クリスマスプレゼントを開けてみたら国が滅びました ~ 大好きなお姉ちゃんが婚約破棄されて修道院送りになりました。優しいお姉ちゃんの親友に便利な魔法を教えてもらったのでお姉ちゃんを助けたいと思います~

ヒデミケ

クリスマスプレゼントを開けてみたら国が滅びました ~ 大好きなお姉ちゃんが婚約破棄されて修道院送りになりました。優しいお姉ちゃんの親友に便利な魔法を教えてもらったのでお姉ちゃんを助けたいと思います~

 わたしには、胸に秘めた想いがある。


 でもそれが、叶う事はないだろう。

 何故なら、わたしに望まぬフィアンセが現れたから。

 わたしの家柄は、古くから王家に尽くしてきた子爵家。

 その結果、筆頭子爵の地位を築き、国家からの信頼も厚い。

 当然のごとく、ルシェ王国第一王子アーク殿下の婚約相手に、わたしは選ばれた。

 お父様、お母様は多いに歓び、無事婚姻すれば、これ以上ない栄誉となる。

 家の栄華が約束されたようなものだから。

 お父様、お母様、それに出来は良くないけれど、誰よりも優しい弟……リオンの為にも、この婚約は受け入れなければいけない。


 だから、わたしはあなたへの想いは封印します……先生……


 

 ☆



 ルシェ王国の文官ライナーは、新年早々頭を抱えていた。

 1000年に一度という新年を祝うミレニアムパーティーで、事件が起きたのだ。

 陛下が外遊中で不在の今、どうにか穏便にイベントは済ませておきたい。

 そう思っていた最中、王太子殿下であるアークが、伯爵令嬢のフィアンセ『エリシア』に対して”婚約破棄”を告げたのだ。

 この令嬢は、非常に生真面目で、その美貌にも定評がある。穏やかな所作でいつも優しい印象だ。

 婚約破棄されるような性向はないはず。


 そう思いながらも、終始殿下に寄り添っていた、ブルーの巻き髪の令嬢サーシャを思い出した。

 明らかに女性に手癖の悪い殿下に取り入った感じだが、なんでもエリシアに執拗なまでの嫌がらせを受けていたというのだ。


 昨年クリスマスイブに行われたクリスマスパーティーには招待こそされてはいなかったが、エリシアの親友と言う事で同席し、その際初めて会ったというのに、殿下の彼女への熱の入れようはすさまじかった。

 そこに嫉妬を覚えたエリシアが、親友といえど逆上し、度重なる虐めに走ったということだった。


 ――そして、ついに雪の積もるある日、サーシャがひどい有様で城門に現れた。

 冬休み中であったがエリシアに公園に呼び出され、ナイフで脅され、可愛く着飾ったワンピースを切り刻まれたあげく、近くの畑に連れていかれ、備え付けの肥溜めに突き落とされたというのだ。


 直接彼女から、このあり得ない所業を聞いた殿下の怒りは最高潮に達し、新年早々皆が集う中で、エリシアを公開断罪した。おめでたいはずの新年ミレニアムパーティーという場にもかからわずだ。

 陛下が不在である今、こんな事があってはならないのに。

 文官であるライナーは状況報告と、傘下の貴族達に速やかな通達の任がある。


 この先考えるだけで、憂鬱なのだ。


 しかも彼は今、国立貴族学園初等部三回生の冬季休業の課題チェック中だった。

 これは公務の一つであり、職員不足解消にも繋がるのだ。子供の課題の添削だからと言って手は抜けない。長期休暇の課題添削はライナーの重要な仕事になっていた。

 その中でも今は、もっとも子供たちの冬休みの生活を、垣間見れる日記を読んでいる最中だった。


 そして……じっと見つめる先はある男子生徒の日記だった。


 婚約破棄だけで、神経がすり減らされるのに、まさか子供の日記で背筋を凍らされることになるとは……



 ――――――――――


 氏名:リオン・アルフレッド



 ・12月24日(土)


