Lab.7 限界まで拗れた少年と、壮大な夢(前編)

カナタが入学して、一週間が経った。

2限目を終え、移動教室のため廊下を歩いていた、その時だった。


魔法陣のようなものを書いたB5用紙を廊下にペタペタと貼り付ける男子生徒。


「おっ、日垣何してんの?」

「これは俺の神聖な儀式だ!邪魔すんな!」


他の生徒に話しかけられても突っぱねる彼は、どこかで見覚えがあった。


「……あ!」


カナタは思い出した。あの夜、雨に降られていた彼だ。様子があまりにも違いすぎて、一目では気が付かなかった。


「なんだよ。お前も邪魔するのか?」

「いやっ……」

「それとも魔法陣に興味があるのか?」

「魔”方”陣なら興味があるけど……」


ため息をついた彼は、カナタにB5用紙を手渡した。


「手伝ってくれるか?」

「……どこに貼ればいいの?」

「そっち側に貼っといて。等間隔で頼むよ」

「分かった……」


次の授業までにはまだ時間がある。カナタは彼の作業をとりあえず手伝ってみることにした。




「ふう……」


彼は手に持っていた紙を貼り終わると、カナタを見た。


「ありがとう」

「どういたしまして……」

「これで俺は、この領域を支配した!」

「えーと……?」

「俺の名前は日垣ひがきイチヤ。1年Y組」

「ああ……」


実技科目の多いクラスだということはカナタも聞いている。オリンピックに出場した選手も在籍しているとか。イチヤはそんなふうには見えないが、とにかくカナタとあまり関わりのある生徒ではないようだ。


