Lab.8 限界まで拗れた少年と、壮大な夢(中編)

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カナタとイチヤはラボからの帰り、2人で歩いていた。

あたりはもう暗い。街灯に照らされながら、イチヤは大きくあくびをした。


「ふわぁ……はしゃぎすぎて疲れた」

「イチヤくん、叫びまくってたもんね……」

「だってあんなのテンション上がらないほうが無理ゲーじゃね?個性派だらけじゃん」

「多分あの人達はラボの中でもクセ強だと思うけど……」

「他にどんな人がいるの?」


イチヤに尋ねられ、カナタは少し返答に戸惑った。


「うーん……所長が25歳で、あと3年にガスマスクの人もいる」

「なにそれすげえ。25歳ってドユコト?」

「私にもわからない……」


カナタは頭の中でラボの人間を整理しながら、話した。


「ちょっと無愛想で金にうるさい人と、頭を機械でいじってる人と……」

「待ってその人何?」

「私も説明聞いたけどいまいち分かってない……」

「なーんだ。カナタも全然、ラボの人たちのこと分かってねえじゃん」

「入って一週間しか経ってないし……」

「それならしゃーない。俺がこの目で確かめてやらぁ!!」


疲労困憊ひろうこんぱいのはずのイチヤが再び叫びだす。


「イチヤくん、喉大丈夫?」

「ぜんっぜん大丈夫じゃねー!」

「だめじゃん」


ゲフンゲフン、とせき込むイチヤにカナタは飴を差し出した。


「おっ、サンキュー。カナタ優しいな」

「集中力切れそうなときに舐めるといいんだ」

「なるほど」




寮の前に着くと、イチヤが言った。


「この間、カナタ俺のこと見てたよな?」

「……えっ」

「気がついてたよ。俺、目いいからさ」

「そっか」

「俺があそこにいた理由。今はまだ言えないけど、いつか教えるよ」


イチヤは寮に入っていく直前で立ち止まった。


「じゃあな、カナタ!」




月曜日、カナタは隣の席の友人と共に次の授業の準備をしていた。


「リズ、行こう」


教室を出ようと扉を開くと、そこにはシュウが立っていた。


「カナタ、話があるんだ……今って、大丈夫だったりするか?」




友人リズには先に移動するよう伝え、カナタはシュウと共に人気ひとけのない渡り廊下まで足を運んだ。

シュウは何かを言いかねるように口を押さえ、目をそらす。


「どうしたんですか?私次授業があるんですけど……」

「いや、昨日カナタが連れてきた彼についてカナタに確かめたいことがある」

「イチヤくんですか?」

「そう。カナタとイチヤって、どういう関係?」

「え?」


シュウから飛び出した言葉にカナタは思わず問い返した。


「なんでそんなこと聞くんですか?」

「彼の正体についてカナタは知ってるのか」

「正体……?」

「イチヤの振る舞いや言動が気になって、所長に相談したんだ。そしたらすぐに分かった」


シュウの言っていることがカナタには分からない。そんなカナタを置き去りにするようにシュウは語りだした。


「カナタ、今年の新入生の首席って誰か知ってるか?」

「いえ……私じゃないことは確かですけど」

「おそらく、イチヤが今年の首席だ」

「……え?」

「実技と座学の両方で歴代最高点を叩き出したまさしく天才と呼ぶに相応しい今年の首席が、あちこちの部を回っているって話を聞いたことがあった。彼は首席とは思えないくらいに素直で明るく、なんでも挑戦するような性格らしいという噂も2年生の間で立ってた」


イチヤもそんな性格だった。そして、多くの部活を回っているという点も合致する。


「問題はそんな彼がなんでまだどこにも所属してないかって話なんだ……」

「本当にそうなら、イチヤは引く手あまたのはずですよね」

「なんでも出来すぎるから、という可能性もあるけどな」

「それはどういう……」

「部の側が遠慮するんだ、本当にウチでいいのかって。去年もそういう目に合ってる人間がいたから分かる」


そこでカナタはイチヤの言葉を思い出した。


「イチヤくんたしか、他のところが合うとか言われて断られるって言ってました!」

「やっぱりか。俺もそう思ってるんだよな……」

「……イチヤくんなら、選びたい放題ですもんね」

「そう。もう少し見てから決めてほしいって思うんだ。……3年きりの、高校生活だから」


シュウは言った。窓に手を当て、どこか遠い場所を見ているようだった。


「カナタ、もう一度イチヤに意思確認をしてほしい。それで彼が本当に望むなら……ラボへの加入を認めると所長も言っていた」

「分かりました。今日の放課後、聞いてみます!」




「ちわーす。カナタ、いるか?」


放課後。Y組まで行こうかとカナタが迷っている間にイチヤはA組を訪れた。


「いるよ」

「入部届を書いてきたぜいっ!」

「本当に入るの?」

「え?」


入部届を振りかざしたまま、イチヤは首をかしげた。


「イチヤくん、やりたいことは何?」

「うん?絶対に現実では実現できないことの探求だけど?」

「……え?」


今度はカナタが首をかしげる番だった。


「俺、自慢じゃないけどさ、なんでもできちゃうんだよね。何やってもすぐに上達しちゃって、正直つまんねーの。だから漫画とかアニメの世界にすげえ憧れててさ。目からビームを出したり、何もないところから炎を出したり。あれってかっこよくて、ロマンがあると思わねえ?俺はそれを実現させてみたい。俺でも出来ないって言われてるようなことを成し遂げたい。ラボでやりたいこと?そーだな……とりあえずまずはエクスカリバー作ろうかなって思ってる!」


