資源浪費研究所《ウェイスト・ラボ》へようこそ!
茨 如恵留
Lab.1 資源浪費研究所へようこそ!(前編)
「先輩、もしかしておこです?ちょっとパソコンに足を生やしただけじゃないですか」
「気色悪いから今すぐ外してくれ!」
まるで昆虫のような足を持ったパソコンを手に口を尖らせる桃色の髪の少女、ネイ。
それを眼の前に差し出され机の下に隠れる身体の大きい眼鏡男子ワク。
「ここってそういう場所じゃないんですかぁ?やりたいようにやっていいんですよね?」
「作っていいけど不快な見た目のものはどこかにしまってこい!」
えー、と言いながらネイは真っ黒に塗られた段ボール箱にパソコンを入れた。
箱には、”パンドラボックス 開けるな危険”と書かれている。
「はぁ……」
「ワク先輩は虫が苦手なんですか?」
「当たり前だ!」
そう言いながら右手首から伸びるチューブを大きな機械に接続するワク。ワクはそれを見て、ニヤリと笑う。
「……ワク先輩のほうが怖い」
「なんだと?」
「だって脳を機械でいじってるんでしょ?うーわ、私は絶対無理」
「いじってるなんて言い方をするな。チューニングだチューニング」
眼鏡をくいっと上げるワク。木製の椅子に座って右腕を机の上に置いて、空いた左手で本を読む。
「シュウ先輩とカナタは?」
「シュウは昨日言ってた新作の実験をしてる。カナタは……ネイ、一緒に来なかったのか?」
「だってまだホームルーム終わってなかったんだもん」
「なら仕方ない……が、ネイ、ちょっとカナタと連絡取ってくれ」
「はーい。ちょっと外出てきますね」
ネイは、学校内でのみ使用が許されている携帯端末ポルフォンを利用しカナタに連絡を取った。
ネイのポルフォンは愉快な電子音が鳴って、カナタのポルフォンと電話を繋ぐ。
「あ、もしもしカナタぁ?ワク先輩がぁ、早くラボ来いってさあ。うるさいんだよ」
『あっ、ごめん。ちょっと夢中になってて……』
「いつものあれね。ワク先輩にはちゃんと言っとくから、キリがついたら来てよ?シュウ先輩も来てないし、もうちょいゆっくりでもいいから」
『分かった』
ネイは電話を切り、ワクを見た。
「ワクせんぱぁい、カナタは多分今日来ません」
「カナタが一度夢中になったら止まらないのはこの一ヶ月ですでに証明されている。今日は2人か」
「じゃあもういいか。楽しいことしよっ、ワク!」
茶髪の短髪少女カナタは1年A組の教室で1人、数学の問題を解いていた。
かり、かり。カナタが鉛筆を滑らせる音だけが教室に響く。カナタは水分を取ることも忘れ、2時間以上もこの問題と向き合っているのだ。
カナタは数学が苦手なわけじゃない。むしろ得意な方だ。しかし、カナタには悪癖があった。
誰かから解けないと言われた問題を、なんとしてでも解こうとする癖だ。単純に言えば、数学限定で超絶負けず嫌いなのだ。
「うわあ……」
時刻はすでに部活に向かうべきときだ。カナタは頭を掻きむしって鉛筆を置き、部室に向かった。
「すみません、遅れました……」
カナタが部室の扉を開くと、自身の先輩であるワクと同級生のネイが部室で抱き合っていた。
「……あっ、カナタ」
「最悪だ……」
ワクとネイ、両者と目が合ったカナタは黙って扉を閉めた。
「……帰ろう」
「ちょっと待ったぁあ!」
「誤解だカナタ!君は絶対に何かを勘違いしている!」
「いや……2人が幼馴染なのは知ってましたし、いつも距離が近いし……私は薄々察してましたよ?2人が恋人同士だって」
「違うって!なんでこんなイカレマッドと一緒にされないといけないの!?」
「イカレてるのはネイだろう!今日もまた恐ろしいもの作りやがって!俺が虫が苦手なのを知っていて、虫みたいなものを作ったんだぞ!?」
ぎゃあぎゃあと揉め始める2人を見て、本当に帰りたくなったカナタは足を廊下に向けた。
「カナタ!!」
「……何?」
「ほんっとうに何もないから!」
「そうなんだ、ネイがあのパンドラボックスを開けようとしたから止めただけなんだ!」
「それは駄目ですね」
カナタが禁忌を犯そうとしたネイを睨むと、ネイは目をハンカチで押さえ、肩を震わせた。
「私の渾身の作品……ここでなら否定されないと思ったのに……」
「ネイ……?」
「ネイ、俺はさ」
「ワク先輩……」
カナタがワクを見ると、ワクはかなり怒っていた。
「嘘泣きはよくないと思う」
「ちっ、バレた。なんで?」
「目薬が今見えた」
ネイはため息をつき、ハンカチと目薬をポケットにしまった。
「じゃあ私新しい作品の構想練ってきまーす!今日は最終下校まで籠もるから、またね!ワク、カナタ!」
「ネイ……!誤解を解くの手伝え!」
大きなため息をついて、ワクはカナタに言った。
「ごめん、でも本当に誤解なんだ。断じて俺達はそういう関係じゃない」
「……分かりました。ワク先輩が言うなら信じますよ」
「ありがとう」
カナタはワクの右手首から伸びるチューブを見て、納得した。
「ワク先輩が今なんでそんななのか、分かりました」
「どういう意味だカナタ」
「先輩今チューニング中だからですね」
「何が言いたい」
「顔、真っ赤ですよ」
「はっ!?」
赤面したワクを見て、カナタは笑うしかなかった。
そんなカナタを見て、ワクは咳払いした。
「カナタが”今夢中になってる”って言ってラボに来たの初めてだからな」
「一ヶ月のデータなんて参考になりませんよ……しっかり測定したわけじゃないんですから」
「……まあ、それはそうだが」
カナタはこの一ヶ月の活動に満足している。それもこれも、全て一ヶ月前のあの日がなかったら存在しなかっただろう。
「私今日、やっぱりやることないので帰りますね」
「えっ」
「それじゃ!」
カナタはラボを出て、自宅である寮に帰った。
来星高校専属寮の3階の一室。カナタの自室だ。
備え付けの勉強机に向き合い、ウェイスト・ラボ活動記録を開く。今日は活動しなかったので書く必要はない。しかしこの一ヶ月を振り返りたくなり、最初のページから開いてみた。
次の更新予定
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資源浪費研究所《ウェイスト・ラボ》へようこそ! 茨 如恵留 @noel_0625
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