「お前は?」

「私は鈴宮カナタ。1年A組」

「ふーん、何部?」

資源浪費研究所ウェイスト・ラボだけど……」

「……なにそれ?」


頭の上に?マークでもついているかのようにすっとぼけた顔をするイチヤ。部活紹介にあったはずだが。


「俺、聞いたこと無いんだけど。それ本当に部活?」

「一応……」

「俺見学行っていい?」

「いいよ」

「うっしゃあ!」


嬉しそうにガッツポーズを決めるイチヤ。時計を見ると、授業開始5分前だった。


「じゃあ、放課後にA組に来てくれる?案内するよ」

「ありがとう!」


イチヤは満面の笑みをカナタに見せると、走り去っていった。




「カーナタっ、来たぜぇ!!」

「おおっ……テンション高いね」

「そりゃ、俺を受け入れてくれるかもしれねえ部活が見つかったからな!」

「他の部活は?」

「なんか断られちまってよ。なんでなんだろ、俺には他のところが合う〜とか、毎回言われんだ」


イチヤは仄暗ほのぐらい表情で笑う。


「そういえば資源浪費研究所ウェイスト・ラボがどんなところか説明してなかったね」

「いいや大丈夫だ。俺、説明されるより実際に見たほうが理解できるタイプだから!」


歩いているうちにラボに到着し、カナタは扉を開けた。


「あのー!見学希望者です!」


カナタがラボに入ると、そこには知らない部員が何人かいた。


「おお、1年だー。囲え囲えー!」


見知らぬマッチョな女子生徒がカナタとイチヤを覗き込み、にじり寄る。


「ハロハロー、1年生たち。君たちのお名前と専門は何かにゃ?教えてちょ?」


宇宙人のようなアクセサリーを頭につけ、ピンクのレースで制服を改造した女子生徒も後から現れた。


「えっ、あの、」

「俺は日垣イチヤ!専門はロマンある創作っす!」

「おお、ニライちゃんと似て異なるタイプだねえ」

「君、そっちに興味ある感じ?」


目にクマのある、いかにもダウナー系の女子生徒もこちらを遠目で覗き込んでくる。


「あのっ、シュウ先輩、これは?」

「うちのクセ強ガールズの洗礼を受けるがいい」

「えっ!?」


「そっちのかわいい子は?名前と専門どぞ〜」

「鈴宮カナタ、専門は数学です。あと一応、ここの研究員です!!」

「そーなの?もしかして例の変態ちゃん?」

「へんた……!?」


カナタは薄々察していたが、ラボ内で不名誉な呼ばれ方をしていることを知ってしまい絶句した。


「カナタって変態なのか……!」

「違うから!!」


さっきまでカナタにしがみついていたイチヤが急に離れる。そして明るい表情で言った。


「大丈夫、俺そういうのに偏見ないから!」

「大丈夫じゃない……!」


カナタはイチヤの誤解を解こうかと思ったが、その前に宇宙人少女が喋りだした。


「私は御門みかどエネ☆専門は広報学。今をときめくヨウツーバー!チャンネル登録者数は200万人だよ〜」

「すごい……!」

「ほらほらもっと褒めるのだ〜ちなみにSNSのフォロワー数はもっといるよん」


エネは頭についていたロリポップキャンディーの髪飾りを引き抜き、カナタに手渡した。


「カナタ、お近づきの印にあげる!」

「……ありがとうございます」

「イチヤにはこっち。なんかビーム撃てそうな棒!好きっしょこうゆーの」

「大っ好きですっ!!」


イチヤは妙な形をしたカラフルな棒を受け取ると、目を輝かせて大事そうに抱きしめた。


そんなカナタとイチヤに近づいたのは、先ほどの色黒マッチョガール。


「アタシの名前は沢渡さわたりサエ。専門は……まあ一応栄養学?もしかしたら昔テレビで見たことあんじゃない?」

「え……?あっ!」

「カナタ知ってる?」

「水泳の世界大会で見たことあります!」

「うん。今は引退しちゃったけどね」


一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、サエは笑顔で続けた。


「2人とも結構変人みたいだし、まあここでも上手くやってけんじゃないかとアタシは思う。イチヤはまだここに入ってないんだっけ。ぜひ来てよ」

「いいんすか!?」

「いいに決まってんじゃん、元気なやつが増えるとアタシも楽しいし」

「よっしゃー!!」


エネにもらった棒をブンブンと振り回して喜びを表現するイチヤ。


「ね?ミミもいいよね?」

「んーいいんじゃない?なんかイチヤくん?だっけ。厨二臭すごいし」

「なんでバレた!?」

「いや分かるっしょ〜匂いで」

「匂いで!?」


驚くイチヤのもとにシュウがやってきて、補足説明を加える。


「ミミはなんか、人の性格とか趣味嗜好が匂いで分かるらしい」

「本当なんですかそれ……?」

「マジで!?超能力じゃん!」


またもや目を輝かせてはしゃぐイチヤ。カナタは疑いの目を向けるが、ミミはそんなことを気にせずに続けた。


「カナタちゃんって数学専門なんだよね?」

「はい……」

「関数より方程式のほうが好きでしょ」

「はい!」


ミミが得意げに笑う。カナタも自分の性癖(数学癖?)を当てられ、ミミの言うことを少しは信じて見ようと思った。


「はい、イチヤは入部届。カナタは今日はラボ使う?」

「使わないです。そうだ、ニライさんの小説借りていいですか?」


イチヤはシュウから入部届を受け取り、カナタはラボの隅に置かれた本棚からニライの小説を取った。


「いいよ〜持っていきな」

「ここ小説も置いてあんの!?」

「うん。研究員のニライさんが小説家だから」

「まさか、穂波仁来先生!?」

「そうだよ。知ってるの?」


イチヤは得意げに鼻を鳴らし、腕を組んで言った。


「知ってるも何も、俺の憧れの先生だよ!マジでいるの!?」

「うん……もしかしたら、イチヤくんの住んでる寮と同じところに住んでるかも」

「マジでぇ!?やっべ、なんかコーフンしてきた……!今なら俺、なんでもできそうな気がする!」

「月曜日に行けばいると思うよ」

「行く!絶対行く!!」


今日1番のテンションになったイチヤ。


「カナタ。1回その子連れて帰ってくれる?」

「いいですけど……どうかしました?」

「ちょっと気になることがあって……な」


シュウが苦笑いするので、カナタはイチヤの手を引いてラボを出た。

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