第2話

「じゃあね~

「また明日~


 たまかぎる夕に流すのはいつもの定型文。とりとめも無い日常は、赤トンボにでも繋いで河川敷を飛び越えて、やがては夜にすすがれていく。


「荒川ぁ、オマエ部活は――

「ダメっすよ先生! コイツ宿題あるんで! 俺の!

「ダメなのは……っテメーだ!


 ノシノシト足音が近づき、やがてバシャント水しぶき。ザブザブ、パシャン。水面は揺れて。数秒後、びしょ濡れの猫は横に戻ってきた。似合ってるぞ、ガリガリな所とか特にな。


「あぁクソ、なんであんな短期なん?

「教育と躾けの違い

「て、テメー! まだ猫扱いかコラ!


 背中に響く、ビシャン! ト一回。

 僕は眉をひそめ堪えた。痛みじゃない、必死に笑い声を堪えた。唇にハリを刺すほど力を込めた。


 小さい! 弱い!


 断言しておくよミラ。僕はキミの暴力がキライじゃ無い。悲しいほど判るからね。キミの弱さが。態度で縫影くけることの出来ない、どうしようもない差が。


 帰り道、トロい歩幅に合わせながら付いた彼の家。相も変わらずゴチャってた。

 許可も得ず落ちていた雑誌を蹴り飛ばし、僕ドカット座る。教科書を開く。ノートをミラに向ける。


 いや、教えていない。

 復習だ。

 最初こそ横のネコは興味を示す。

 だが直ぐに目をしょぼしょぼ言わせる。こすり出す。数分後にはもうダメだ、こたつにくるまってしまった。

 「コイツが悪いのか? ト言って一度撤去したが、涙を流して懇願された。どうか止めてくれト、窓を越える声で縋られた。

 おかげでこのザマだ。人にワンポイントまでご丁寧に書かせ、ノートのコピーすら途中じまい。タダ丸まってエサをねだる。自堕落な家猫で無ければなんだ!? なんなんだ!?


「聴いてるんですかお母さん! 将来ニートになっても知りませんよ!


 僕は怒鳴った。鼻を開いて怒鳴った。

 こたつ撤去法案、強行否決の首謀者。三十二歳 未亡人の分際で、子供が引くレベルでギャン泣きで抗議した女に怒鳴った。


「お願いよぉ、養ってよぉミラノくぅん

「冗談! 舌噛んで死にます!

「そんなコト言わんで……遠い異国の地、息子を案じるマザーを――

「気遣ってまだ出てないんですよ、手が! 脚が! 驚くことにですが!

「せ、専業主夫とか……

「何故でしょうね、家庭科は全て同じ班ですよ。いつも賜りますよ、先生からお褒めと労いの言葉を!

「う――

「運動! いま運動と! そう仰いましたか! ええ仰いましたな! ――良いでしょう。今すぐ調べてご覧なさい僕の名を! その無駄にゴテゴテしたマイクラみたいなスマホで!


 眉を怪訝に歪めて、視線は下に落ちていく。数秒後。彼女は目を見開いてコチラを見つめ直した。「ひ、ひぃあ……ト、情けない。野生を失った親猫の悲鳴が漏れた。


「終わりましたか? まったく。……では今日は帰りますが、くれぐれも、カンニングなど計略しないように。デハ――


 そうして僕は靴を結んだ。このやりとりは何度目だろうか。

 境遇こそ同情しうれ。そのさまこそ悲しけれ。しかし、これ以上甘やかしてはいけないのだ。

 心をオニにしろトリノ。お前だけだ、コイツらを "社会やせい" に戻せるのは!


 決心を抱き家に帰る。シャワーを浴び、ご飯を食べ、家族との他愛ない会話をする。その後 直ぐに眠り、時は過ぎて24時。また家を出た。。


 

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