ふう、と一息ついてイチヤは続けた。


「ラボには色んな分野の人がいるんだろ?俺の知らない世界を知ってる人がいるんだろ?じゃあ俺にこの上なくピッタリな部活じゃね?むしろ俺のための部活とも言えるくね!?」

「……たしかに、そうかも」

「むしろカナタは何しにラボに入ったん?俺それチョー気になる」

「私は……数学と恋人になるために、自分磨きの一環でラボに入ったよ」

「え、カナタ数学好きなの?恋人にしたいくらい?」


身を乗り出すイチヤの言葉に、カナタは静かに頷いた。


「うわ、サイコーじゃん。カナタは生涯をともにする相手決まってるってことだろ?羨ましい。俺も早くそういう存在に出会いたい」

「ラボで見つかるといいね」

「それなぁ!っていうか、絶対に見つける!俺のパートナァァ!!待ってろよウェイストラボ!!」


昨日声が枯れていたはずのイチヤの声量に圧倒されてしまったカナタは、机の上に置いていたカバンを持って言った。


「じゃあ、それ出しに行こっか!」

「よぅし、ゴーゴー!!」




ラボに着くとカガリとタオがいて、カナタとイチヤを出迎えた。


「こんちわ!俺、日垣イチヤっていいます!!入部届を出しに来ました!!」

「ああ、君が例の首席くん?」

「えっ、俺が首席だってなんで知ってんすか」


あっけらかんに言うイチヤに、一同が驚愕きょうがくした。


「君が行った部活で噂が流れてたよ」

「マジかー。俺、一言もそんなこと言ってなかったけどなぁ」

「にしても一週間で全部の部活を回るなんて、君なかなかエグいことするよね」

「俺にとっちゃ、授業よりも大事なことっすよ!」

「首席の君ならそうだろうねえ」


タオは静かに笑うと、イチヤから入部届を受け取った。


「ボクはここの所長で大津タオ。ちな創設メンバーだからよろー」

「マジっすか。感謝です!」


頭を勢いよく下げたイチヤに対し得意げにするタオ。それを見たカガリがタオに訪ねた。


「……俺、コイツ知らないんだけど」

「イチヤくんは昨日見学に来たんで、カガリ先輩とは会ってないです」

「カガリ先輩、でしたっけ。めっちゃイケメンですね!」

「……月並みの言葉だな」

「カナタぁ、ガスマスクしてる先輩ってもしかしてカガリ先輩?」


カナタが頷くと、イチヤは目を輝かせて言った。


「俺ガスマスクのことはよくわかんないっす。どこで売ってるんですか?」

「作業用品売ってるところに普通にある」

「なるほど。ガスマスクってなんかかっけえっすよね。顔を覆い隠す感じがすごい悪役っぽく見えます」

「……は?」


悪役という言葉がカガリの怒りに触れたようで、イチヤは思い切り睨みつけられた。しかしイチヤはそんなこと気にも止めないように続けた。


「でもそういうやつに限って、実はいい人なんすよね。いわゆる偽悪者ってゆーの。正義のためにわざと悪に回ってる、みたいな。先輩もそうなんすか?」


カガリは黙り込んだ。イチヤが顔を覗き込もうとするも、後ろに下がられて逃げられてしまう。


「バレちゃったねえ、カガリ」

「……所長?」

「カガリはね、ボクとかシュウとか、世話焼きの人たちのために自分はわざと冷たく後輩に接するって決めてるんだ。みんなが優しいより、そっちのほうが後輩も限度ってものを覚えてくれるから。でもまさか、初対面の子に見破られるなんて。さすがだね、イチヤ」

「……あざっす」


イチヤが軽くお辞儀をすると、タオがカガリの背中を撫でた。


「ねえカガリ今どんな気持ち?悔しい?恥ずかしい?何にせよ、いたたまれないよねえ、時間を巻き戻したいんじゃない?それならちょうどよかった、タイムマシンの開発を手伝ってくれよ、人手が足りないと思ってたんだ。きっとカガリの悩みも解決してくれるよ。それとも花火がいいかい?その気持ちを花火と一緒に打ち上げるなんて、ロマンがあるよねえ。あっ、そうだ。カガリの育ててる植物に記憶を消す作用がある毒があるかもね。そっちの研究に手を出すならボクは大歓迎だ。今すぐ問題を解決したいなら冷蔵庫にあるボクのプリンを特別に分けてやっても……」


タオがペラペラと喋るのに耐えきれない様子のカガリは立ち上がり、タオに向き合う。


「食べる?プリン。昨日百貨店で取り寄せたスペシャルな一品なんだ」

「食べない!!」


驚いた様子のタオを無視し、カガリはラボの奥の部屋にこもってしまった。


「……あれ?」

「めちゃくちゃ喋るっすね所長」

「喋るのがボクの生きがいと言っても過言ではないからね」


とはいえカガリの顔が真っ赤だったのをイチヤとカナタが見逃すわけもなく、2人で笑ってしまった。


「いやあ、でもさっきは少しからかいすぎたかもしれないね」

「ちょっとどころじゃなかったですよ」

「でも結果的によかったじゃないか。カガリも元気になったみたいだし」

「それは所長への怒りで、ですよね?」


ふふ、と含みのある笑いをするとタオは言った。


「ここにある設備は自由に使っていいけど、専門書とかは自分で用意してね。ボクはそっちの部屋で花火を作るから、あとは若いお二人でどうぞ〜」


バタン、と扉が閉まりカナタとイチヤは顔を見合わせた。

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