十七 覚醒

「先生、僕……最後の謎がわかったんです」


 先生が運転する白いワンボックスの助手席に座って、僕は窓の外で紫を探しながらそう言った。


 嵐と青香は念の為、町中を走り回って紫を探してくれている。さすがは陸上部だ。



「答え合わせ、お願いできますか?」


「……言ってみて」

「まだ、解けてない謎があったのが気がかりだったんです。

 一つ、僕は紫との約束を忘れていたのに、どうして紫と話した後にはほとんど思い出していたのか。

 二つ、ただの胃腸炎で、僕はどうして一週間も学校を休んだのか」

「………」


「この二つの謎は、別に大した内容じゃないと思って無視してたんです。一つ目は紫本人から約束の内容を聞き出したのかもしれないし、二つ目は胃腸炎でも状況次第では一週間休むこともあるって、納得できないこともないですから」

「そうだね。私もそう考えてた」

「でも、こうやって色々記憶の謎を掘り返していくうちに、なんとなく思うようになったんです。

 ちょっとしたことで記憶を失う僕は、逆にちょっとしたことで記憶を回復したりもするんじゃないかって」

「…………」


「青香と話して、いろんな出来事が紐になった時、僕は関係ない記憶まで思い出したんです。青香がどんな子だったか、とか……」

「ない話じゃないね。記憶は一つ一つが紐付けされてるから、芋づる式に関連する記憶を一気に思い出すこともあるかもしれない」

「あの時……僕が、紫と会って話した時。おそらく青香と同じことが起こったんです」

「反さんの話を聞いて、君の中の彼女に関する記憶が呼び起こされた……」

「そして、僕は紫についての記憶全てを思い出した。

 紫がどんな子だったか、あの時あいつがどんな思いであそこに待ってたか」

「反さんと交わした約束のことも、思い出した……一つ目の謎の答えか」

「そしてそれは、二つ目の謎のヒントでもあった」

「?」

「時間がないので後にしますが、思えば、それが全ての答えだったのかも……」



「……わかった。しかし、よく頑張ったね、戦場くん。全部思い出せたじゃないか」

「かなり、遅くなりましたけどね」

「十分だよ」


 先生は慎重にハンドルを操作しながら、しかし出せうる速度ギリギリまで車を走らせる。


「君が記憶を無くしやすかったのは、おそらく……手持ちの記憶がぼんやりした物ばかりだったからだ。曖昧な記憶ほど、抜け落ちるのも早いからね。

 でも、全ての記憶が鮮明になった今、もう忘れることはない」

「………」


 先生は嗜めるような口調でそう言った。記憶喪失のことは、もうなんとなく心配していなかった。そんなことよりも脳を埋め尽くす不安が別にあったからだ。


「なに辛気臭い顔してんのさ。許してもらうために思い出したわけじゃないでしょ? たとえダメでも、せめて当たって砕けなさい」

「……そうですね」


 先生は駐車場に車を停めると、「さ、行っておいで」と言って僕の肩をポンと叩いた。


「ありがとうございます、先生」

「こちらこそ、ごちそうさま」


 先生は最後に何か気持ち悪い一言を言ったが、それは聞かなかったことにした。



 頭上の鳥居を目で追いながら、階段を一歩ずつ登っていく。ここで足を滑らせて、また記憶喪失したら笑えないな。そんなことを考えながら。


「……」


 僕の予想通り、紫は神社のベンチに、僕が思い描いた形そのままで座っていた。音は少しも聞こえていなかったのに、彼女の口はフルートの吹き口にあてられていた。


「……ごめん。五分遅刻した」


 僕はスマホの時計を見ながら、あてどなしにそう呟く。


「正確には、一週間と五分」

「……何しに来たの」


 紫はフルートを口元から離さずそう言った。



「謝りに」


 特に返事はなかったが、紫はその代わりに、手に持っていたフルートを膝の上に置いた。それが「話してみて」の合図なのか、僕を黙らせるための助走なのかはわからなかったが、僕は彼女が何かを言う前に口を開いた。


 最後の推理を、するために。

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