Lab.5 統一されない言語と、その意訳について(中編)
「貴方がたは今まで自分の才能をどう思って生きてきましたか?」
来星高校の校長が画面越しに、カナタら生徒に問う。
入学式は教室でリモートで行われているのだ。校長室にいるらしい彼は、ニッコリと笑って話を続ける。
「誇りに思った人もいるでしょう。憎らしく思った人もいるでしょう。しかしここでは、みんな、自分を愛せるようになってほしい。そのためのカリキュラムを組んでいるのです」
校長の年齢は40代前半に見える。登校したときもラフな格好で歩いていたのを見たし、カナタもとても校長とは考えていなかった。
「どうか、この高校生活3年間を楽しんでいってください」
教室中から拍手が響き渡る。寝ていた生徒も最初はいたが、校長の話が終わる頃には全員顔を上げていた。
「入部届を提出する人は、各部の部員に渡してください」
クリアファイルに入った提出資料を確認して、カナタはカバンにしまった。
「では、今日はこれで解散。質問がある生徒は、職員室に来るように」
質問は特にないので、カナタは教室を出た。
「ネイ!」
「カナタも今からラボ?」
「うん」
カナタはネイと共に、廊下を歩き出した。来星高校はその性質上、生徒数が他の高校よりも少ない。すれ違う人間が少ないのだ。
「ラボって教室から遠いよねー。隠し通路とか近道とかないのかな」
「先輩に聞いたらあるかもしれないね」
そんな冗談を言いながら、
「ニライ!!はっきり言わないと分からないんだ!」
「ワク、これ、ちがくて」
ニライは怒るワクをよそに、パソコンへ手を伸ばそうとする。しかしそれを見逃さないワクによって
「ワク先輩うるさいですぅ」
「一体、何があったんですか?」
カナタが尋ねると、怒り心頭のワクがニライを指差した。
「コイツが俺の機械を壊したんだ!」
だがニライは首を横に振って否定している。
「……ニライさん、何があったんですか?」
カナタが話しかけると、ニライはパソコンで何かを打ち始めた。
「パソコンに逃げるな!」
「ワク先輩、少し黙っててください」
黙々とパソコンで打つニライ。5分後、その画面をカナタたちに見せてきた。
『午後1時12分。僕は徒歩でこのラボを訪れた。しかし、誰もまだラボには来ていなかったようだった。電気を点けて僕は自分の作業に集中しようと、いつもの定位置である赤いテープが貼られた椅子に座った。だがワクがいつも使っている機械から妙な音がする。おおよそ機械から出ないような、ざわざわとした音だ。このままでは僕は作業に集中できない。だから僕は様子を見ようと席を立ち、ワクの機械を見た。そこに運悪くワクが現れ、その場にいた僕がこの機械の故障の犯人だと思ったようだ。』
「……なるほど、ニライさんってやっぱり文章上では
「これをなんで口で言わないんだ」
「ワク先輩が急かすからですよ。ニライさんは話すのがきっと苦手なんです」
ニライは頷く。それから、ワクを見て言った。
「僕、違う」
「……じゃあ一体誰がやったって言うんだ」
「ニライさん、ラボに来たとき、誰もいなかったんですよね?」
ニライは頷いた。しかし、口を開いて言った。
「鍵は開いてた」
「……おかしいな。昨日誰も戸締まりしなかったのか?」
謎は深まるばかりだった。そもそも、何もなければ機械は壊れない。
「やっぱりニライが知らず知らずのうちに壊したんじゃないのか!」
「落ち着いてくださいワク先輩!」
ワクは大事な機械を壊され怒り心頭のようだ。その怒りは当然と言えばそうなのだが、本当にニライがやったとは思えない。
「犯人は他にいるかもしれないじゃないですか!ニライさんが来る前に来た、誰かが」
「そうか……?」
ワクは未だにニライを疑っているようだが、カナタはニライの証言を信じている。あれだけ頑張って書いてくれた証言が偽りではないと、カナタは確信しているのだ。