 ――僕にはとっても優しいお姉ちゃんがいます。

 16歳のエリシアお姉ちゃんは僕の宿題をいつもやってくれるので、とっても頼りになって大好きです。

 なんでもうちは”伯爵”という結構えらいお家だそうで、エリシアお姉ちゃんは、王国王子様のお嫁さんに行くことが決まっています。


 そんなエリシアお姉ちゃんには、すごく仲良しのお友達がいます。

 サーシャ・ノワールというブルーの巻き髪のとっても美人のお姉ちゃんです。

 サーシャお姉ちゃんは、”男爵”という家柄ですが、いっつも綺麗な恰好で、僕ともよく遊んでくれます。とっても器用でなんと魔法が使えるそうです。


 今日はお城でクリスマスパーティーがありました。僕もエリシアお姉ちゃんの弟として同席することになりました。

 それを知ったサーシャお姉ちゃんに、お礼に一つ魔法を教えるから、わたしも連れて行ってとお願いされ、エリシアお姉ちゃんに相談して、一緒に行くことになりました。

 サーシャお姉ちゃんはすごく綺麗なドレスを着ていつも以上に可愛らしく見えて、王子様も目をハートにして喜んでいました。

 二人はバルコニーへ出ていっていい雰囲気になっていました。


 お嫁に行くのはエリシアお姉ちゃんなのになぁ……


 でも約束通り、帰りにしっかりサーシャお姉ちゃんには魔法を教えてもらいました。

 なんでも決定的瞬間を抑えられるすごい魔法みたいです。

 すごくわくわくするので、冬休みの間、毎日練習することにしました。

 サーシャお姉ちゃん、便利な魔法教えてくれてありがとー!



 ・12月25日(日)


 今日は、朝からお外に雪が積もっています。

 とっても綺麗で、エリシアお姉ちゃんと、雪だるまを作りました。

 何だか、よく学園に授業を教えにきてくれるいつも怖顔の文官様にそっくりになってしまいました。

 でも僕にとっては正義のヒーローみたいにかっこいいです。


 そして、昨日ドキドキして開けられなかったクリスマスパーティーのプレゼント交換で、もらったプレゼントを開ける事にしました。

 初等部以下の子供達だけでのプレゼント交換でした。

 僕は大好きなクマのぬいぐるみをプレゼントに持って行ったのだけど、誰がうけとってくれたのだろう。

 あとおかしな事に、プレゼントだけ1つ余っていました。

 僕がもらったのは、ピンクのリボンがついた青い小さな箱でした。

 ドキドキしながら開けると……


 1枚のクリスマスカードだけポツンと入っていただけでした。


 たったこれだけで何だか気持ちが悪い気がしたけれど、折角のプレゼントなので取っておくことにしました。

 ゲームとかが欲しかったなぁ……



 ・12月28日(水)


 今日は、サーシャお姉ちゃんを公園で見つけました。とっても可愛い恰好でした。

 僕がよく友達と行く公園だったので一緒に遊ぼうよと声をかけようとしたら、物陰に隠れて、その綺麗なお洋服を切り刻んで、なにかつぶやきながら去っていきました。

 とっても悪そうな笑い方だったので、気になってついていくと、畑の肥溜めに今度はダイブしました。


 これは大変だと思ったけれど、とっても臭いので、僕はそのまま声をかけられずサーシャお姉ちゃんを見送りました。

 サーシャお姉ちゃんは笑いながら走ってお城へ向かっていきました。

 すごく凄惨な光景でした。


 気が狂っちゃったかもしれないけど、僕はサーシャお姉ちゃんも大好きです。

 便利な魔法を教えてくれたから、感謝で胸が一杯です。

 でもやっぱり一番はエリシアお姉ちゃんです。



 ・1月1日(日)


