Lab.4 統一されない言語と、その意訳について(前編)

入学式当日、カナタは来星高校の門を通って校舎に入った。


「カナタ、おはよう!」


カナタの背中を後ろから叩いたのはネイ。ネイは、微笑んで入部届を取り出した。

そこにはネイの名前と印鑑が捺されている。


「ネイも入るの?」

「そう!カナタも?」


カナタとネイは毎朝顔を合わせるが、ラボについては触れてはいなかった。


「カナタ、ワクに会った?」

「ワク先輩……?見学しに行った日に会ったけど」

「アレ、私の幼馴染だから」

「ええ!?」

「……そんな驚く?」


カナタはワクのことを少し頭のおかしい人だと思っていた。しかしネイの幼馴染となれば話は別だ。


「だってワク先輩って……頭を機械でいじってるんだよね?」

「そう。ちょっとさすがにキモいよね」

「おい」


カナタが知る声がして、2人は振り返った。そこには、今まで話題に上がっていたワクが居た。

ワクは顔をしかめ、眼鏡をクイッと押し上げた。


「失礼な物言いはやめてもらおう。俺は常に脳内を最適化しているんだ」

「その発想がキモいって言ってんだけど」

「ひたすら歩くだけの多足生物に似せた機械を大量生産しているネイに言われたかないな」

「かわいいじゃん!」

「そっちのほうが気持ち悪いが!?」


多足生物に似た機械。昆虫ロボ的なものを想像していたカナタに、ワクは動画を突きつけた。


「……ひっ」


虫よりもおぞましい姿で歩くロボット。それは昆虫というより貞子などのホラーを連想させるものだった。


「ネイはこういうのばっかり作ってる」

「最近はみんなに見てもらえる、万人受けするフォルムを目指してるんだよ!」

「……本当に?」

「ほんとだって!」


ネイが叫んでいると、カナタの肩に何かがぶつかった。


「すっ、すっ」


男の人の持つ、大きなカバンだった。


「すいか……やさい……」


それだけ言うと彼は歩いていった。


「……ニライじゃないか」

「わ、く」


ワクの知り合いらしい彼ニライは、首をひたすら横に振る。


「びっくりしてるぞ、1年生が」

「ワク、僕、しらない」

「知らないじゃない。2人ともラボの後輩なんだ」

「っ……」


ニライはそのまま大きなカバンを提げたまま、走り去ってしまった。


「……あの人がニライ先輩?」

「まあ、そうだな。だけど、俺はまともに会話できたことないしそもそもアイツがまともに話せるのかも知らない」

「なんか……不思議な人ですね」

「不思議の一言で片付けるにはだいぶ無理があるレベルだろ……」

「さっきあの人、ごめんなさいとすいませんを混ぜてましたよね?」

「……えっ、そうなのか?」


ワクは呆けてカナタを見るが、カナタにはたしかに彼が謝ろうとしているように見えた。


「ニライさんって面白いですね。私と同じ年でしたっけ」

「ああ……よかったら仲良くしてくれると助かる」

「私は無理かもあの人。話が噛み合う気がしない」


ネイはそう言うと、教室に向かっていった。




「私A組だから、こっち」

「じゃあね、カナタ!」


走っていくネイを見送ると、カナタは教室に入った。



教室には本棚があり、様々なジャンルの本が並べられている。


「あっ、これ……」


穂波仁来という新進気鋭の作家が書いたサイコホラーだ。その作家のことはカナタも知っており、なんでも、カナタと同じ年なのだという。

彼は様々なジャンルを書き、既存の概念にとらわれない作品を次々と生み出しているんだそう。


「ちょっと読んでみようかな……」


まだ教室には誰も来ていないし、カナタは少しページをめくることにした。




「……すずみや」


カナタが夢中になっていると、先程の男性がなぜか立っていた。


「すずみや、かなた」

「……はい」

「ぼくの小説……」

「えっ?」

「読んでくれてありがとう……ございます」


カナタは一瞬彼が何を言っているのか分からず、戸惑った。しかし、その後のセリフで全てを理解した。


「穂波ニライ……僕の名前」

「……あっ!?」


彼がこの小説の作者だったのだ。新進気鋭の作家が今、カナタの目の前にいるのだ。


「これ……書くのすごく楽しかった」

「たしかに、作者の気合を感じる作品ですね!」

「わかる?」

「はい!」


カナタがそう言うとずっと伏し目がちだったニライが微笑んで、言った。


「よかった……はじめてだったから」

「はじめて?」

「読んでる人の声直接聞くの」


カナタが知る限り、たしかに穂波仁来は顔出ししていない。そう考えると、今の彼の言葉も不思議ではない。


「面白いです!」

「……ありがとう」


ニライは立ち上がり、教室の外へ出た。


「きて」


カナタはそこについていき、ニライが指差す方を見た。


そこには、2年A組と書かれていた。


「……あっ!?」

「ここ、ちがう」

「ありがとうございます!行ってきます!」


どうりで人が来ないわけだったのだ。カナタはカバンを持ち、1年A組の教室に向かった。

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