第3話 生まれ変わり② 悪役皇帝
城の外は夜だというのに空が朱く染まっている。開け放たれた窓からは燃え盛る都の熱までもが入り込んでくる気さえする。
「陛下! お逃げください。もうこの城は落ちます。火の手もあちこちで上がり、ここもすぐに……」
近衛騎士団長がノックもせず扉を開けて部屋に入ってきた。この男とのつき合いは長い。俺が生まれた寒村からの幼馴染だ。
「いや、もういいんだ。俺はここに残る。お前は好きにすればいい」
「何を言われるか! 陛下さえ生きておられれば帝国の再興も夢ではありません。また一からやりなおせば……」
「お前が一番良くわかっていると思っていたのだがな。俺達は敵を作り過ぎたんだ。残虐非道の魔皇帝を誰が赦す? 大陸統一のためとはいえ、やってきたのは人の道に反する悪行ばかり。始まりはお前と始めた山賊からだったな。義賊とは名乗っていたが、やってることは貴族やら金持ちが相手ってだけで他の糞虫どもと変わんなかったじゃねえかよ」
「おいおい、皇帝さまの口調が昔のあんころにもどっちまってるぜ。ハハッ、最期はこっちの方が楽でいいや、お頭よ」
「だな。どっちにしろ俺達が死んでも行く先は地獄だ。それもとびっきりのキッツいやつだぜ。どうせあっちでも暴れまわるんだ。それまではのんびりと過ごすのもいいじゃねえか」
「そうか? 俺はこっちでも暴れ足りんぞ。どうせ地獄でも再会するんだ、俺はあのムカつく連合国の連中にひと泡吹かせてから逝くぜ。たぶん俺の方が先だろうから、あっちでお頭のこと待ってることにするか。じゃあな、お頭。いや、相棒!」
俺はひとり残された部屋で椅子に深く腰掛けると天井を仰ぎ見る。
たった30年の人生で俺は皇帝と呼ばれる存在にまでなった。ただ我武者羅に突き進んできただけであったが、運だけは良かった。山賊からその腕を買われ、傭兵となり、軍人に取り立てられた。そこでクーデターを起こし小国の主となった。そこで止めておけばよかったものを俺の欲望はとどまることを知らなかった。騙し、裏切り、その権謀術数を駆使し勢力を拡大していった。
勢いに乗っているうちは皆、俺のことを英雄だと、もて囃し有頂天にさせた。大陸全土の統一が見えたまさにそのとき、アイツが現れた。
「魔皇帝さま、もしや私のことを思ってくださっていたのですか?」
「あん? て、てめぇ!」
いつからそこに居たのか、白のフードを目深に被った女が目の前に立っていた。そう、コイツだ。俺をこの状況にまで追い込んだ張本人、北の魔女だ。この雰囲気に特徴、そしてフードの上に刺繍されているのは連合国の総司令官の印だ。
「扉も開いておりましたので勝手に入らせていただきました」
「はあ? ふざけやがって。どこの大将が先陣きって敵のところにひとりでやってくるんだよ!」
「ええ、私がその風変わりな大将さんだと思いますよ」
俺の手の届くところに無造作に立てかけられている愛剣がある。だが、俺はそれに手を伸ばす気にはなれなかった。噂によれば北の魔女は数多くの魔法を使いこなし、剣の腕前も超一流だと聞く。俺が死なずに生き残ってきた理由のひとつに怪しい奴とは戦わないというのがある。相手の情報が出揃わない内は逃げ回ることも辞さなかった。それが災いしたのがコイツへの対応だった。存在は前から知ってはいたが、どうやっても情報は掴めず放置していた。それが後々最大の障害となるとはさすがの俺にも読めなかった。
「まさか手柄首を取りにわざわざ自分で出向いてきたとでも? あんたがそういうタイプだとは思ってなかったんだがな」
「ええ。私が人から勘違いされやすい人間だというのは当たっているのですけれども。あなたの首を持って帰るつもりはございません。あなたを私以外の他の誰かに殺させたくなかった。その理由で公には秘匿された魔法まで使って私は出向いてきたのです」
「ん? ってことは、俺が恨みを買っているってことか。大切な恋人でも俺に殺されたのか? だったら仕方ねえな。声の感じからしてきっと美人なあんたに殺されるんなら、悪くねえ最期かもな。あんたは、そのためだけに纏まるはずのない北の蛮族と魔族の連中で連合国なんてもんを作っちまったんだからよ」
「いいえ。恨みなど一切ございませんが、あなたの言うことが当たらずも遠からずですので、どうお答えしたら良いのか正直困っております」
そう言うと北の魔女は顔を隠していたフードを外してみせた。
「エルフ……。銀髪の。それにエメラルドグリーンの瞳……。ああ、なんだこの感じは!? うっ」
俺の頭の中を何かが動き回っている感覚。いや、這いずり回っているというのが正確だろうか。目眩と吐き気が同時に押し寄せる。
「ふぃ、フィンなのか……、君は?」
俺の絞り出した言葉に、銀髪のエルフ、少女にしか見えないその顔に困惑の表情が浮かぶのが見えた。
「もしかして自力で枷を!? 御師さま!」
久しぶりに再会したフィンドゥリル。彼女が、蹲る私の背中をさすってくれる。この懐かしい甘い香り、間違いなく彼女だ。なぜだか今回は彼女に教えた段階的解呪の呪文は必要なかった。もしかすると最終段階に近づいているのかもしれない。まだ私の中に張り巡らされた呪いの巣ははっきりと感じられるので油断すべきではないのだが、確実に一歩一歩前に進んでいることは分かった。
「名残惜しいのだけど、今回は時間的な余裕はなさそうだよ。この視線はおそらく『調停者』のもの。頼む、ひと思いに殺ってくれ!」
「はい……」
もう見慣れた銀のレイピアが見えた。十回を超えた辺りからフィンに助力しなくても彼女は自分で事を成せるようになっていた。それでも彼女の握る銀剣は小刻みに震えていた。だが数秒後、俺の頼み通りそれは俺の胸を貫いていた。
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