 今日は、初等部の皆で集まり、新年ミレニアムパーティーに行きました。

 僕のちょっと気になっているアンナちゃんが、なんと僕のクリスマスプレゼントのクマを持ってきました。

 当たったのアンナちゃんだったんだ。


 僕はすごく嬉しい気持ちになりました。

 大事にしてくれて嬉しいです。


 僕も出来ればアンナちゃんのプレゼントが欲しかったな。


 夜、エリシアお姉ちゃんが、お城のミレニアムパーティーから、泣きながら帰ってきました。

 お城の王子様に呼ばれて”婚約破棄”という処分を受けたみたいです。

 お父さんとお母さんが、今までないくらい怒っていたのですごく嫌でした。

 喧嘩しないでって言いたかったけど、聞いてもらえませんでした。



 ・1月2日(月)


 エリシアお姉ちゃんが、呼んでも部屋から出てきません。

 一緒にゲームやりたいし、宿題もたまってきちゃったのになぁ。

 今日は、ご飯抜きにされてしまったみたいで、心配だったので、エリシアお姉ちゃんのお部屋の前に、僕のおやつを全部置いてきました。



 ・1月4日(水)


 朝、お父さんとお母さんが、エリシアお姉ちゃんを連れて出ていきました。

 僕には何も言ってくれませんが、きっと修道院という所だと思います。

 アンナちゃんが悪いお嬢様は、みんなそこに連れていかれてしまうと言っていたからです。

 クマのぬいぐるみをすごく気に入ってくれて、お礼に教えてくれた秘密の情報です。


 エリシアお姉ちゃんは悪いお姉ちゃんじゃないのに。きっと何かの間違いかもしれません。


 早く帰ってきてくれないかな。



 ・1月5日(木)


 エリシアお姉ちゃん助けて~!

 冬休みの宿題が終わらないよー



 ・1月6日(金)


 もう時間がないんだ!

 こんな宿題僕には無理だよ!

 そうだ!

 サーシャお姉ちゃんに教えてもらった魔法でなんとかならないかなぁ。

 冬休み中ずっと練習していたんだ。


『書かれた文字に込められた記憶や強い思念を読み取る、及び自身の記憶や強い思念を文字に込めて投影させる魔法』


 これを使ってみようかな。


 ――――――――――



 ――日記自体はここで終わっているのだが……

 気になる文言があった。


(”なんでも決定的瞬間を抑えられるすごい魔法みたいです”――まさか!?)


 ライナーに宛てたメッセージとしか思えなかった。

 彼自身が使えるわけではないが、ライナーは知っていた。この魔法の読み取り方を。古文書で読んだことがあったのだ。

 対象となるのは、12月28日のサーシャの奇怪な行動。


 これが強い印象の記憶が込められた文字で書かれているのならば……

 読み取り方は、指先を筆跡にあてて、神経を同調させること。


 ――すると、艶やかなワンピース姿の少女が、くっきり脳裏に浮かんできた。



 ――サーシャ・ノワール。ミレニアムパーティーで、王太子殿下にひっついていたブルーの巻き髪少女だ。


 彼女は寒空の下、公園の物陰で自分のワンピースをカッターで切刻み、


「――これでわたしは最高の王子とお金が手に入るわ……」


 つぶやきながら、ほくそ笑み、トコトコ歩いて行く所から始まり、畑の肥溜めに豪快にダイブし、あひゃひゃひゃと笑いながら走って消える映像が確認できた。



 リオンは練習しなきゃと書いてあったが、見事に筆跡に紐づいた記憶映像を込められる魔法が施してあったのだ。


(――まさか、全ては姉を救う為、こんな遠回しの方法を?)


 ”気が狂っちゃったかもしれないけど、僕はサーシャお姉ちゃんも大好きです”


(全くよく言うよ……ご丁寧に相当強い思念まで込めてあるな……)


 なぞる指から稚拙に書かれた文章とは裏腹に、サーシャとアーク殿下に対する嫌悪がひしひしと伝わってくる。


(どうやらこの時点で既にリオンは、サーシャの策略を看破していたようだな……)


 彼がサーシャを本当に大好きであるのならば、たとえ臭かろうが、この奇行を放って見過ごす事などあり得ない。いや、そもそも彼女が自分の洋服を切り刻んでいるのを目撃した時点で、止めに入るだろうから。


