第2話 たぶん『くっ殺』とは言わない

「どうして、お前は俺の言う事を聞いてくれないんだ!?」


 俺はメイド服を着たシエルを、床に正座させて叱りつけていた。

 しかしシエルはどこ吹く風。遠くを『ぼー』っと眺めている。

 人の話なんて聞いちゃいない……。


 俺が記憶を取り戻してから一週間が経った。

 シエルを奴隷として扱うと魔王へ覚醒した時に怖いので、俺のメイドとして雇うことになった。

 この一瞬間に分かったことなのだが、シエルは『頭の悪い大型犬』みたいな性格をしていた。

 とんでもなくマイペースで、あちこちでイタズラはするし、全然いう事を聞かない。

 ゲームでは物静かであまり話さないような子だったのに、えらい違いだ。


 たぶん、今が本来の性格で、ゲームに出ていたシエルは心が壊れていたのだろう。

 元気になったのは良いのだが、ちょっと元気になり過ぎである。

 特に困った問題が一つある。


「もう一回言うぞ? 毎晩のように『俺のベッドにもぐりこむな』って言ってんだ!!」

「ぶい」

「褒めてねぇよ!?」


 調子に乗ってピースサインを見せつけてきたので、はたき落としてやった。


 そう、シエルは毎晩のように俺のベッドにもぐりこんでくるのだ。

 そのせいで、この一週間で体重が十キロは減った。

 減ったっていうか、やつれた。

 元が太っていたので分かりづらいが、頬がこけてきている。

 どう考えても異常な体重の減り方だった。もはや、命の危機を感じるレベル。

 ダイエットはしたかったが、こんなのは望んでなかった。


「くそ……シエルは無駄に力が強いから、力づくで追い返すのは無理だし……」

「ご主人様はクソザコ。大人しく諦めるべき」

「クソザコ言うな……いや、待てよ……」


 シエルの言う事は一理ある。

 俺は運動不足で力が弱い。そのせいでシエルにも力で負けているのだ。

 逆に言えば、シエルよりも強くなってしまえば、無理やり追い返すことができる。

 逆転の発想。これが正解だ!!


「ふっ、シエルよ。敵に塩を送ったな。たしかに俺は弱い。だが逆に言えば、俺が強くなれば、シエルに襲われることはない!」

「む……そんなの無理。私の方が強い」

「くくく、いつまで強気で居られるかな?」


 いくらシエルが竜人でも、今は魔王の力も覚醒していないし、なんの訓練もしてない女の子だ。

 俺が体を鍛えれば、きっと逆転できる。


「独学で鍛えても良いが、やっぱり師匠が居た方が効率的だよな。我が家の筆頭騎士でも訪ねてみるか」


 俺は屋敷の端っこにある修練場に足を向けた。

 このランフォード侯爵家は、帝国でも五本の指に入る大貴族。

 騎士も多く雇っているし、彼らが使うための修練場も完備している。

 俺が修練場に向かうと、シエルも尻尾をぴょこぴょこと動かしながら付いてきた。


 ガツン!! ガツン!!

 修練場には木剣を打ち付ける鈍い音が響いていた。

 音を追いかけると目当ての人物が見つかる。


「アグリア、ちょっと良いか?」

「げっ……る、ルカ様、どうされたのですか?」


 今、『げっ』って言ったよね? 露骨に嫌そうな顔したよね?

 これだけで、俺――『ルカ』の屋敷での評価が分かってしまう。


 この銀色の鎧を着た、苦笑いを浮かべている女性がランフォード家の筆頭騎士にして騎士団長。

 名前は『アグリア・オーデンス』。

 大きな武道大会で優勝したこともある高名な女騎士だ。


 見た目もまさに、高潔な女騎士といった風貌だ。 

 ピカピカの鎧。キラキラ光る長い金髪をポニーテールのようにまとめている。

 『くっ……殺せ!』とか言いそうな雰囲気である。


「実は体を鍛えたいと思っていてな……ぜひ、アグリアに師匠を務めて貰いたいんだ」

「わ、私がルカ様の師匠を……ですか……」


 アグリアは笑顔を引きつらせる。よっぽど嫌なようだ。

 そして冷や汗を浮かべながら、騎士団の部下を指差した。


「わ、私よりも『モジャス』なんていかがでしょうか? 男同士のほうが教えやすいでしょうし……」

「団長!? 俺のことを生贄にするんですか!?」

 

 こいつ……部下を売りやがった……。

 高潔な女騎士かと思ったら、わりとクズかった。

 アグリアに売られたひげもじゃ騎士は、ブンブンと首を振る。


「いやいや、俺にはルカ様の師匠なんて勤まりませんぞ!?」

「俺もモジャスは嫌だ。脳みそまで筋肉でできてそうだから、とりあえずで『走り込み百周!』とか言い出しそうだし」

「え、いけないのですか?」

「やっぱ筋肉ダルマじゃん……」


 いつの時代の部活顧問だよ。

 俺は強くなりたいが、無駄に大変な思いをしたいわけじゃない。

 そもそもシエルに殺されそうだから、強くなりたいのだ。さっさと強くならないと命まで搾り取られる。

 のんびり筋肉ダルマに付き合ってる暇は無い。


「頼む。アグリアが良いんだ。俺を強くしてくれ!!」

「な!? あのルカ様が頭を下げるなんて……」


 俺が頭を下げると、アグリアは驚いていた。

 『ルカ』の本来の性格を考えるとありえないことだろう。

 アグリアは迷うように目を泳がせた。


「で、ですが……私は忙しいので……」 


 だが、駄目!!

 アグリアは迷っていたようだが、断れてしまった。

 きっと、本当に忙しいのだろう。侯爵家の筆頭騎士ともなれば、それ相応に仕事が舞い込んでくるものだ。

 ……こうなったら、最後の切り札を切るしかない。


「……アグリア、実は新しい従者を雇おうかと思っているんだ」

「また、新しく雇うのですか?」


 アグリアはチラリと目線を動かす。

 そちらにはメイド服を着たシエルの姿があった。修行用の木偶人形をいじっている。

 壊しそうで怖――あっ!? あいつ、人形の腕を折りやがった!?

 『てへっ』って舌を出しながらごまかすな! 可愛いけど許さなねぇぞ!?


「……まだ増やすんですか?」

「いやいや、今度はちゃんとした従者を雇うつもりだから!」


 アグリアは『あんなのをまだ増やすのか』と目で抗議。

 違う違うと首を振っておく。


「同年代で同性の従者が居た方が便利な気がしてるんだ!」


 俺の年齢が十五歳。もちろん性別は男。


「つ、つまり男の子を雇うってことですか!?」

「そ、そうなるな」


 アグリアが食いついて来た。

 無事にエサにヒットしてくれたのだが……思った以上に食いつきが良かった。


 アグリアは超が付くほどの年下好きだ。特に可愛い系の顔をした男が好きらしい。

 しかし、ランフォード侯爵家の騎士は実力重視なため、むさくるしい男ばっかりだ。

 そのせいでアグリアには出会いが少なく、休みの日は好みの男を探して街を歩き回っている。

 ……って、厨房のおばちゃんたちが噂していた。


「だが、俺は人を見る目が無いから、誰を雇うかはアグリアに決めて貰っても良いかもしれない。だが、新しい従者を雇うのは、俺の修業が一段落してからに――」

「ルカ様、さっそく修行をいたしましょう。私の教えは厳しいですよ?」


 こうして、我が家の女騎士はあっさりと性欲に転んだ。 

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