「……みんなどしたの?」
カナタとネイが使った入口ではない扉から入ってきた男性。一応制服を着ているが、かなり着崩している。
「タオ所長!」
「……所長?」
ということは彼は25歳。実際はもう少し老けて見えるのだが、ワクが言うので間違いはないだろう。
「はーい新入生たち。ボクの名前は大津タオ。15年このラボに在籍する、創設メンバーの1人だよー。はいパチパチぃ」
タオは飄々とそう言うが、カナタもネイも状況を上手く飲み込めずにいた。
「……あれぇ?もう少しいい反応が返ってくると思ったんだけどなぁ」
「毎回スベるって分かっててその自己紹介するのはやめたほうがいいと思いますよ」
「スベってないよ。みんながボクについてこられないだけ」
「それはたしかにそうですけど」
ふう、と一息ついて無作法に置かれた椅子に座ったタオ。そして、4人を見ると言った。
「なんかあったの?」
「コイツが俺の機械を壊したんです!」
「ほう」
タオに見られ、ふるふると首を横に振るニライ。そしてタオは立ち上がり、ワクの隣に置かれた大きな機械を見た。
「これのこと?」
「はい。所長も知ってるでしょ。俺、これがないと自分の体調も整えられないんですよ」
「あー……」
タオは頭をボリボリと掻きむしり、ワクの前で頭を下げた。
「多分それ、壊したのボクだよ」
「……えっ?」
「たまにはラボの掃除をしようと思って、朝からコレで掃除してたんだよね」
タオが取り出したのは100円ショップでも売っているような青いモップ。それを持って、タオは話を続けた。
「で、汚れてたワクの機械も掃除しようと思ったんだけど。その時に、手が滑ってホコリが結構入っちゃったんだよね」
「つまり……」
「はい、ボクのせいですね」
「なるほど、所長が壊したんですね。それなら仕方がない……」
ワクは眼鏡に指をかけようとして……そして、やめた。
「んなわけあるかぁ!ちゃんと弁償してくださいよ!修理代!もし直らなかったら機械の費用を全部いただきます。所長の家の財力なら平気ですよね!?」
「待ってくれ。ちゃんとボクが直すから弁償だけは勘弁してくれ!ボクのお小遣いにも限界があるんだ!」
「知りません。そもそも所長に直せるんですか!?」
「ああ直せるとも」
自信に満ちた表情でタオが言うので、ワクは諦めて機械を差し出した。
「頼みますよ」
「はい、たしかに預かった」
タオが出てきた場所に戻ると、カナタはワクに尋ねた。
「ワク先輩、ニライさんに何か言うことがあるんじゃないですか?」
「何が」
「そーだぁ。さっきニライ先輩のことめちゃくちゃ詰めてたもんね?」
「や、だいじょう、ぶ、だから」
ニライはそう言うが、ワクの謝罪は2人の圧によって既に確定していた。
「……すまん。勝手に決めつけてた」
「大丈夫、僕、うまく話せなく、て」
「ニライさん、ちゃんと説明するためにパソコン使おうとしてたんですね」
「話すのが下手なのはニライがここに来たときに知ってたはずなのに。俺、理解がなかった」
「きにしな……僕の、……あ」
ニライはパソコンを取り出し、また文字を打ち始めた。
『今回の出来事は、僕が上手くワクに状況を説明できないことが発端で起こった。僕が上手く説明できてたらワクはこんなに怒らなくて済んだし、僕も誤解されるような行動をしていた。カナタに助けてもらわなかったら解決しなかったと思う。だから僕じゃなくて、カナタに謝ってほしい』
「ニライさん……」
「それもそうか……。カナタ、ありがとう。そしてすまん」
「いえいえ。ニライさんみたいに、喋るのは苦手でも文章でなら語れる人を他に知っているので分かっただけですよ」
「ニライの行動、俺ももっと理解しよう」
ワクが落ち着いて椅子に腰掛け、今回の事件は解決した。
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