 それどころかサーシャお姉ちゃん、便利な魔法教えてくれてありがとー! と感謝までしている。文章上は一切彼女を糾弾せず、あくまで『冬休み日記』として成立させようとしているのだ。”読み取り方”を知らない添削者にはただの子供の日記になるように……


(サーシャも、自分の教えた魔法で自滅とは……皮肉なものだな……)


 文章だけならば、子供の都合の良い戯れ言と切り捨てられかねない。

 だが、記録映像付きとなれば、話は変わってくる。


(初見で上手く、女癖の悪い殿下に取り入り見初められたサーシャであるならば、自作自演だろうがなんだろうが、そりゃあ、問答無用で官軍扱いだろうな……相当な勇気がいるであろう肥溜めにダイブした事で、エリシアの脅しが確固たる信憑性を持ってしまったのだろう……)


 ライナーは行動を起こす事にした。

 ……いや、動かざるを得なくなった。


(――だが、いや待てよ?)


 何故、ここまで物事を狡猾に考えられるリオンが、日記とはいえ余分な出来事まで書いている?

 全ての日付けに何かしらメッセージを込めているのではないか?


 ここで安易にエリシア救出に走ってはいけない気がしたのだ。


 リオンが魔法を覚えた直後となる、

 ”でも約束通り、帰りにしっかりサーシャお姉ちゃんには魔法を教えてもらいました”

 以降の文章をより詳しく読み解いてみる。


 12月25日(日)……”1枚のクリスマスカードだけポツンと入っていただけでした”


 そこを指でなぞった瞬間、ライナーは凍り付くような衝撃を受けた。

 内容は、クリスマスカードなんて、めでたいものじゃなかったのだ。



 ――――――――――


『遺書』


 これを受け取ってしまった方、先に謝らせて下さい。

 本当に……本当に……お気を悪くしてしまうものですので。

 でもこうでもしないと、平穏な死が迎えられない気がして……


 僕は、ルシェ王国第3王子のルークです。

 12歳で、4月からは貴族学園中等部に上がるはずでした。


 今こうして遺書として様々な秘密を暴露してしまうのは、王位継承権がほぼないから悔しくてというわけではありません。

 今までお兄様たちには、それなりに優しくしてもらっていました。

 そして……お父様にも。


 でも見てしまったのです。その本性を……

 ――ほんの出来心でした。

 昨夜、夜中におしっこがしたくて、お付きの侍女さんにも内緒でトイレに行こうとしたら、お城の地下の辺りから女の人の悲鳴が聴こえました。

 好奇心には勝てず、おそるおそる悲鳴の聴こえる場所に行くことにしました。

 どうやら囚人や、捕虜を閉じ込めるための地下牢獄からでした。

 今までもトイレで起きてしまう事はあったのに、どうして今日だけ?


 ガッチリ閉まった扉でしたが、僕は実は開け方を知っていました。

 その奥で見てしまった”凄惨な光景”がこの遺書を書くきっかけとなりました。


 とてもではないですが、これ以上の悲劇は見たくありません。

 王家の者として、力不足の僕を許してください。


 不幸にもこれを読んでしまった方。

 どうか子供の戯言としてこれを見た事読んだ事は、そのまま流して気にせずお過ごしください。

 ”読んだだけ”では、決して有効活用できるものではありませんし、”凄惨な光景”は見ずに済みます。

 その場合はどうか、読んだら必ず速やかに破り捨ててください。


 ただしもし、あなたがノワール家に伝わるあの魔法で、その効力を感じとる事ができたのなら、僕の死を以ってその信憑性が保証されると思います。


 このクリスマス会に来ていると言う事は、あなたは僕と同じ子供であり、子供特有の純真無垢な目で事態を判断できると思ったのです。

 そして、これが元で国が滅びるとしたら、それが王家の運命だったと証明できるでしょう。


 ――――――――――



(――嘘だろ?)


