Lab.2 資源浪費研究所へようこそ!(中編)

鈴宮カナタは、まさしく天才と呼ぶに相応ふさわしい子どもだった。

5歳で英語と中国語をマスターし、10歳で学会に呼ばれるほどの頭脳を持っていた。


しかしこの天才には、天才らしい悩みがあった。

それは、周囲と会話が噛み合わないことだ。カナタの考えは同じ年の子どもには理解されない。大人からも気味悪がられ、ついには不登校になった。


中学2年生の年齢の頃、国から通達を受けた。それは、国立来星高等学校への入学許可証だった。

しかも、飛び級で入学することを許されていた。


カナタは学校が嫌いなわけじゃない。むしろ、人との交流を持てることを好ましく思っていた。だが、カナタほど周囲の人間は異端であるカナタに好意を向けてくれないのだ。


そんなカナタは、来星高校に希望を見出した。

先輩には敬意を払う、校内では指定の端末のみの使用を許可する、出席する授業は選択制。学校行事はその年の生徒の意見をしっかり汲んで毎年唯一無二の開催形式を取る。

そして何より、集まる生徒たちは自分と同じ、学校での居場所を失った天才たち。行かない理由がなかった。




カナタは入学をすぐに決め、3月に専属寮に入った。


段ボール箱3つとキャリーケース。最低限の荷物を部屋に運び込むと、カナタは足りないものを買い足しに外へ出た。


「うーんっ……なんでぇ?なんで入らないの?」


隣の部屋の前で段ボールの中に荷物を押し込む、桃色の髪の少女。


「……大丈夫?」


カナタは思わずそんな彼女の様子を見かね、声をかけた。

これから隣人になる人間との交流のチャンスにもなるかもしれないからだ。


「あっ、じゃあこれ、手伝ってくれる!?」




なんとか散らばった彼女の荷物を、カナタは一旦部屋まで運び込んだ。


「ありがとー。おかげで助かったよ」

「いえいえ、これからよろしくね」

「あ、お隣さん!?」


彼女はカナタが隣人であるということに気がついてなかったらしい。少し考えたら分かりそうなものだが、彼女にはそれほどまでに余裕がなかったのだろう。


「私の名前は秋塚ネイ!この春から、1年生なんだ。よろしくね」

「私は鈴宮カナタ。困ったときは助け合っていきましょう」

「うん。よろー」


ネイは荷物の中から、1枚の紙を取り出して、カナタに手渡した。


「これ、あげるよ」

「……資源浪費研究所?」

「ウェイストラボって読むの。知り合いが入ってる部活なんだ」


カナタはカラフルなそのパンフレットに一通り目を通してみた。

内容は様々な分野の人間が自由に研究を行う、といったもの。数学以外に特にやりたいことがないカナタにとって、興味深いというほどではないが、目を引かれるものがあった。


「いつでも見学OKなんだ。行ってきたら?」

「じゃあ……行ってみようかな」


カナタの買い物も急ぎではなかった。せっかくなら見学に行ってみたいと思っていたので、カナタはパンフレットを持ってさっそく来星高校へ向かった。




「えーと……部室は……?」


来星高校はかなり広い。中庭に出て一面を見渡すも、何がなんだかカナタには分からなかった。


「すみません!」


勇気を出して生徒に話しかけると、その人はガスマスクを被っていた。


「えっと、ここ、分かりますか?」

資源浪費研究所ウェイスト・ラボに行くの?君、見学希望?」

「はい……」

「やめといたほうがいいと思うけどね?」

「……えっ」


シュコー、シュコー、と音を立てる彼はスコップを持って、再び土いじりを始めた。


「うん、やめたほうがいい。ろくな目に合わないよ。君、どっちかっていうと常識人寄りっぽいし」

「あー……」


少なくとも眼の前の男よりはそうかもしれない。カナタはそう思った。


「どうしてもって言うなら教えるけど」

「……どうしても、です」


ネイの知り合いがいるらしい資源浪費研究所ウェイスト・ラボ。たとえろくな目に合わなかったとしても、行って確かめたい。


「……仕方ないなあ。青い建物の地下1階だよ。階段は目立たないところにあるけど、ちゃんと看板立ってるからそこ降りて」

「ありがとうございます!」


カナタはすぐに青い建物……5階建てのそこに向かった。




看板は彼の言う通り立ててあり、そこを降りて廊下を歩く。


資源浪費研究所ウェイスト・ラボへようこそ!か……」


黒い幕が貼られて入りづらい扉の雰囲気とは真逆の明るい看板が立てかけてある。

カナタは勇気を出して、扉を叩いた。


「すみません!」


声を上げると、扉がガラガラと音を立てて開いた。

金色の長い髪を持った、男性だ。


「……誰」

「来年度から入学する、鈴宮カナタと申します。見学に来ました」

「へえ、入って」


部員らしき男性に案内されるまま、カナタは部室に入った。


「僕の名前は藤坪シュウ。学校の地層調査を最近はしてる。見学してもいいけど、あんまり邪魔しないようにね」

「分かりました」


部屋にはシュウの他に黒髪の男性と女性がいた。2人ともカナタの存在になんて気を止めず黙々と作業している。


「ちなみに自分の専門分野について聞いたら喜んで喋りだすからね。あと、自己紹介のときは自分の専門分野も名乗るのがここのしきたり」


無愛想だがシュウは丁寧に説明してくれる。そんなシュウは、大きなカバンを背負った。


「今からカガリ先輩迎えに行ってくる。あ、カナタはもしかして会った?」

「えっと、それってガスマスクの?」

「そうそれ。止められたでしょうに、よくここ来たね」

「自分で確認したかったので」

「へえ」


シュウはそのまま、部室を出ていった。

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