3. 農耕の女神ヘルセボネの悪戯

 あべこべ装置により、世界には、多くの変化が訪れた。


 例えば、一つには……




——ここは、背が高いよりも、低い方がいい、世界。




 一本の低木があった。


 そこに、〈背の高い人〉がやってきた。


「お、あそこに、美味そうな木の実があるぞ。久しぶりの食料だ」


 確かに、〈背の高い人〉の目線の高さよりも随分低いところには、木の実がなっている。


 〈背の高い人〉はそう言って、背骨を曲げて、のっそりと、木の実に手を伸ばすのだが……


「いてっ」


 〈背の高い人〉の背に、キリリ、と痛みが走った。


「アイタタタ……」


 背を、さする。


 そこに、どこからともなく、〈背の低い人〉が現れる。


「あっ! 木の実みっけ! 早い者勝ち!」


 〈背の低い人〉は、颯爽さっそうと、目の前のちょうど良い高さにある木の実を、容赦ようしゃなくもぎ取って、走り去ってしまった。


 人類の主食は、ある一種類の木の実に限られた。その木の実というのは、〈背の低い人〉にとってちょうど良い、低めの高さにしか、実らなかった。〈背の高い人〉は、お辞儀の姿勢をとらなないと、その木の実を取りにくい。結果、首や腰、背骨が曲がり、痛み、地獄の苦しみを味わうこととなった。〈背の高い人〉には、〈白い人〉が、〈背の低い人〉には、〈黒い人〉、〈黄色い人〉が多かった。


 ちなみに「背の順」、という悪しき風習があったが、それは「おチビな順」ではなく、「健やかな順」とみなされるようになった。

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