 今まで王家文官として必死に働いてきた。

 陛下には1点の曇りも感じられないどころか、国民の信頼は厚い名君だった。

 それが、その信頼が、もろくも崩れ去った。


 ただし……ここで全てを見過ごし踏みとどまる事にすれば、今まで通りの保証された生活ができるだろう。

 リオンは決して、ライナーに解決を強制はしていないのだ。

 何故なら、自身は読み取ったであろう『遺書』の核となる”凄惨な光景”を日記には開示していないから。


 “もう時間がないんだ!

 こんな宿題僕には無理だよ!“


 1月6日で彼が言及している宿題というのは、明らかに国家の闇を暴くという、とてつもない難題だった。1月5日の子供の宿題に対する口振りと、齟齬があり過ぎるのだ。子供のリオンにはいくらなんでも難儀過ぎる”宿題”だろう。


(……だが、ここまで導いてくれたリオン、君は間違いなく英雄だ)


 “何だか、よく学園に授業を教えにきてくれるいつも怖顔の文官様にそっくりになってしまいました。

 でも僕にとっては正義のヒーローみたいにかっこいいです“


 熱い言葉が痛い程、胸に突き刺さった。


(……分かったよ。リオン。俺がその宿題やりとげようじゃないか。先生としては失格かな?)


 苦笑いがこみ上げるが、もう文官にも先生にも未練はない。


(そうなると……彼なら入れたはずだ。

 もう一つのキーワード”凄惨な光景”を。

 何処だ?)


 …………

 …………


(……あった。12月28日だ!)



 “サーシャお姉ちゃんは笑いながら走ってお城に向かっていきました。

 すごくでした”



 最初は、サーシャの奇怪な行動の末路について凄惨な光景だと言及したのだと思っていた。


(最後の最後まで取るに足らない日記として切り捨てる選択肢を残してくれたようだが、生憎もう俺は”先生”ではないからな……)


 おそるおそるの”凄惨な光景”に指を押し当てた。

 うっ……禍々しさが脳裏に込み上げてきた……



 ――ここは地下牢獄だろう。

 今はほとんど使われていないはずだ。

 その一番奥の独房だ。分かりにくいが、石壁のボタンを押すと人1人通り抜けられるくらいの下り階段が現れた。

 これは言うまでもなくルーク王子の記憶。

 そして、下ったすぐ先に全裸の10代とみられる女性がうつ伏せに倒れていた。


(……遺書にあったルーク王子の聴いた声の主だろう。発声がここだったから、何とか悲鳴として聴こえたのだろうな)


 既に事切れていた。


 その先は、うす暗いがところどころ、松明に火が灯り、奥に続く。

 昔使われた脱出経路だろうか、記憶映像だけでもきな臭さが分かる。


 やがて、広間に差し掛かり、3人の男性、それに……なんと15人はいるであろう15歳~20歳と思われる女性が眼に入った。広間を呼称するならば、地下監獄だろう。

 ここでルークは岩陰に隠れたようで、気付かれないよう細心の注意を払っているのが分かる。

 分からないくらいではないが、映像がとぎれとぎれになるのだ。

 見つかったら、おそらく家族といえど亡き者にされるだろう。それぐらいの光景だ。


 そう、全裸の女性達を3人で凌辱し、廻しているのだ。


 直に見てしまったルーク王子は吐き気すら催すであろう光景だった。

 見るに耐えない光景だ。

 まさしく”凄惨な光景”だった。


 方向的には、修道院の方角へ地下通路が続くため、おそらくは修道院からアクセスも出来るのだろう。


(……悪いお嬢様は修道院でお仕置きってことなのか?)


