩いてる。人と眼を合わせるのが嫌いなので人通りの多いとこでも下を見ながら歩くが一人の時でも下を向く。

なんというか世界の風景でさえも眼に見えてしまいそれがとても辛かった。

仕事場でもなるべく人と眼を合わせるのを控えてる。

ただ仕事上どうしても眼を見て合わないといけないからプライベートの時はほんとに人と眼を合わせないように、背景に目を向けないようにしている。

ただそんなことをしてもこの背景や人は消えてはいない。

眼は本当に嫌だ、眼を合わせることと背景というものが嫌だ、けど人体の構造的に障がいや意図的に眼を潰さない限り世界が見えてしまう。眼を取りたいなんて思わない。痛いのは嫌だ、だから潰さないだけ。

家にもテレビもない、たまにテレビの画面が眼に見えてしまう。テレビに見られてるようで今情報はラジオで聞いている。

新聞も一時期取っていたが文字が眼に見えてしまい取るのもやめた。

そんな見られるというのが嫌になり…しかしこの世で生きる限りは見なければならない…。

人としては必要だけどなんというか感情というか心というか意思というかその面に関しては反発してる。眼と感情が合わない。眼を無くしたい気持ちと眼がなければ生きられないと思う気持ち、眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼…

そう思いながら歩いていた時、眼の前に少し人の気配があり顔を上げた。

とても綺麗な顔をしていた。雨の日の夜というのに顔が光ってる様に見えた…。

人を見るのが嫌な私がその時は眺めてしまった。その時はくっきりと憶えてる。

二重で眼もくっきりとしていて鼻も小さいながらも綺麗で愚痴もとても綺麗としか言えないものだった。 

服は女子高生の制服を着ていた、黒色だったからより顔の印象を強く感じた。

その女性は少し息を切らしていた。 

まるで誰かから逃げてきた様な…そんな雰囲気を出していた。

私は何か嫌なことに関わりそうだから無視しようとしたが眼が離れられない、とても綺麗な顔だ…初めて人をここまで見てしまってたかもしれない…。

するとその女性は私を見て近づいてきた。

私は焦りを見せたが顔を見つめ続けてしまい女性が目の前まで来た時に私にこう言ってきた。

「私を食べてほしい」 



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