十五 本当の最低
「犬助くんのことは……ずっと好きだったんだ」
青香は校門の方へ向かう生徒たちを遠目に見た後、ゆっくり口を開いた。
「ほら、私陸上部だからさ。嵐くんの友達ってことで、なんとなくは知ってたの。いつも一緒にいるし、なんだか、保護者みたいだなって」
「嵐の?」
「そう。嵐くんを好きに遊ばせてやってるけど、見守ってもいる……みたいな感じ?
それを見てたら、何でかわからないけど……いいなあって」
「……あいつの保護者になった覚えは、ないけど」
「あははっ……でも犬助くん、すごく優しい目をしてた。
だから私も、あんな風に見てもらえたらって、羨ましくなっちゃったんだ。クラスが一緒になる前の、一年の頃から、ずっと」
「………」
「まあ、全然気づかれなかったんだけどね?
私は紫と違って勇気もないし、こう見えて実はけっこう人見知りでさ。何度も話しかけようとしたけど、どうしても恥ずかしくなっちゃって……」
覚えてないけど、多分本当に気づいてなかったんだろうな、昔の僕は。
「でも、夏祭りの時ぐらい、勇気を出そうって思ったんだ。自分で誘うのは無理だったけど……代わりに嵐くんに犬助くんを誘ってもらって、途中で合流して、それから告白しようって計画を立てたの。
嵐くん、私なんかのために凄く協力してくれたんだよ? 絶対犬助を誘い出してやるって」
なるほど。だからあの日の僕は、最初に嵐と二人で祭りに行ったのか。紫との約束があった手前で妙だとは思っていたが、嵐が強引に誘ったのなら、それも頷ける。
「なんか、こうして話すと計画的すぎて、ちょっと気持ち悪いよね。……引いた?」
「いや……別に。普通恋愛って、それぐらいやるもんなのかもって思うし」
「そっか。……ありがとう」
質問の答えとして適切なのか自信がなかったが、青香はそれで満足だったようだ。おそらく彼女は、別に僕が返事をするのなら何でもよかったのだろう。
「ここまでは全部、初めて知ったことだったよ」
青香は、やはり続きを話すのを恐れていた。
だから僕は、彼女が自分でそれに気づく前に口を開いた。
「そこから先は、僕が推理してもいい?」
「犬助くんが……?」
「うん。今日一日、ずっとそこが謎だった。僕はなぜ、紫との約束がありながら、青香の告白を簡単に受け入れたのか。その後どうして、紫との約束を破ったのか」
僕は事実を一つ一つ整理し、それを脳内で、自分の筋書きに肉として付け加えていく。
「まず最初に気になったのは、嵐の発言だった。あいつは僕に説明する時、僕と青香が「付き合うことになった」って言ったんだ。それを、僕が自分で言ったって。
この、「なった」って何かなって」
「……」
「まあ、別に普通な表現なんだけどさ。告白されて、自分からそれを受け入れといた割には、妙に他人事な言い方だなって。
でもその時は情報が少なかったし、あまり気にはしなかった。先生の推理を聞くまでは」
僕は先生の、厳密に言うと、先生が引用した嵐の言葉を頭に浮かべる。
「記憶喪失が癖になってるって……。
それで、なんとなく思ったんだ。もしかしたら、青香に告白された時も、僕はまた記憶を失ってたんじゃないかなって。それで……」
そう言いかけて、僕は推理を中断する。
自分は一体、何のために記憶を取り戻そうとしてきたのか。そんな考えをふと、思い出したからだ。
「……犬助くん?」
「えっと、それで……そう。僕は記憶を失った。君と一緒にいた時にね。ここまであってる?」
「うん。神社の階段を上ってる途中で、犬助くんが別の場所にしようって……紫と、待ち合わせしてるから」
「場所を変えようと振り返った途端、僕は足を滑らせた」
「それから、私は……」
「僕の状態を見て、大丈夫そうだったから告白したんだよね?」
「……え?」
「でもやっぱり様子がおかしいから、途中で記憶喪失だと気づいた。でも紫から事情を聞いた後には、もう言い出せなくなってた。それで仕方なく……」
「違う! 告白なんかしてない。私は……!」
「それでいいじゃん。青香」
「記憶喪失につけこんで、嘘を……」
「……」
しなくてもいい罪の告白をしてしまう彼女は、やはり僕の知ったままの青香だった。
「……全部、僕が忘れなかったら、平和に済んだ話だったんだ」
僕は何とも言えない気持ちで、ただ謝罪の言葉をこぼす青香の隣に座った。
「忘れてごめん。青香」
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