 だが、これはお仕置きというレベルではなかった。

 正しく拷問であり、性奴隷なだけだ。



(何てことだ……)


 ライナーがもしこの遺書を知らずに陛下にエリシアの冤罪を申し出たとしたら、修道院行きとなったエリシアは一早く亡き者にされるところだっただろう。首謀者は他でもない陛下なのだから。


 これが何を意味するか……

 エリシアを助け出すには、国家の闇に立ち向かう必要があるということだ。

 人一人を助け出す為に、自分の地位立場、命まで全て投げ出す覚悟が必要なのだ。


(ふぅ……俺にとって、これは不運なのか、あるいは幸運なのか……腹を決めるか……)


 ただし、リオンは確信していたらしい。エリシアを助けると決めたならば、ライナーが最後まで日記のメッセージを読み解いてくれることを。


(逃げ道を与えながらも、思い通りに誘導するとは……やられたよ……やれやれだな。

 ――リオン! こうなってしまったからには、俺に任せておけ!)


 確かに時間はない。今にもエリシアに3人の毒牙が襲い掛かりそうなのだ。

 ライナーは、信頼のおける傘下の貴族達にこの腐った国家の黒い真実を告げた。

 急の事態である事を認識した当主たちは、領民、国民に直ちに公表。

 国家に武力による抵抗力はない。日々平和ボケした練度の低い兵士たちだ。

 領主達の必死に整えた豪華な兵種の敵ではない。


 ――賭けだった。

 ただし、ライナーの律儀な文官生命は、決して無駄ではなかった。彼は、自分が思う以上の信頼を、貴族のみならず民衆からも勝ちとっていた。


 世論は国王、及びアーク王太子、第2王子の許されぬ悪行の断罪を支持した。

 そこに情状酌量は微塵もない。


 そして、ついに正式なる国家裁判が開廷され、揺るがぬ証拠をつきつけられた陛下たちに、抵抗する術はなかった。


 地下監獄からは速やかに、恥辱を味わってしまった女性たちが助け出された。

 なんとエリシアが、苦境にいることも厭わず、女性たちを必死に介抱し続けたと言う事だった。

 その結果、カウンセリングは必要なものの城の牢獄の出口付近で息絶えた女性以外、全員の命が救われた。


 国王、及びアーク王太子、第2王子は斬首。

 その首は公然にさらされる事になった。

 これを目の当たりにした元来傀儡同然だった王妃は、たちまち体調を崩し、ショック死したという。

 サーシャは、心身を喪失し、改めて修道院に幽閉された。


 これを以って、ルシェ国家は滅亡した。


 ――議論は、亡き王国を今後どうするか?

 だったが、眼の肥えた貴族達も、世論も一番の立役者であるライナーを次期国王に推挙した。

 だが、元々ライナーは平和主義者。

 力推しの王国制度は好きではなかった。


 そこで、ライナーは信頼できる貴族領主と協定を結び、王制を廃し、ルシェ王国をルシェ連邦国へ改名することで合意した。

 初代連邦国盟主は、もちろん正義のヒーロー、ライナーだった。




 ――3年後、盟主執務室。


 ルシェ連邦国盟主ライナーは頭を抱えていた。


「あなた、お茶が入りました」


 美しい所作でテーブルにおかれた紅茶は格別だった。


「この問題が難しくてね……」


「――全くもう……盟主様ともあろうお方が……」


「……この連邦国の本当の英雄の為に、一肌脱ごうかと思ってね」


 覗き見してきた美しい女性がいる。エリシアだった。


「えーと……あら? 本当に難しいですね」


 苦笑いで応えるエリシア。


「でもさ、いつもやっていたんだろう? 彼の宿題」


「そうね。よくあなたに二人して呼び出されて怒られていましたものね……ふふ」


 話しながらも二人して、彼の初等部6回生の宿題を前に大真面目に頭を抱える結果となった。


「国を滅ぼし膿を出しきって、建て直すというすごい宿題をやってのけたあなたが、見る影もないですわ」


「そんな男を亭主に選んだのは君じゃないか?」


「いいえ。わたしが選んだのは最初から正義まっしぐらな”先生”だけです!!」


 二人は最高の笑顔で微笑み合ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クリスマスプレゼントを開けてみたら国が滅びました ~ 大好きなお姉ちゃんが婚約破棄されて修道院送りになりました。優しいお姉ちゃんの親友に便利な魔法を教えてもらったのでお姉ちゃんを助けたいと思います~ ヒデミケ @hidemike

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画